正体
椎名大吾も武田和樹もいない。
そこに立っているのは、一月蒼士ただ一人。
「一月君……? なぜここに?」
有永スバルが問いかけた。
「なぜって……。教えてもらったからですよ」
「誰に?」
「まあ、誰でもいいじゃないですか」
その場にいる誰もが、蒼士が無傷でやって来ることを予想できていなかった。
「一月君、どっちなの?」
「どっち? それはどういう意味ですか、神野さん?」
神野七莉は、翠銀刀を蒼士に向けた。
「ちょっと待ってください。物騒だなあ」
「いいから質問に答えて」
「僕は高槻さんを助けにきたつもりだったのに……。まさかこんなことになっているなんて」
蒼士はそう言うと、服のポケットから翠銀刀を取り出した。
その場にいる全員に激震が走った。蒼士は、霧雨だったのだ。
「一月君……! あなたも霧雨だったの」
「確信するのは、この状況が片付いた後にタトゥーを確認してからですよ」
「……!」
七莉は不敵な笑みを浮かべた。たとえ霧雨同士であっても誰が霧雨の隊員か、全てを把握しているわけではない。そして通常、隊員同士が互いに霧雨であることを確認するためには、体のどこかに刻まれたタトゥーを確認することになっている。
「有永さん、佐々木さん。そこに縛られている高槻さんを解放してくれませんか?」
「それはできない相談だね。こっちこそお願いしたいんだ。一月君、ここに座ってくれないかな」
「やっぱり話し合いでは無理ですか……。せっかく先輩方と仲良くなれたと思っていたのに」
蒼士はスマートフォンを取り出すとアプリを開き、超音波を流した。
思わず耳を塞ぎたくなるくらい耳障りな超音波だった。
「……。……え!? な……何で!? どういうこと!?」
高槻明里は、超音波によって目を覚ました。
目の前では蒼士と七莉、スバルと豪が退治している。
「おはようございます、高槻さん。助けに来ました」
「ひ……一月君……? どうしてここに……?」
「高槻さんを助けに来ました」
蒼士は、明里に対して爽やかな微笑みを向けた。
「スバル! どうする!?」
佐々木豪がスバルに向かって叫んだ。
「こうなったらもう、先にやってしまおう」
スバルはナイフを取り出し、明里に向かって駆け出した。
同時に蒼士も駆け出す。翠銀刀とナイフが鋭い音を立ててぶつかり合った。
「神野さん、そっちは任せましたよ」
七莉は返答をする前に豪に向かって突っ込んだ。豪は翠銀刀だけは何とか避けたが七莉のパンチが直撃し、そのまま窓から外に投げ出された。その後を追い、七莉も一緒に外へ飛び出していった。
「有永さん、あなたの血は何色ですか?」
「……っ! 揃いも揃って!」
スバルは蒼士を蹴り飛ばした。そしてすぐさま瓦礫を宙に浮かせ、蒼士に向かって放った。瓦礫は、全て蒼士に当たった。
「ははは! そんなに強くないんだね」
蒼士に当たった瓦礫は、そのまま彼の足元に転がった。
蒼士は怯むことなくそこに立っている。瓦礫の破片や砂埃で汚れているが、傷は一つもなかった。
「それはこっちのセリフですね。すぐに能力を使う。その能力さえこんなにも弱い」
「一月君、それは早計すぎるよ。まだ始まったばかりだろう?」
スバルは窓の方を見た。窓は独りでに割れ、その割れた破片は蒼士に向かっていった。
蒼士はガラスを避け、そのまま明里のところまで飛んだ。
「一月君……! 助けて!」
「そのつもりです」
スバルは、外れたガラスの破片を再び宙に浮かせ、二人のところまで飛ばした。蒼士はガラスが到達する前に翠銀刀で明里を縛り付けていたロープを切断し、明里を抱えて出入口の方に逃げていた。
「すみません。こんな手荒な感じで」
「一月君……! 私、怖かったよ……!」
「部屋から出たところすぐにいてください。一人で動いたら危険ですから必ずそこに。すぐ片付けます」
明里は蒼士の指示通り部屋の外へ出て、その場にへたり込んだ。
そして、蒼士とスバルは再び対峙した。
「高槻さんを助けたので、本当だったらこれでさよならをしたいんですけどね」
「くだらない嘘だ。君たちの本当の目的は龍を殺すこと。彼女を助けることなんて二の次のはずさ」
「いえいえ、みなさん風凪高校の仲間でしたから。本当は先輩方お二人も無事でいてほしい。それが僕の本心です」
「ふん、そもそもなぜ僕と豪がやられることを前提に話を進めているんだ。明日ニュースで流れるのは、君たちが不慮の事故で亡くなったというニュースに決まっている」
「悲しいですね……」
蒼士は翠銀刀を顔の前に掲げると呟いた。
「霧雨の名において、龍の血脈を殲滅する」
***
七莉に外まで吹っ飛ばされた豪は、そのまま二階から落下していた。龍の血脈特有の頑丈さと、植物や土のおかげで、落下の衝撃はほとんど受けていない。しかしすぐに上から七莉が降ってきていたため、豪は一息つく間もなく体制を整えざるを得なかった。
「……ちっ!」
豪はかなり苛ついていた。本当は殺すはずだった七莉が目の前に立っていること。あろうことか、翠銀刀を持っていること。何より本物の翠銀刀を目の前にして少し怯えている自分がいること。
「佐々木先輩、翠銀刀がそんなに怖いのですか? さっきから逃げすぎです。これに気を取られてこんなに簡単に吹っ飛ばされるなんて」
「……っ! 委員長……!」
豪は近くにあった木を幹ごと折り、そのまま片手で七莉に向かって振り下ろした。木は七莉に直撃し、七莉は腕で木を防いでいたが、流石に腕が痛んだ。七莉がそのまま木を押し返そうとしても、木は豪の怪力で押さえつけられている。
七莉は豪の怪力に対応するだけで精一杯で身動きが取れなかった。そして木の重みが一瞬緩んだかと思うと、豪はすでに七莉の隣にいた。それからすぐに豪が蹴りを入れると、七莉は地面を転がっていった。七莉はすぐさま立ち上がったが、口を切り、綺麗な白い肌に鮮やかな赤い血が滴っていた。
「確かにそのナイフは危険かもしれない。だけどさ、使えなかったらしょせんこの程度なんだよ」
「良い一撃でした。さすがは柔道界で無傷の男と呼ばれているだけありますね」
「なにそれ嫌味?」
「高校のみんなが言う褒め言葉ですよ。私には、青い血がばれるのが怖くて怪我の心配がない戦いにしか臨まない、臆病な龍の血脈だと聞こえますけどね」
「はあ!? やっぱり嫌味じゃん!」
「何にそんなこだわっているのでしょうか。そんなに怪我が嫌なら柔道なんてやらなければよかったのでは?」
「何言ってんだよ。俺が力を調整してやってんの。そもそも柔道で俺が怪我をするなんてあり得ないってこと」
「もしかして、それで怪我への恐怖を克服したつもりだったんですか?」
七莉はそう言うと、目にも留まらぬ速さで豪の懐に潜り込んだ。豪は後ろに逃げようとしたが、腕を掴まれていて動けなかった。七莉はそのまま、豪の顔にパンチを打った。
「怪我、するじゃないですか」
「……っ! お前……!」
豪の唇から顎にかけて、青い血が垂れていた。




