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一触即発

 佐々木豪(ささきごう)は、神野七莉(かみのななり)が手に持ったナイフを見てすぐさま後ろに飛び、七莉と距離を取った。


「……っ! 委員長、いきなりびっくりするじゃん」

「さすが元柔道部ですね。すごい運動神経。でも、さすがに驚きすぎじゃありませんか?」


 七莉は、鞄を肩からおろすと地べたに置いた。

 そしてナイフを、高槻明里(たかつきあかり)の紐を解くふりをする有永(ありなが)スバルに向けた。


「副会長でも大丈夫ですよ。これに少しだけでいいので斬られてくれませんか?」

「神野さん、どうしたの? さすがに刃物を人に向けて傷ついてはおかしいよ」

「私はおかしいのかもしれません。朝起きて、歯を磨いて朝食を食べる。それからお弁当を準備して、家を出て高校に行く。帰ればお風呂に入って夕食を食べて、勉強をして歯を磨いて眠りにつく」


 七莉は、スバルたちの方に向かってゆっくりと歩き出した。


「え? え? 本当にどうしたの?」

「それだけじゃなく、指令を受けて、時には寝る間も惜しんで任務を遂行し、時が来たら龍の血脈を狩る。これが普通の女子高生に思えますか?」


 スバルと豪は一瞬のうちに移動し、さらに七莉と距離をとった。


「ほら、すごい運動神経じゃないですか。まるで人間ではないみたいな。先輩たちの血の色は、何色ですか?」

「僕たちの血は赤色だよ」


 七莉はスバルの返事を無視した。


「風凪高校でも当然、入学してすぐに健康診断が行われます。今からやく2年半前、先輩たちは二人ともその日はお休みをして、後日どこかで健康診断を受けて学校に結果を提出したそうですね」

「だから? 体調が悪くなったら高校を休むのは不思議なことではないと思うよ」

「私は思うんです。血液検査が受けれない。だから、龍の血脈が密かに運営する病院で診断を受けたか、結果自体が偽造だったか。そのどちらかではないかと」

「えっと……? 何の推理? 何の話をしてるの?」

「龍の血脈の血の色って青いんですよ。で、それがばれるともちろん龍の血脈であることもばれる。そうなるとある組織がやって来て、龍の血脈は殺されてしまうんです」

「さっきから何を言ってるの? それってSNSで話題になってるやつ? その組織っていうのは初めて聞いたけど」

「SNSで話題になっている陰謀論ですね。ある組織というのは私が付け加えました」


 七莉は、部屋の出入口に向かって歩き出した。

 そして出入口を塞ぐように立ち止まり、くるりと再び二人の方を向いた。


「陰謀論と真実って紙一重だと思いませんか?」

「僕はそう思わないけど、つまり神野さんはその話を信じているということ?」

「信じているっていうと少し違うかもしれません。だって……」


「私は当事者ですから」


 七莉はそう言うと、会話には参加せず黙ったまま警戒をしていた豪の懐まで一気に距離を詰めた。豪は考えるよりも先に反射神経だけで七莉を避け、そのまま壁にぶつかった。


「なぜそんなに逃げるんですか? 壁にぶつかってしまっていますよ」

「……っ!」

「もしかして、これが怖いんですか?」


 七莉は手に持ったナイフを指先で振ってみせた。


「だからさ! 刃物持った人が至近距離に来たら怖いって!」

「もういいよ、豪。僕も豪もくさい芝居はもうやめにしよう……。ふふ。笑っちゃうよね。こんなにも近くに霧雨(きりさめ)がいたなんて」


 スバルのまわりに落ちていた瓦礫たちが宙に浮かんだ。そして、瓦礫たちは鋭く七莉に向かって飛んでいった。しかし、瓦礫たちが七莉のもとに到達した頃には、七莉はそこから姿を消していた。


「ほら、やっぱり。先輩たちは龍の血脈なんですね」


 七莉はいつの間にか、スバルの後ろにまわり込んでいた。


「僕たちを消しに来たんだろう? いくら霧雨といってもここには龍が二人いる。簡単じゃないことくらい君でもわかるはずさ」


 今度は小さな石のつぶてが七莉のナイフを持つてに向かって飛んできた。

 七莉はそのナイフで石を弾いてみせた。


「私の手からナイフは落ちませんし、このナイフも壊せません」

「そう簡単にはいかないか……。翠銀刀(すいぎんとう)でしょ、それ。頑丈なんだね」

「よくご存知で。ならこれに斬られたらどうなるかもよく知っていますよね?」


 七莉はスバルのことを数回斬りつけたが、どれも空をきるだけだった。


「ほら、当たらなければそんなのただの金属じゃないか。何も怖くない」


 スバルは、七莉の素早い太刀筋に負けず劣らずの動きでかわし続けている。そしてその隙を狙って、豪は翠銀刀を振るう七莉めがけて拳を放った。

 七莉はとっさに二本の腕を体の前で交差させ拳を防いだが、あまりの力強さに体が中に浮き、そのまま部屋の壁まで飛ばされてしまった。壁はその衝撃で少し崩れ、ぱらぱらと破片が散っている。


「委員長、壁にぶつかってしまっているよ」


 七莉は、制服に着いた汚れを払いながら体制を整えた。


「もう委員長と呼ぶのはやめてくれませんか? 佐々木先輩はもう風紀委員会ではありません」

「悲しいじゃん! そんなこと言わずにさ。あ、委員長がいなくなったら次は俺が委員長をやるから任せておいてよ」


 七莉は次の一手を考えていた。いくら翠銀刀があるとはいえ、相手は龍の血脈二人。一瞬の油断が命取りとなって死を招く。

 じりじりと、少しずつ距離を詰めながら思考を巡らす。おそらくスバルは物を飛ばす能力。豪はまだ定かではない。今食らった怪力が天性の身体能力なのか、能力なのか、七莉にはまだ分からなかった。


 ただ、スバルと豪は戦闘経験が浅い、あるいはゼロだということはすぐに分かった。戦闘経験が豊富な龍の血脈であれば、戦いが始まってすぐの段階で能力(スキル)を使うということはまずあり得ない。


「ところで、椅子は二つ並んでますけど一つ空ではないですか?」


 スバルと豪は七莉の襲来に気を取られてしまっていたが、七莉の問いかけに、一月蒼士(ひとつきそうじ)がまだそこにいないことを思い出した。しかも、まだ運ばれてきていない。


「どうせ君が一月蒼士を助けたんでしょ?」

「何のことでしょうか。もしかしてそこに一月君も縛りつける予定なんですか?」

「今さらとぼけても意味はないよ」

「よく分かりませんけど、一月君がそこにいないということは何か上手くいってないみたいですね」


 スバルと豪の計画はすでに大幅に狂っている。蒼士が運ばれてこない、大吾と和樹と音信不通、さらに霧雨である七莉の登場。

 部屋の中には、肌がひりつくほどの緊張が張り詰めている。一触即発、誰かが攻撃をしかけたら今にも激しい攻防が始まりそうな予感を全員が感じていた。


 そんな緊張を遮るように、部屋の外から足音が聞こえてきた。

 足音はまた、一人分。


「どうやらここみたいですね」


 そう言いながら部屋に入ってきたのは、一月蒼士だった。

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