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訪問者

 高槻明里(たかつきあかり)はいつの間にか意識を失っていた。

 有永(ありなが)スバルと佐々木豪(ささきごう)一月蒼士(ひとつきそうじ)が運ばれてくるのを待っている。


「この廃墟とも今日でお別れか」


 豪が窓から外を見ながらそう呟いた。


「そうだね。名残惜しいの?」

「まあ、昔から使ってたからな。新しい集会所の方が便利だけど」

「僕は一つの区切りだと思ってるよ。二人を殺して、ここを壊して、次のステージに進む」


 スバルと豪は蒼士と明里を殺害したあと、廃墟を通るガス管を破壊し、ガス爆発を起こして建物ごと崩壊させるつもりだった。カップルが廃墟探索中に不慮の事故で亡くなる。そういう筋書きだ。


「この前も少し話したけど、この計画が終わったら俺たちはどこを目指すんだ?」

「人間に対する復讐を続けたいよね。それから、龍による恐怖を復活させたい」

「恐怖を復活か……。それってつまり、この前言ってた龍の血脈を堂々と宣言するっていうことか?」

「うん。もう霧雨なんて恐れない。堂々と生きてやろうとは思わない?」

「確かにそうなんだけど、他の龍の血脈からも反感をかわないか?」

「別に問題ないと思う。そんな時代の残党はいつまでもこそこそとしてればいい。僕たちで新時代をつくる。共感する龍もきっとたくさんいるに違いない」


 意識のない明里を目の前に、スバルと豪は彼らの野望について話し合った。しばらく話すと、スバルは腕に身につけた時計を確認した。


「そろそろか。一月蒼士もここに縛りつけたら、二人とも目を覚ませよう」

「ああ。あいつも本当に馬鹿だよ。自分が誰とどこに行くかベラベラと、風紀委員会の活動中にしゃべりやがって。さぞ楽しい時間を過ごしただろうな」

「いいじゃないか。彼にとっても今が人生のピークで、自慢して調子に乗りたかったんだよ」

「おかげで計画も簡単に立てられたし、少しぐらい感謝しておいてやるか」


 豪は不気味に笑った。

 そして、それから少し時間が過ぎたが蒼士はなかなか運ばれてこなかった。


「おかしい……。いくらなんでも遅すぎる」


 いつまで経っても運ばれて来ない蒼士に、スバルが痺れを切らした。

 豪も苛立ち、部屋の中をうろうろと歩き回っていた。


「何かあったのかもしれないな」


 豪の発言にスバルは返事をしなかった。椎名大吾(しいなだいご)武田和樹(たけだかずき)が車の免許を持っていないことは知っていたが、それを豪に伝えていない。スバルの頭に浮かんだのは、交通違反で警察に捕まったか事故を起こしたかの二択だった。


「なあ、もしかして霧雨にばれたとか?」


 豪の顔に笑顔はない。

 場を和ます冗談ではなく、本気でそう考えていた。


「それだけはないと思う。それこそ、豪が裏切りでもしないとね」

「おいおい。俺がそんなことするわけないだろ」


 空気がぴりぴりと張り詰めた。こんな時に喧嘩をしている場合ではないというのはスバルも豪も理解していたが、お互いに苛つきの逃し場所が見つからなかった。


「僕たちの作戦は完璧だ。現にこうして高槻明里はここにいるだろう? 霧雨にばれてるならとっくにやられているはず」

「確かにそうだな。スバルの友人たちを信用してもう少し待つか」

「そうして。ただ、二人を一緒に殺害する。ここに変更はない。一月蒼士がここに来なかったら高槻明里をここで何日間か監禁してもいいから、絶対に」


 スバルは大吾と和樹に連絡を入れたが、電話は繋がらなず、メッセージに返信もなかった。

 スバルは、スマートフォンを床に乱暴に投げつけた。


「落ち着け。俺たちが焦ったら終わりだ」


 スバルをなだめる豪も内心焦っていた。


「俺が確認に行ってこようか?」

「どうしようか。豪が行ったところですれ違いになっても面倒だし、もう少しだけ待とう」


 大吾も和樹も馬鹿ではない。それは、これまで一緒にいくつかのビジネスを展開してきたスバルも理解している。だから、交通違反で警察に捕まったか事故を起こしたかということもあり得ないと、自分で自分を納得させた。


