ところで、一月君の血は何色?
一月蒼士が風紀委員長の神野七莉に初めて呼び出された日の翌日、学校に登校して席に着いてもいつものような野次は飛んでこなかった。プリントが配られても綺麗な状態で届き、昼休みも昼食をとるポジション変えが行われたようで蒼士のまわりは埋まっていた。
毎日続いていたいじめは昨日七莉に呼び出されたことをきっかけにぴたりと止んだ。誰も話しかけてこないのは相変わらずだが、被害は一切なくなった。
「ねえ、また委員長が呼んでるんだけど」
放課後、昨日と同じように有本京子が嫌々話しかけてきた。いじめが止まり七莉に呼び出されることはもうないと思っていた蒼士だったが、その翌日に早速呼び出されることになるとは、少し予想外だった。
蒼士が風紀委員室に到着すると、昨日と違い七莉は4人がけの席に座っていた。そして蒼士は、七莉の向かいの席に案内された。
「今日も来てくれてありがとう」
「い……いえ。全然大丈夫です」
「それでさっそくなんだけど、いじめは無くなった?」
七莉は嫌味のない微笑を浮かべてそう聞いた。蒼士がいじめられているというのは本人が否定している。しかし、七莉はいじめがあることを確信していた。だからそのまま自分の意見を変えることはない。
意見を変える気がないのは蒼士も同じで、戸惑いながらも「昨日も言いましたけどいじめはありません」と相変わらず否定をした。
「本当に? 私の調べでは、配布物を潰されたり、鞄や体操服を隠されたり、教科書がゴミ箱に入っていたことがあったりと色々ないじめがあったことが分かっているの」
「それは全部ただの噂だと思います。最初からいじめなんてありませんよ……ははは」
なぜ頑なにいじめを否定するのか、やはり七莉には分からなかった。食い下がるつもりはなかったが、七莉は一旦質問を変えてみることにした。
「ところで、一月君の血は何色?」
ドクンと蒼士の心臓が強く跳ねた。昨日の朝流れた、血液の青いこどもが全国各地で発見されたというニュースの映像が頭の中を駆け巡る。
「どういうことですか? もしかして風紀委員長も不謹慎な冗談を?」
「”も”ということは、この不謹慎な冗談を他の誰かに言われたの?」
七莉はすかさずつっこみを入れた。
蒼士の心臓の鼓動はさらに早くなった。
「はは……。神野さんにはめられてしまいました。それって昨日やっていたニュースのことですよね?」
「うん、そう。子供たちには悪いけどこんな差別につながりそうなニュース、いじめのネタになっててもおかしくないと思わない?」
「確かに昨日、それをネタにされました。さっき言ってた内容のいじめもありましたよ。でも、神野さんが呼び出してくれたおかげでもういじめは無くなりました。それでいいんです。僕としては大事にしたくありません」
ようやくいじめを認めさせることはできたものの、今度はいじめをかばい始めた。なぜここまで弱い立場を受け入れたままなのか七莉には全く理解することができない。
「私は風紀委員長であり、高校の風紀を正すことが絶対。いまいじめは止まっても、いつまた始まるか分からないし、すぐ隣で燻り続けているのも良くないんです。それにこれはあなただけの問題ではなく学年全体の問題だから動きたいと思っています」
そう言われた蒼士は俯いた。
そして、深く息をつくと顔を上げて口を開いた。
「これは……その……昨日も言いましたけど僕と山田さんの問題なんです」
「だから、それはどういうこと?」
「実は……山田さんのキーホルダーにジュースをこぼしたのはわざとやったんです」
「本当に? 仕返しが怖くて嘘をついているんじゃなくて?」
「本当です! ぼ……僕は……! その……山田さんのことが好きなんです!」
蒼士はいつの間にか息を荒げていた。
七莉は一番当たってほしくない予想が的中してしまい、絶句した。
「今思えば歪で卑屈なやり方だったと思います。でも、当時の僕はどうしても山田さんと関わりを持ちたくてわざとやったんです」
流石の七莉もため息をついて呆れるしかなかった。そんな理由でお気に入りのキーホルダーを汚された山田リーコに、少し同情さえもしてしまった。おそらく、僕と山田さんの問題というのも蒼士が一方的にそう思っているのだろうと背筋が寒くなった。
