ドクロのタトゥー
神野七莉は、パーカーの生徒がコンビニに入る前に声をかけた。
「あの、すみません。ちょっといいですか?」
「……」
パーカーの生徒は足を止めたが、特に何も言わなかった。それから一月蒼士たちの方を見ることなくコンビニから離れた通路の端っこを指差し、「あっちに……」と小声でつぶやいた。
蒼士と七莉はパーカーの生徒が逃げないように見張りながら、一緒に移動した。そして、指定の場所に着くとパーカーの生徒はゆっくりとフードをめくった。
パーカーの生徒の正体は、有永スバルだった。
蒼士と七莉は、予想だにしていなかった人物の登場に言葉が詰まった。
「ごめん。たぶんだけど、僕は二人の思ってるようなことはしていないよ」
困惑する蒼士と七莉よりも先に、二人がまだ発していない疑問に答えるようにスバルが先に話し始めた。そして、それに七莉が答えた。
「その、副会長にこんなことは言いたくありませんけど、そんな怪しい格好であとをつけてたらどう見たってストーカーですよ?」
「なかなかストレートに言ってくれるね……。そう思われても仕方ないけど本当に違うんだ」
「じゃあなぜ、生徒会長の後をつけているんですか?」
「僕だって高槻さんから話は聞いてるよ。君たちが僕と同じことをしているとは思ってなかったけど」
その後もスバルは説明を続けた。高槻明里からストーカー被害の話を聞いて心配になったスバルは、独断でストーカーを探りはじめたという。
「なぜ生徒会長に許可をとってないんですか?」
「それはその……言えなかったというか……恥ずかしくて……」
「恥ずかしい?」
「だからその……僕は高槻さんのことが好きなんだ。面と向かって助けたいって言い出せない自分が情けないのは自分でも分かってるよ……」
蒼士はそうだったのかと思うと同時に、明里とスバルが付き合っている姿を想像した。誰もが羨むお似合いのカップルとはまさに二人のことだろう。
「あの、生徒会長はもうここにいないみたいですけど」
蒼士がまず初めに気づいた。七莉とスバルもしまったという顔をした。加えて、その場にいる誰もが明里の家を知らなかった。全員で地下鉄の駅から地上へ駆け上がったが、明里の姿は見当たらなかった。
「作戦失敗というところね」
七莉は落胆した。
しかし、スバルのことを責めることもできなかった。
「とりあえず、そこにカフェがあるみたいだから入って話そうよ。僕が奢るよ」
スバルの提案で三人はカフェに入った。
そして、カフェに入って席に着くと同時にスバルはパーカーを脱いだ。
「いやー、暑いね。さすがにこの時期にパーカー着るのは間違えたかもしれない」
「パーカー着る必要ありました?」
「うーん……。なかったかもしれないね。何でこれを選んだのか自分でも不思議」
スバルがパーカーを丸めて鞄に押し込んでいると店員が来たので、飲み物を注文した。
七莉はアイスコーヒーを頼み、蒼士とスバルはオレンジジュースを頼んだ。
「有永さんもオレンジジュースですか。僕はコーヒーが苦手で。被るなんて珍しいです」
「一月君、僕もコーヒーが苦手なんだ。もしかしたら僕たちは気が合うかもしれないね」
蒼士はコーヒーの苦味が嫌いだった。
かといってガムシロップやミルクを入れて飲む気にもならない。
「とりあえず、生徒会長には状況の報告メッセージを入れておきます」
「それって僕がいることも?」
「すみません。理由は言いませんけど、副会長もストーカーの探りを入れていることは報告します」
「仕方ないっか。僕が高槻さんのことを好きなのはくれぐれも内緒で」
七莉がメッセージを入れ終わると頼んでいた飲み物が届いた。
そしてスバルは、店員が去ってくやいなやコップに並々継がれたオレンジジュースを半分くらい一気に飲んだ。
「もしよかったら僕も君たちの仲間に入れてもらえないかな?」
「もちろんです。今日は用事でいませんけど佐々木先輩も作戦には参加してます」
「豪も参加してるのか……。それは頼りになる」
蒼士は、スバルと佐々木豪の仲を知らなかった。
「佐々木さんと有永さんって仲が良いんですか?」
「ん、そうだね。豪とは小学生時代からの仲だよ」
その後も、スバルと豪が昔からよく遊んでいたこと、今でもよくともに行動することをスバルは語った。
そして、七莉が次の作戦を練ろうと思っていたところ明里から電話が入った。
「はい、神野です。初歩的なミスですみませ……えぇ! そうなんですか!? すぐに向かいます!」
電話に出た七莉は、すぐに慌てた様子で電話を切った。
「何かあったの?」
「生徒会長の家に不審者が来てるらしくて。すぐに向かいましょう」
三人は飲みかけのグラスを気にも留めず、急いでカフェを出た。しかし、どちらに向かえばいいか分からない。
「神野さん、高槻さんの家が分かりません」
蒼士がそう言うと七莉は急いでスマートフォンを取り出し、明里に家の住所をメッセージでもらった。そして、三人は明里の家に向かった。
三人が明里の家に到着すると、家のまわりは特に変わった様子はなかった。七莉が電話をかけて到着したことを伝えると明里は恐るおそる家から出てきた。
「わざわざ来てくれてありがとう。スバル君も言ってくれればいいのに」
「勝手に動いてごめん。高槻さんは大丈夫?」
「そ……それがね、さっき不審者が来て……。インターホンが鳴らされたから出る前にモニターで誰が来たのか確認したら、全然みたことがない不審者だったの」
明里はモニターの写真を撮ったと言い、スマートフォンを全員に見せた。そこに写っていたのは、黒いTシャツにジーンズを履いた人物だった。帽子を被りサングラスとマスクをしていたので顔もよく分からないが、体格からして男だろうと予測できる。
「それで応答はせずにモニターをずっと見てたんだけど、舌打ちした後に周りをきょろきょろ見回してどこかに行ったみたい。離れたところにまだいる可能性もあるから外には出れなくて……。親も今はいないし……」
明里の声はまだ少し震えていた。
三人がいると分かっていても不安で、時折まわりを確認せずにはいられなかった。
蒼士は写真をじっくりと観察した。
そして、不審者のある特徴に気付いた。
「見てください。この人、首にドクロのタトゥーが入ってますよ」
「本当ね。でも、高校には首にタトゥーを入れた生徒なんていない」
七莉は風紀委員として、タトゥーの有無も確認済みだった。プライバシーの関係で確認できない箇所もあるが、少なくとも首は確認できる。この不審者がストーカー犯ということであれば、風凪高校にはストーカーなどいないことになる。
七莉はそうであって欲しいと願うと同時に、さらに追えば大事になる可能性も感じた。それは蒼士とスバルも同じことで、その場にいる全員が曇った顔をしていた。
「みんな色々とありがとう。なんだか危険な感じがするから、明日学校を休んでお母さんと一緒にもう一回警察に行ってみるよ」
明里は蒼士たちと話ができたこともあって、落ち着きを取り戻していた。
そしてその日はその場で解散となった。
あのとき明里が、不審者のインターホンに応じて外に出ていたらどうなっていたのだろうか。命に関わる大きな事件に発展していたかもしれない。
犯人は特定できなかったものの、自分たちの行動で明里の無事を守ることができたと思えば、少しは彼女の役にでも立てたのではないだろうか。帰りの地下鉄の中、そう考える七莉であった。




