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山田リーコ

 一月蒼士(ひとつきそうじ)が風紀委員書記に就きいじめをできなくなってから数日が経ったころ、いじめの元凶である山田リーコのいらいらは限界に達していた。


 蒼士の弱々しさゆえに、いじめを始めたらすぐに彼は不登校になって高校から消えると思っていた。しかし、不登校になることはなかった。それなら高校生活を最悪なものにしてやろうといじめを続けてきた。しかし、それすらもできなくなった。


 蒼士が風紀委員書記になったことで風向きが変わってしまった。話したことはないが、あの風紀委員長も憎い。何が風紀だ、勝手に自分の正義を押し付けやがって。

 だが、自分の今後のことを考えると風紀委員長と表立って対立することなんてどうしたってできない。それに、蒼士を呼び出すということは自分がいじめの主犯だとバレている可能性が高いこともリーコは理解していた。


 こうなったら高校内ではなく、自分の土俵で蒼士を地に落としてやる。そう考えたリーコは、昼休みに蒼士に話しかけた。


「一月君、ゴールデンウィークは何か予定は入ってるの?」


 教室中が静まり返り、皆が注目した。もう二度と会話は生まれないと思っていた二人がいま話そうとしている。何を話すのか教室中が注目している。


「あ……山田さん……。あの時はごめんなさい」


 蒼士は、キーホルダーを汚した件について謝った。リーコは、質問に答えずになぜかこのタイミングで半年以上も前のことを謝ってくる蒼士に吐き気すら覚えた。


「いいから、質問に答えてくれる?」

「ゴールデンウィークだよね。結構予定が入ってて……」


 どうせ蒼士には何も予定がないと思っていたリーコは今すぐにでも机を蹴り上げそうになったが、なんとかこらえ平静を装った。


「5月3日の金曜日の夜、私の親戚の経営するお店で私の誕生日パーティーを開く予定があって、もし時間が空いてたら一月君も来てくれない? そろそろ一月君と仲良くなりたいと思ってるの」


 教室中がざわつく。このクラスで誕生会に招待されているのは、リーコと特別仲の良い有本京子(ありもときょうこ)高山秋斗(たかやまあきと)だけであり、他にもリーコと仲の良い生徒はいるのだが、それを差し置いての蒼士だった。


「え……。いいんですか!? その日は空いてるから喜んで!」

「そう。じゃあ詳細を送りたいから連絡先を教えてくれる?」


 蒼士とリーコはメッセージアプリのIDを交換した。リーコは、アプリに蒼士の連絡先が追加されたことに寒気がして今すぐにでも消してやりたい気分だったが、目的のためなら仕方ないと自分に言い聞かせた。


***


 5月3日金曜日17:00、リーコの親戚が経営するお店で誕生日パーティが始まった。


 蒼士は道に迷い少し遅れて到着した。お店の中は薄暗く、大音量の音楽と人の声でかなりうるさかった。お店というよりクラブという表現の方が適していそうだ。見慣れぬ人が多い中、蒼士はおどおどしながらリーコの姿を探した。


 お店の奥にはDJブースがあり、その少し前にリーコがいた。誰かと話しているようだったが、蒼士はとりあえず近くに向かう。

 すると、リーコは蒼士に気づき手を降った。そして「今日はよろしく。また後で話しましょ」と、明るく振る舞った。綺麗なドレスを着ているリーコは、高校にいる時とはずいぶん違って見えた。


 蒼士は、こういうパーティの楽しみ方がよく分からなかった。大人はお酒を飲んで音楽を楽しんでいる人もいるが、もちろん未成年の自分はお酒は飲むことはできない。

 とりあえず何か食べようと、お店中央の大きなテーブルに並んだビュッフェ形式の中から少し食べ物をとり、周りを見ながらおどおどとそれを食べた。そして喉が渇いたので、飲み物をもらいにカウンターへ向かった。


 カウンターは広く、バーテンダーが数人いる。後ろには色々な飲み物が並べられていた。

 他にも飲み物を頼んでいる人はたくさんいて、蒼士はカウンターが空くのを待っていた。すると、突然後ろから誰か話しかけてきた。


「にいちゃん! 一人で来てるの? 俺たちと一緒に飲もうや」


 蒼士が後ろを向くとそこには、ブランド物のパーカーと、ダメージジーンズと蛍光色のスニーカーを履いたガラの悪そうな男がいた。

 その横にも似たような服装の男が二人いる。俺たちというのはこの三人のことかと聞かなくても理解することができた。


「え……えっと、あの僕はまだ未成年でお酒は飲めなくて」

「かたいこと言うなよ。いいからこっち来て飲もうぜ」


 男たちの中の一人は蒼士の肩にガッチリと手を回し、そのまま歩き始めた。蒼士は、三人とはいまこの瞬間に会ったばかりの初対面で何が起きているのかよく分からないまま連れて行かれている。


