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霧雨

「計画に利用する例の二人は信用できるのか?」


 佐々木豪(ささきごう)有永(ありなが)スバルに質問をした。


「もちろん。大吾と和樹も僕たちの同胞だよ。それに、誘拐にぴったりな能力(スキル)を持っている」

「どんなだ?」

「大吾は対象を異空間に飛ばす能力(スキル)、和樹は対象を強制的に眠らせる能力(スキル)

「へえ。異空間に飛ばすっていうのは色々と使えそうだな」

「そうだね。大吾が気絶したり眠ったり、意識を失ったら解除されてしまうけど」


 椎名大吾(しいなだいご)武田和樹(たけだかずき)も龍の血脈であり、スバルは彼らと中学時代に知り合った。大吾と和樹は二人とも高校に進学せず、転売や偽ブランド品の製造・販売といった犯罪、または犯罪に近い行為でお金を稼いで生活をしている。

 大吾と和樹に両親はいない。なぜなら霧雨(きりさめ)に殺されたから。二人はいまもなお霧雨に狙われているかもしれないという恐怖と共に生きている。


高槻明里(たかつきあかり)一月蒼士(ひとつきそうじ)の殺害計画が完了したら次はどうしようか」

「次は神野七莉(かみのななり)を年末あたりにやるのはどうかな?」

「短期間で三人も同じ高校から死者が出たら怪しまれないか? しかも風紀委員会と生徒会からだ。真っ先に疑われるのは俺らだろ?」

「確かにそれは一理あるね。そうだ、今回の計画が終わった後、龍の血脈について公表してみるのはどうかな?」


 さすがの豪もスバルの提案に顔をしかめた。


「は? そんなことしたら霧雨がすっ飛んでくるだろ」

「いいじゃないか。ことを大きくすれば僕たち二人だけの問題だけではなくなって、龍と霧雨の大戦争が始まるかもしれないよ?」

「急にスケールがでかいな。それに、霧雨に勝てる未来は見えない」

「ははは。霧雨のことを怖がりすぎ」

「笑うけどよお、あいつらの持ってる翠銀刀が俺たちをこれほどまで萎縮させてるんだろ?」

「翠銀刀はしょせん小型のナイフだって。そもそも斬られないことには何も意味がない」

「斬られたらやばいって話だ。斬られたら全身に激痛が走って意識を失う。そのあとは殺されるか捉えられて実験されるっていうのはよく聞くだろ」


 スバルは椅子から立ち上がって少し歩いた。

 そして一度深呼吸をすると、豪の方に振り向いて再び語り始めた。


「それはよく聞く。他にも霧雨についてはよく調べたよ。奴らは捉えた龍で人体実験を繰り返してきた。しかもその捉えた龍の能力の仕組みを分析、コピーして霧雨の隊員に移植しているそうだ。反吐がでる。霧雨は龍の血脈を殲滅するために組まれた組織で、特殊な訓練も積んでいる。そして豪の言う通り、翠銀刀という折りたたみ式のナイフが一番厄介だろう」

「やっぱりそうだろ?」

「先も言ったけど、しょせんは小さなナイフ。斬られなければそもそも意味はない。それに実際に戦ったこともなければ、見たこともないじゃないか」

「それは……そうだけど」

「噂っていうのは恐ろしいよね。見たこともないものを頭の中で肥大化させて、必要以上に恐怖の対象にしてしまう。そもそも僕たちには人間を凌駕する圧倒的な力があるじゃないか。人間はそれが怖くて翠銀刀を作り出した。順番が逆なんだよ。翠銀刀を作らせるほど僕たちは圧倒的な存在だということなんだ」


 雲で月明かりが隠れ、より一層暗さを増した部屋にスバルの声が響いた。


「まあ、龍の血脈について公表してみるというのはさておき、僕たちは霧雨を恐れてはいけない。まずは今回の計画を成功させて、人間社会への復讐を果たそう」

「ああ。必ず成功させよう」


 豪も椅子から立ち上がり、二人は握手を交わした。そして、椅子を二つ部屋の中心に残したまま廃墟を去った。椅子は、時折り部屋に流れ込む強い風に吹かれてかたかたと小刻みに揺れ、次にそこへ座るものを待ち構えていた。


