隠しごと
「はっ。偶然だろ」
最初に殴りかかってきた男が再び一月蒼士に向かってきた。蒼士はその拳を再び避けると、避けた勢いで少し離れたところにいたもう一人の男の所まで距離を詰めた。その男は一瞬の出来事を処理できずそのまま顎に蒼士のパンチを喰らい、吹っ飛びながら意識を失った。
「さて、後はあんただけなんだけど。リーダーでしょ? 聞きたいことがあるから気絶させるわけにはいかない」
「俺がリーダー? ふっ。そんなの分かんねえだろ。リーダーならそこで倒れてるやつかもしれないぞ?」
「あんただけ来てるパーカーが高級ブランドなんだよ。分かりやすすぎ」
「ちっ! いちいち気持ち悪いやろうだなあ!」
男はポケットからナイフを取り出し刃を剥き出しにして構えた。
「ナイフを出したところで一緒だね。俺には通用しない」
「死ねぇ!」
男はナイフを勢いよく蒼士に向かって投げた。蒼士が足をあげて靴の底でナイフを弾くと、すぐ真下の地面に突き刺さった。そして、蒼士はナイフを地面から引き抜いた。
「投げるのはないでしょ。ほら、これでナイフは俺の武器になった」
蒼士が男をどうやって捉えようか考えていると、男は後ろを向いて逃げ出した。しかし、蒼士はそれを逃さない。男の右足に向かってナイフを投げると見事に命中した。
男は悲痛な声をあげ、足を押さえながらその場に座り込んだ。蒼士は歩いて男に近づき、ナイフを男の足から引き抜いた。さらに男は悶絶する。
「ナイフを投げるのはこうやってやるんだよ。それで、あんた名前は?」
「み……南野拓真です!」
「南野さん、目的はなに?」
「それは言えない!」
蒼士は男に対してナイフを向けた。
「あんたの右足は負傷していてアキレス腱が切れてる。今でも十分痛いと思うけど、言わないなら次は左足ね。しばらくのあいだ車椅子での生活になることを覚悟しよう」
「分かった!い……言うから!これは山田リーコに言われてやった! 一月蒼士に恐怖を植え付けて半殺しにして、入院させてしばらく高校に来させないようにしろって」
「なるほどね。まあ、おおかた予想してた通りだけど。で、あんたらと山田リーコの血は何色?」
「は……はいぃ? 血? 色?」
「そっか、関係ないのか」
蒼士が期待していた答えは返ってこなかった。
「もうあんたらに用はない。警察に通報はしないし救急車も呼ばない。自分たちの内輪揉めでってことにして自分で何とかしてね」
蒼士はその言葉を最後に半グレの男たちから離れ、ナイフをポケットにしまうと有本京子と高山秋斗のところに歩み寄った。
「大丈夫?」
「助けてくれてありがとう。一月ってこんなに強かったんだ」
京子がお礼を言うと、秋斗も続いて感謝を述べた。そして、今までリーコに従っていじめをしていた自分たちを心底情けなく思った。
「さっきの話って本当だよね……」
「山田さんがあいつらに命令したってやつだよね。おそらく本当だと思う」
京子と秋斗はしばらくのあいだ何も言うことができなかった。
「助けてもらっておいて失礼かもしれないけど、なんでこんなに強いのに学校ではあんな感じなんだ?」
秋斗が沈黙を破り、話題を変えた。
「あまり詳しくは言えない。だからその、このことは絶対に内緒にしてもらえると助かるよ」
蒼士の口からそれ以上語られることはなかった。強さを隠す理由にどのような理由があるかは分からなかったが、京子と秋斗は助けてくれた蒼士のために必ず約束は守ると誓った。
「じゃあ僕はこのままパーティーには戻らずに帰るよ」
蒼士はそう言うと、夜の暗闇に消えていった。半グレの男たちはまだ、二人は気絶をし、一人は血の流れる足を押さえて悶えていた。
京子と秋斗は目の前に広がる光景に改めてぞっとすると、蒼士と同じようにパーティーには戻らずにそのまま帰路に着いた。
「これって現実なんだよね……」
帰り道、京子がつぶやいた。
「ああ、現実だよ」
「もう私はリーコと仲良くできないかもしれない。まさかあんなヤンキーと関わりがあって、一月をリンチしようとしてたなんて」
「流石に酷いよな。俺もリーコのことが怖くなったよ。一月もけっこう怖いことしてたけど」
「確かに。でもまあ、正当防衛だよね。最初にナイフを出してきたのはあっちだし」