「きっかけが何であれいじめは良くない。自分の感情と風紀委員長としての役割を天秤にかけて言うけど、いじめは絶対に見過ごせない」
七莉にも信念がある。彼女は凪風高校の風紀委員長として絶対にいじめをなくし、風紀を正したかった。そのためなら多少強引な手段を取っても構わない。
「ちょうどいま、書記だった子が転校してポジションが空いているから一月君を書記に任命するね」
「ええ……それは……。入らないとだめですか?」
「うん。入らないとだめ。私が推薦状を先生に書けば通るだろうから安心して」
「いえ、単純に入りたくないんですけど……」
「どうして? 私と一緒に風凪高校の風紀を正しましょう」
蒼士の否応に関係なく、書記として風紀委員会に入ることになった。
風紀委員長の神野七莉といえば鉄の風紀委員長と呼ばれ、その意志の強さや感情が後回しにされる性格をみな恐れている。1年生の後期から風紀委員長を務め、きっとこのまま満期である3年生の前期までそのポジションを貫くのだろう。
その仕事ぶりは歴代最高だと評され先生からの信頼はとても厚い。完璧を目指す七莉にとって、蒼士がいじめを受けている問題の解決は絶対的なものなのだ。
「神野さん、僕をいじめから遠ざけるために風紀委員書記に任命してませんか? それっていいんですか?」
「大丈夫。風紀委員は風紀を正すために存在しているから。細かいことは気にしないで」
やはり何を言っても風紀委員書記のポジションからもう逃げることはできない。
蒼士は不本意だったが、書記への任命を受け入れた。
***
翌日、蒼士が風紀委員書記として仕事をするために風紀委員室に向かうと、そこには七莉ともう一人いた。
「紹介するね。彼は副風紀委員長の佐々木豪先輩、この4月からやってもらってます」
豪は椅子から立ち上がり、入り口の近くにいる蒼士のところまでやってくると手を差し出した。
「よろしくな。俺は佐々木豪、3年生だから前期だけの短い間だけど頑張るよ」
「よ……よろしくお願いします。僕は一月蒼士って言います。2年5組です」
蒼士と豪は、握手をしながら挨拶を行なった。
「2年生まで柔道部にいて。風紀委員やりたくなって、少し早めに引退してきたんだ」
「それは頼りがいがありそうですね」
豪の手は大きくがっしりとしていた。そして、制服の袖から見える腕もたくましい。身長は180cmくらいはあるのだろうか、蒼士よりも明らかに高くて迫力がある。
豪がなぜ副風紀委員長になったのか理由を尋ねよか迷っていると、次は生徒会に挨拶をしにいくということで会話は終了した。そして、蒼士と七莉は生徒会室へ向かった。
生徒会室へ向かうと、そこにいたのは二人だった。一人は生徒会長の高槻明里、もう一人は副会長の有永スバル。二人とも3年生で、豪と同じく蒼士の先輩ということになる。
豪の時と同じく、七莉の紹介で蒼士は二人と挨拶を交わした。明里はとても明るい性格の持ち主で、まるで後ろに光が差しているかのような温かいオーラを感じた。スバルは爽やかで甘い顔が眩しくて喋り方も柔らかく、校内一モテるという評判の通りだった。
「いつも校内を平和に保ってくれて助かるよ。一月君もこれから大変だろうけど一緒に風凪高校を支えていこう」
スバルは屈託のない笑顔で蒼士を迎え入れてくれた。卑屈な自分と比べると、まるで違う人種のように思えた。本当に自分はここにいて良いのだろうかという不安を感じざるを得ない。
そしてその不安を七莉は感じ取ったのか、生徒会室から風紀委員室へ帰る途中に蒼士のことを励ましてくれた。
「理由はどうあれとにかく一月君はもう風紀委員のメンバーなんだから、胸を張って活動してください。環境によって人は変わることだってある、私はそう信じてる」
七莉が呼び出してくれたおかげでいじめは止まった。そして、風紀委員会に引き入れてくれたことでいじめが復活することも無くなった。ここまでやってくれたその恩を返さなければ、一生底辺で醜く自分を虐げながら生きる人生を歩むことになるだろう。
それから、蒼士は風紀委員書記の役目を全うし始めた。自分が変わっただけだろうか、蒼士がクラスで孤立しているという状況は相変わらずだったが、教室の雰囲気は前よりも明るくなった気がした。