 そして連れて行かれたのは、お店の裏口の前だった。


「あの……。ここって外に出るところですよね? あなたたちと一緒に飲むのでは……?」

「はっ。いいからついてこいって」


 男たちは裏口の扉を開け、戸惑う蒼士を強引に非常用階段へと連れ出した。そして3階にあるお店からこのまま地上に行くぞと命令をされた。


***


「ねえ、ちょっと今のやばくない?」


 京子は一緒に誕生日パーティーに来ていた秋斗に焦って話しかけた。

 蒼士が半グレの男たちに連れ出されるのを目撃してしまったのだ。


「どうした? 何かあった?」

「いま見ちゃったんだけど、一月がヤンキーたちにあそこの裏口から連れ出されてた」

「どんくさそうだからな。何かトラブル起こしたんじゃないの?」

「そんな感じじゃなかったって。というか、リーコの知り合いにあんなやつらいたっけ?」

「うーん、俺はどんな奴らか見てないからなんとも分からん」


 京子は飲みかけのグラスをテーブルに置くと、秋斗の袖を引っ張った。


「え? もしかして見に行くつもりか?」

「そう。はやく行こう」

「京子って一月のこと嫌いなんじゃないの? 関わらない方がいいよ」

「それはそうだけど……。でもやっぱり何かあったら後味悪いって。リーコの誕生日パーティーなんだから悪いことは起きないでほしい」


 京子と秋斗は重い足取りで裏口に向かった。

 そして気づかれないように扉をそっと開けたが、そこには見張り役の半グレの男が一人残っていた。


「んん? どうしたのお二人さん? もしかして彼の友達かな?」

「あ……」


 京子は急いで扉を閉めようとしたが男は扉を掴んでこじ開け、二人を連れて地上へ向かった。


 階段を降りる音が永遠に続くのではないかというほど足取りは重く、少し震え、心臓が強く脈打っていた。後ろにいる半グレの男が「はやくしろ」と言う度に、京子と秋斗は胸が締め付けられた。

 楽しいはずの誕生日パーティーが一転、京子の目にはすでに涙が浮かんでいた。地上が近くに見えてくるとそこには、半グレの男が二人と蒼士がいた。


「こいつらに見られてたみたいだからとりあえず連れてきた」


 蒼士は、京子と秋斗を見て頭を下げた。


「ごめん。なんか変なことに巻き込んじゃって」


 京子も秋斗も蒼士が悪くないことは勘づいていた。

 ただこの状況では何も言えず、どうすることもできなかった。


「おい! 変なことってなんだ!? お前が俺にぶつかってきたんだろうがよお!」


 半グレの男たちは蒼士に濡れ衣を着せた。


「え……!? 僕がですか!? それは勘違いじゃあ……」

「いいから黙ってろよ!」


 半グレの男の一人が近くにあったゴミ箱を勢いよく蹴り上げた。秋斗と京子は驚き、思わず体がびくっとしてしまった。


「まあお前は処刑決定してっからな。それよりこの二人はどうする?」


 京子と秋斗もただでは済まないようだ。

 秋斗は、せめて京子だけでもと思い唇の震えをなんとかこらえながら口を開いた。


「あんたらってリーコの知り合いなの? なら京子に手を出すってことはどういうことか分かってるよな」

「あ? もしかしてお前らもあのお嬢様のクラスメイトか? それならこの弱男よりも軽く痛ぶって黙っててもらうか」


 半グレの男たちはリーコのことを知っていた。

 しかし、たとえ女子の京子といえども無傷では帰してもらえないようだった。


「あの……。狙いは僕ですよね? だったらその二人は見逃してください。僕が代わりに罰を受けますから」

「何言ってんだお前? あの二人も軽くわからしてやるに決まってんだろ」

「わからしてやるって……。女の子もいるのに最低。しかもその汚い拳で何を分からせるの?」


 蒼士が突然男たちを挑発し始め、その場の空気が一瞬止まる。京子と秋斗は恐怖で頭がおかしくなってしまったのかと絶望するしかなかった。


「ああ!? なんだとコラぁ!」

「もう少し考えたら? あなたたちの拳に中身なんてないと思うな。だって僕ですら倒せないんだから」


 蒼士の正面にいた半グレの男が勢いよく殴りかかってきた。しかし、地面に転がっていた石に躓き、拳は空中を殴った。蒼士は臆することなくその場から一歩も動いていなかった。


「ほら、もう少し周りを見て。あんな安い挑発に乗って、足元の石ですら見えなくなってるから」

「なんだとてめえ!」


 別の男が怒鳴りながら蒼士に殴りかかってきた。

 しかし、蒼士はそれをいとも簡単に避けた。


「そんな大振りでは軌道がばればれ。じゃあね」


 蒼士は避けたのと同時に、身をかがめて男の胸元まで忍び込んだ。

 そしてそのまま拳を突き上げると男の顎に直撃し、男はその場で倒れ込んだ。


「……っ!」


 まだ蒼士に殴りかかっていない残り一人は、目の前の光景に少し後ずさりをしてしまった。京子と秋斗は目の前の現実を理解するのに時間がかかり、ただ呆気に取られていた。

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