「てか、俺たちも一月に相当酷いことしてたんじゃない?」
「そうだよね……。それなのに私たちを見逃せって言ってくれたんだよ」
京子の目から涙が溢れた。
横を見ると、同じく秋斗の目からも涙が溢れていた。
「俺、ゴールデンウィークが明けたら絶対に一月に謝る」
「私も。謝っても許されないかもしれないけど、とにかく謝る」
京子と秋斗はしばらく涙を止めることができなかった。
***
ゴールデンウィークが明け、5月最初の登校日がやって来た。
蒼士が教室に到着して席に着くと、さっそく有本京子がやって来た。前の席の高山秋斗も立ち上がって蒼士の方を向いた。そしてその場で正座をし、おでこを地べたにくっつけた。
「「今までいじめてごめんなさい」」
蒼士は思わず立ち上がった。つい先日の出来事が頭をよぎる。
彼らの周りを囲むように教室中の生徒が集まってきた。
「え……ちょ……ちょっと……。いきなりどうしたの……?」
「細かいことは言わない。でも、今までの非道を謝らしてください」
京子と秋斗はまだおでこを地べたにくっつけたままだった。
「ごめん! 俺、何でもするから! 一月の言いなりになってもいいから!」
蒼士は席を立ってしゃがみ、二人に顔を近づけた。
「大丈夫。とにかく顔を上げて。もう僕は許してるから」
京子と秋斗が顔をあげると、地べたに二人の涙が落ちていた。
そして蒼士に促され、三人とも立ち上がる。
「とにかく、大丈夫だから。普通の高校生活を送っていこう」
「うん。本当に今までごめんなさい」
「ごめんなぁ。申し訳ない」
「ちょっと! 二人とも何やってんの!」
山田リーコが人目をはばからずに三人のあいだに割って入ってきた。
ようやく他の生徒も口を開き、ざわざわとし始めた。
「リーコ、ごめん」
京子の返事はたったそれだけだった。
「何がごめんなの! なんでそんなに謝ってるの!」
「キーホルダーごときでさ、私間違ってたよ。それに、知ってるから」
「……!」
山田リーコはそれ以上何も言わず、席に戻っていった。
***
京子と秋斗が謝罪をした日以降、二人は蒼士と仲良く接するようになった。他の生徒も蒼士と話す機会は増え、クラスメイトとのわだかまりは消え去った。
そして、京子と秋斗はその日以降、山田リーコと一切仲良くしないようになった。特に親友だった京子との決別は影響が大きかった。山田リーコは裏の顔があるのかもしれないという噂がたち、もう学年カーストの頂点ではなくなっていた。
許せない。何もかもが許せない。もはや山田リーコにとっていじめのきっかけとなったキーホルダーのことはどうでもよかった。
いじめ抜いてきたのに、へらへらと平気でいられる蒼士。京子と秋斗を奪っていった蒼士。何もかもが全く自分の思い通りになっていない。
「なんで……なんで私がこんな目に……」
机に置かれたテスト用紙を見ながら、小さな声で思わずそう呟いてしまった。テストの残り時間はあと20分だというのに、まだ1問も解いていない。
ゴールデンウィークに開いた誕生日パーティーの映像が頭の中にフラッシュバックする。蒼士を連れ出して病院送りにしたはずなのに戻って来ない半グレ三人組。
それどころか、いつの間にか姿を消していた京子と秋斗。楽しい誕生日パーティーを過ごすつもりだったのにそれどころではなかった。
パーティーが終わっても半グレたちとは連絡がつかず、蒼士がどうなったのかも分からない。パーティーの途中でいなくなった京子と秋斗に連絡を入れても返事は返ってこない。
それどころか、ゴールデンウィークが明けたら傷ひとつなく登校してくる蒼士。
一体何があったんだ。
まさか一月蒼士が半グレを返り討ちにしたとでも?
テスト終了の合図が担当の先生から告げられ、結局、リーコのテスト用紙は白紙のまま回収された。今回の中間テストで白紙のテスト用紙を回収されたのはこれで2回目。ふざけるのもいい加減にしろと心の中で吠えると、リーコは禁断の決定を下した。
蒼士を殺す。殺しの依頼は初めてだけど、知り合いのヤクザに大金を積めばうまいこと殺してくれるだろう。
リーコの心はやっと落ち着きを取り戻し、テストに集中できることに喜びを感じた。