 それから待つこと数分、部屋の外から足音が聞こえてきた。


「ほら。来たよ」

「よかった」


 スバルと豪は足音を聞いて安堵した。

 しかし、すぐに違和感に気付いた。


「ちょっと待て、足音が少なくないか?」

「確かに……。一人分しか聞こえない気がする。しかも妙に静かだ」


 スバルと豪は出入口から少し距離をとり、身構えた。

 足音はだんだん大きくなっている。そして、とうとう出入口に人影が見えた。


「やっぱりここにいたのですね」


 部屋に入って来たのは、神野七莉(かみのななり)だった。

 スバルと豪は、思いもよらぬ人物の登場に、思わず全身に力が入りその場で固まってしまった。


「神野さん……? こんな夜遅くにどうしたの?」


 スバルは何とか平静を装い、いつもの調子で七莉に問いかけた。


「先輩、それは私が聞きたいです」


 七莉は出入口から少し歩いて部屋の中を進むと、スバルと豪と距離をあけて止まった。


「なぜこんなところにいるのですか? しかもそこに縛られているのは、生徒会長ですよね?」

「僕たちもびっくりしましたよ。謎のメッセージがスマホに届いて、ここに来いって」

「そうですか。そういう感じには見えないですけど」


 七莉は、いつも風凪高校で話す時と同じ調子で会話を進めた。

 服も、風凪高校の制服を着ている。


「今日はまず高校に行きました。私一人で風紀委員会の活動をしようと思って。でも、高校は今日も平和でした」

「それはよかった」

「夏休みで生徒も少ないですから。それから、美術館とパスタ屋に足を運びました。校外活動をたまにはしてみようと思って」


 ドクンとスバルの心臓が強く跳ねた。


「でも、特に何もありませんでした。美術館ではゴッホ展で美しい絵画を見て、パスタ屋は混みすぎで素通りです。これじゃあ女子高生が一人で休日を楽しんでいるだけですよね」

「一体何の話をしてるんだ?」


 少し落ち着きを取り戻した豪が尋ねた。

 しかし、七莉はお構いなしに話を続けた。


「それから東山線で池下駅まで行って、駅を出てから少しのところにあるコンビニに入りました。怪しい二人組が乗ってきた車にGPSの発信機をつけてみました。まるで何かの探偵ごっこみたいですね」

「それで……なぜいまここに?」


 スバルは、強く脈打つ心臓が口から飛び出ないように、呼吸を抑えながら話すので精一杯だった。


「怪しい二人組が行った先にこの廃墟もあったので来てみました。真っ暗で、暑い夏の夜には肝試しに最適な場所ですね。あ、もしかして不法侵入かしら」

「それよりも危ないよね。女子がこんなところにいて。その怪しい二人組がここにいて襲われてたら取り返しがつかないよ。今は僕たちがいるから万が一があっても護れるけど」

「あら? そう思いますか? 意外と、この中で一番強いのは私かもしれませんよ」

「ふふ。こんなこと言うのはあれだけど、神野さんってもしかして変わってる? 普通は夜遅くにこんなところに女子一人で来ないよ」

「私は普通じゃないかもしれません。さて、縛られている生徒会長を解いても?」

「ああ、そうだね。僕が解くよ」


 スバルは明里の方を向くと、隣にいた豪に目配せをした。

 豪は軽く頷いた。そして、七莉の方へ歩き始めた。


「なあ、委員長。ここは俺たちに任せて帰ったほうがいいんじゃない? 俺たちも怖いくらいだから。生徒会長を助けたら俺たちもすぐ出るつもりだよ?」

「いえ、大丈夫です。私も生徒会長を一緒に助けたいので。それから私、もう一つやりたいことがあるんです」

「こんなところで?」

「はい。佐々木先輩、私のために少しでいいので傷ついてくれませんか?」

「ええ!? どういうこと?」


 七莉は、肩に欠けていた鞄から折りたたみナイフを取り出した。

 そして、片手で器用に、慣れた様子で刃を広げた。

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