陰謀論、龍の血脈
6月も始まったばかりの頃、世間は再び青い血液の話題で騒然となっていた。
「一昨日、名古屋市千種区にて身元不明の男性の死体が発見されました。現在、警察は調査にあたっていますが身元の判明は困難な状況にあると言います。加えて、男性の血液は青色だったとの情報が入っています。4月に報道された、血液が青色に変化した子どもたちとの関連性があるかは現在のところ不明です」
佐々木豪はスマートフォンを机に置き、動画サイトでニュースを見ていた。同じ風紀委員室にいる一月蒼士と神野七莉にも音声は届いていた。
「なんか色々と物騒な事件だなぁ。殺人事件に青い血……。もしかして、悪い宇宙人が地球に潜伏していて正義のヒーローにやられたとか」
ひとりごとなのか誰かに話しかけているのか、微妙な声色だったが七莉が話に加わった。
「その説、惜しい」
「ん? というと?」
「龍の血脈って聞いたことはないですか?」
「んー、ないかも」
ここで蒼士も会話に加わる。
「それっていまSNSで話題になってるやつですよね?」
「そう。日本には青い血の人間がたくさんいるって。まあ厳密に言えば人間ではないんだけど」
4月に子どもたちの血液が青色に変化したというニュースが流れて以降、SNSでは「龍の血脈」という存在について語る投稿が増え、ここ最近ネット上でトレンドになっていた。
青い血液の人間は遥か昔に日本に存在していた龍の子孫。日本を支配しようと裏社会で活動していて、人間とは身体能力も知能もかけ離れた凄さをもつという。そして彼らは、龍の血脈と呼ばれている。
その気になれば人間を絶滅させることができるようだが、人間を自分たちの奴隷にするために滅ぼすのではなく上から操ろうとしている。
そして、青い血液のニュースが最近公表されるようになったのは、いよいよ彼らの計画が本格的に動き出したからだという。
「それって……陰謀論だよね? SNSをやらない俺でも陰謀論という言葉は知ってる」
「まあ陰謀論ですよね。こういう都市伝説的な話って面白いのは分かりますけどね」
「私は信じてる」
七莉はピシャリと断言した。
蒼士と豪は冗談として会話を楽しんでいたのだが、七莉の真剣な眼差しに、茶化していいか戸惑ってしまった。
「遥か昔からその龍の血脈とやらがいるなら、今頃とっくに支配されてるんじゃないの?」
豪が七莉に問いかけた。
「ふふ。もちろん人間も抗ってて、龍の血脈と戦うための秘密の組織が私たちの知らないところで活躍してるみたいです」
「委員長、それはもうアニメや映画みたいな話じゃん」
「そうですよ。これは私の考えた話、こうだったらもっと面白くなりそうだって」
「あれ? やっぱり信じてないってこと?」
「私だってたまには冗談くらい言いますよ」
蒼士と豪が、七莉の冗談を聞いたのはこれが初めてだった。
「あ、それより一月君。今度のキャンペーン用のプリントを準備したいからこれ切ってくれる? いま裁断機壊れてるからカッターでよろしく」
蒼士は束になったA4用紙を渡された。
一枚手にとり確認すると、ちょうど半分ずつに印刷が分かれていた。
「これを全て半分に切るってことですよね……」
「うん。今日の作業はそれだけで大丈夫だから」
今度は冗談ではなさそうだ。蒼士は今日中に終わるのかどうか不安になり、少なくとも日が暮れそうなのは間違いないことにぞっとした。
早く終わらそうと作業をすぐに開始したものの、紙を切っている途中に眠気が襲ってきて手を滑らし、カッターで指を少し切ってしまった。
「痛てっ……!」
「大丈夫?」
「大丈夫です。それより見てください」
蒼士はカッターで切った傷を七莉と豪に見せた。
二人は何ごとかと目を凝らして傷を見つめた。
「少なくとも僕は違うみたいですね」
蒼士の傷から少し溢れた血は、赤かった。
「一月君……。まだその話を続けるつもり? いいから集中」
「はい」
七莉はピシャリと蒼士の冗談を終わらせた。
蒼士は鞄から絆創膏を取り出して指に巻くと、作業を再開した。
***
山田リーコは怯えていた。
青い血液の男性の死体が見つかったというニュースが流れた日、学校に行くと案の定、蒼士が無傷で登校していた。
男が殺害された日は蒼士抹殺計画の実行日。男の死体が見つかった場所は計画実行に指定した場所と同じ。蒼士を脅して連れ込み、そこで殺すようにとリーコが指示した廃ビルだった。そして、男からは計画実行の連絡がない。
死体の男は、自分が殺しを依頼した男だとリーコは確信していた。
しかし、意味が分からなかった。
蒼士が人を殺すなんていうことはあり得ないだろう。だが、廃ビルで死体が見つかったということは蒼士もその場にいた可能性が高い。それとも、蒼士を連れて行く前に下見を行い、その際に誰かに殺されてしまったとでもいうのだろうか。
蒼士の様子を伺う限りでは、何も知らない様子で今日もヘラヘラとしている。おそらく蒼士と接触する前に誰かに殺されたのだろうと考える他ないが、そうなると誰になぜ殺されたのか考えざるを得ない。
誰かから恨みを買っていて、たまたま計画の実行日に殺された。ヤクザだから抗争のいざこざで殺された。考えると色々な線が出てくる。
リーコは何らかの事件に巻き込まれてしまったのではないかと怖くなった。
殺しを依頼した男のスマートフォンが殺した犯人に回収されて中身を確認されたら、リーコの送った依頼メールなどが見られてしまう。そうなると男とのつながりを気にした犯人が私のところにやって来るかもしれない。
加えて、青い血液なんていうのは全く知らないことだった。青い血液だから何かまずいことがあるかと言われたらそれも分からないのだが、とにかく普通の事件ではない気がした。
リーコは震える手でもうすぐ始まる一限目の古典の教科書を机の中から取り出した。すると机の中から一緒に折り畳まれた紙が出てきて床に落ちた。リーコは紙を拾って広げてみると、紙には「一月蒼士にこれ以上関わるな」という言葉が書かれていた。
リーコは、さらに震え始めた手で鞄に荷物を片付け始めた。
「え……。ちょっとどうしたの?」
リーコの隣の席の女子が心配そうに話しかけた。
しかしリーコは答えることもなく一心不乱に片付けている。
バレている。一体誰なの。早くしないと。
リーコの頭の中はそれだけだった。
リーコはクラス全員から集まる視線など気にせず、教室から飛び出ていった。途中廊下ですれ違った古典の先生に止められそうになっても振り切り、そのまま家に向かった。
道を歩く人たち全員が自分のことを狙っているように思えた。地下鉄の席はがらがらなのに、扉付近で鞄を抱えながら立っていることしかできなかった。ホームから地上に出るまでの間、誰かがつけている気がしてならなかった。一刻も早く家に帰りたいのに、家がバレないように、誰かの尾行を撒くように、きょろきょろと周りを見ながらわざとあちこち遠回りをして家に帰るしかなかった。
無事に家に着いたリーコは玄関の扉を閉めると一息ついたが、両親は家にいないため誰かが侵入してくるのではないかと再び恐怖が最大化した。
そのまま部屋に直行して鞄を床に放り投げると、棚や椅子といった動かせるものを部屋の扉の前に置いて外から扉を開けられないようにした。
そしてカーテンも閉め切ると、電気もつけずに布団にくるまった。制服のごわごわとした感触が不快なはずだがここが一番安心できる場所なのだ。
リーコはこの日以降、自室に引きこもるばかりで学校には行かず、不登校になった。




