生徒会長のストーカー被害
一月蒼士がいつものように風紀委員室で書記の仕事をしていると、生徒会長の高槻明里が尋ねてきた。明里は、活動に必要な書類を風紀委員長の神野七莉に持ってきた。
「この書類に必要事項を書いて1週間以内に私に提出してね」
そうやって依頼をする明里の声のトーンは、いつもより低かった。
「分かりました……。ところで、いつもより元気がないみたいですけど何かありました?」
七莉はすかさず明里の変化に気づき、尋ねた。
「うーん……。実は最近ストーカー被害を受けてるかもしれないの」
その告白に、風紀委員室にいる佐々木豪と蒼士も聞き耳をたて始めた。
七莉は二人をちらっと確認し、会話を続けた。
「そうなんですか……。よかったら話を聞きますけど、二人きりの方がいいですか?」
「大丈夫、佐々木君も一月君も聞いて」
明里は話を続けた。
「最近誰かがこっそりつけてきたり、ふと視線を感じることがあって。一応警察に相談してみたんだけど、証拠はないし、危険性もないだろうからって動いてくれなくて……」
「そうなんですか……」
七莉は目の前に置いてあった1枚の紙をすぐ横の束の上に置いた。
それでもまだ返答は思いつかなかった。
「確かに生徒会長は明るくて可愛いから。実際ファンも多いよ」
豪が気まずい沈黙を破った。
「そんなことないよ。この高校入って告白すらされたことないし」
「そうなの!? 男子からも女子からも、高嶺の花として憧れられてるから誰もそんな勇気ないのかも」
まだ指で数えるくらいしか会ったことのない蒼士でさえ、それはその通りなんだろうと実感できた。街を歩いていたら芸能スカウトの人から声をかけられたことが何回でもあるという噂は有名だ。
もちろんストーカーは否定すべきものだが、ストーカーの一人や二人いてもおかしくはないと蒼士は心の中で考えてしまう。ストーカーを撃退して頼れる男として認識されれば、明里との関係性は深まるかもしれない。しかし蒼士は、正義のヒーローごっこをやろうとは思わなかった。
しばらく雑談を続けていると、ようやく七莉が口を開いた。
「分かりました。そのストーカー、私たちで探し出します」
「ほ……本当……!? でも、危ない気が……」
明里はあまり乗り気ではないようだ。
加えて七莉の言う、「私たち」とは。蒼士も豪も、自分たちも首を突っ込むことになるとすでに悟っていた。
「というわけで佐々木さんも一月君も、明日からさっそく作戦を開始しよっか。作戦は私が考えておくからとりあえず明日は朝活を行うことにします」
蒼士も豪も委員長に逆らうことなどできず、ただ「はい……」と返事をする他ないのであった。
蒼士にとって犯人探しをするのは嫌ではないが、どちらかいうと朝のルーティーンを崩されるのが嫌だった。毎朝同じ時間に起きて、同じ時間に朝食をとる。そして、同じ時間に家を出る。そうしないと体が重くなる。朝のリズムを崩さないことが彼にとっては重要だった。
「じゃあそうと決まれば明日は7時半にここに集合で」
七莉は無慈悲に、当たり前のように集合時間を告げた。
「みなさん、私のために朝早くからありがとうございます!」
「生徒会長、あなたも来てくださいね」
「え……。ですよねー」
こうして生徒会長の明里のストーカー撃退作戦が幕を開けた。
***
翌朝、約束通り朝7時半に生徒会室にメンバーが集結した。
そして、七莉から一晩練ってきたという作戦が告げられる。
まずは校内で明里とその周辺を一日見張ってみるという内容だ。各自授業の都合があるため、それぞれのスケジュールを調整し、シフト制で監視する。
犯人に気づかれないために、放課後まで明里と風紀委員メンバーの接触はなし。お互いまるで意識していないかのように自然に監視をしろと指示が出された。
そして、委員長の指示通り作戦が決行された。
まず1限が終わった後の休み時間は蒼士の担当で、体育の授業で体育館に移動する明里のまわりを監視した。特に異常は見当たらなかった。
2限目が終わった後の休み時間も蒼士の担当だった。今回は別の場所から豪も見張っている。体育館から教室へ戻る明里のまわりを監視した。今回も特に異常はなかった。まるで自分たちがストーカーみたいだと思えてきた。
3限目が終わった後の休み時間は七莉の担当のため、蒼士はようやく教室で一息つくことができた。
「なあ、さっきからどこか行ってるけど、もしかしてお腹の調子でも悪い?」
前の席に座る高山秋斗が3限目が終わるや否や、座ったまま蒼士の方を向いた。
「ううん。ちょっと用事があって。風紀委員の活動ね」
「へぇ、忙しいんだな。やっぱり幹部ともなると、ただの委員とは違うねえ」
2年5組の風紀委員の有本京子は、友達と楽しそうに談笑していた。実際、京子と一緒に活動することもあるが、風紀委員室にほぼ毎日通うのは幹部だけだった。
そしてその後も変わるがわる明里の見張を続けたが、蒼士のみる限りでは特に不審な人物が見当たらなかった。放課後、風紀委員室に集まると再び作戦会議が開かれた。
「どうでした? 私は異常を感じませんでした」
「同じく」
七莉も豪も異常は感じなかったという。蒼士も特に何もなかったと報告すると、明里自身も今日は誰かにつけられている感じも、見られている感じもなかったという。
風紀委員メンバーは何の成果も得ることができず、部屋の空気が少し重くなった。七莉はしばらく考えると、少し勢いよく両手を机について次の作戦を告げた。
「もしかしたら今日は犯人が勘付いてストーキングをやめたかもしれません。校内がダメなら校外でもやってみます。明日の帰り道、私たちが生徒会長の後を追います。生徒会長はコンビニとか、わざと色々なお店に寄ってみてください」
「それはとても助かります。でも、地下鉄とか乗るんだけど大丈夫?」
「大丈夫です。生徒会長が家に帰るまで私たちが見守っています」
七莉は次の作戦の内容を告げると、決行日は翌日を指定した。豪はどうしても外せない用事があるということで、七莉と蒼士の二人体制で見張ることが決まった。
***
翌日、風紀委員会も生徒会もいつもより早めに仕事が切り上げられた。そして蒼士と七莉は、明里と合流することなく彼女が門をでた少し後に学校を後にした。
まずは高校から地下鉄の駅まで向かう。明里は、高校を出てから少しのところにあるコンビニに入った。七莉はコンビニの外で待機、蒼士はコンビニの中に入った。
明里は店内を一通り回ると、お気に入りの桃ジュースを購入してコンビニを後にした。店内に変わった様子はない。
「店内は特に。どうでした?」
蒼士もコンビニを出るとすぐに、七莉に尋ねた。
「特に生徒会長をつけるような人はいないけど、制服の上にパーカーを着た普段なら見かけない格好の怪しい生徒がいた。パーカーを被ってたから顔は見えなかったけど……」
6月も中旬、期末テストを控えたこの時期はすでに夏服に衣替えが行われており、こんな晴れた日にパーカーを着たら汗だくになることは間違いない。
一応、パーカーの男を頭に入れて二人は再び明里の後をつけた。そして地下鉄の入り口に到着した時、明里の先に入り口の階段を降りるパーカーの生徒が見えた。
蒼士と七莉は顔を見合わせると、はやる気持ちを抑えて明里を追い、一緒の電車に乗り込んだ。ホームではパーカーの生徒を確認できなかった。
電車の中では、七莉が明里と一緒の車両に、蒼士が隣の車両に乗っていた。蒼士の車両に怪しそうな人は誰も乗っていない。
電車を降りると、蒼士のところに七莉が小走りでやって来た。
「いた……! パーカーの生徒が一緒の車両に! それから電車を降りたら生徒会長の後ろから同じ方向に……!」
蒼士と七莉は少し早足で明里の近くまで向かった。パーカーの生徒も確認できたが、いつの間にか明里の前を進んでいた。
もしかしたら勘違いかもしれない、蒼士と七莉がそう感じた時、明里が駅内のコンビニに入るとパーカーの生徒は立ち止まりコンビニに向かって戻り始めた。
「捕まえる!」
「え……! もうですか!?」
蒼士が聞き返す前に、七莉もすでにコンビニに向かって歩き始めていた。