***


 空には雲ひとつなく太陽が輝く青空が眩しい。

 そんな8月のある日、スバルと明里は美術館のゴッホの特別展に二人で来ていた。


 明里のストーカーの一件以降、スバルと明里の仲は深まり、アートが好きだという明里をスバルが美術館に誘ったのだ。

 明里は、風凪高校の生徒会長と副会長という仲以上にスバルのことが気になり始めていた。そんな状況の中、明里はスバルからの誘いを断るはずもなく、この日を心待ちにしていた。


 美術館は夏休みということもあって平日でも混んでいた。ゴッホの特別展は別料金だが、人の波は途絶えることなく入り口から続いている。

 しかし、ゴッホの作品を目の前にすれば人の多さなど気にならなくなる。その独特の世界観と迫力に吸い込まるだけだった。


「これはゴッホ自身の自画像だよね?」


 ゴッホ自身が書いた自画像を前に、スバルは明里に尋ねた。

 

 スバルは美術作品について詳しくなかった。というより、興味がないと言った方が正しいのかもしれない。当然、美術館に来る前もゴッホについて1秒たりとも調べてはいない。


「自画像だね。カラフルな色づかいなんだけけど、目はすごく悲しそう」


 ゴッホの自画像には、薄い水色の背景を背に、キャンバスに絵を描くゴッホ自身の姿が描かれている。青い服を身につけ、ピンクがかった茶色の髭と茶色の短髪が色鮮やかだ。いたるところに施された黄色や緑色の点がさらに鮮やかな印象を与える。

 しかし、青みがかった黒色の瞳だけ対照的な暗さだった。今まで数えきれない人と対峙してきたであろうその瞳は、今日も無数の人を悲しく見つめている。


「ゴッホはね、生前一枚しか絵が売れなかったって言われてるんだよ」


 明里はゴッホの瞳を見ながらスバルに話しかけた。


「死後に人気が出たってこと?」

「うん。ゴッホが亡くなってから弟や、弟の奥さんが彼の絵を広めたの。特にゴッホの歩んできた劇的な人生が多くの人の心を突き動かしたんだって」


 スバルは拳を強く握り、湧き上がる感情を抑えた。龍の血脈は誰一人として歴史に名を刻んでいない。それどころか歴史から抹消され、霧雨による殲滅作戦が遂行されている。


「ん? どうしたの?』

「なんでもない。ただ、僕もアートについて勉強してみようかなって考えてた」

「そうなの? 絶対おすすめだよ」


 隣にいる明里の人生は今日で終わる。

 スバルはそう考えることによって怒りを沈めた。


「ちなみにゴッホの生前一枚しか絵が売れなかったというのはあくまで一説であって、実際どうなのかは諸説あるからね」

「へえ、そこもまたミステリアスだと思う」


 心底どうでもいい。実際はその説が違っていたからといって、今さらその価値が覆るとでもいうのか。ただ人間が楽しんでいるだけだろ。スバルは心の中でそう吐き捨てた。


 その後も二人はゴッホ展をまわり、ついでに美術館の常設展も見てまわると美術館を後にした。そして、美術館から少し行ったところにあるお店へランチに向かった。


 お店に入ると、愛嬌のある店員が「いらっしゃいませ」と二人を迎え入れた。待っている人がいるほど混雑していたが、明里がお店を予約してくれていたためすぐに席に着くことができた。


「ごめんね。僕が誘ったのに、お店の予約までしてもらって」

「大丈夫! ここ私がずっと来たかったところなの。スバル君と一緒に来れてよかった」

「え? それってどういう意味?」

「あれ? 私なんか変なこと言った? 何でもないよ」


 明里は誤魔化したが、スバルのことをほとんど好きになっていた。美術館に着いた頃にはそうでもなかったが、ゴッホ展を見ている途中でスバルがはぐれないようにと手を繋いできてから、どきどきが止まらないでいる。

 対してスバルは、明里の最後の食事を見届けられるのが楽しみで仕方なかった。今日ここで自分と食事をすることで、最後の食事は自分を殺害する相手と一緒だったという最高の思い出を抱いて逝ける。だからこの食事をとびきり楽しいものにしたいと、スバルは微笑んでいた。


「スバル君も楽しそうでよかった」

「もしかしていま、にやけてたかな?」

「にやけるって。優しそうな笑顔だったよ」

「そう言ってくれて助かるよ。高槻さんも楽しんでくれてるみたいでよかった」

「うん! それと高槻さんじゃなくて、下の名前で呼んでくれるかな?」

「明里さんって呼べばいい?」

「ううん。明里ちゃんでいいよ」

「なんか照れるね、それ」


 会話を弾ませていると、二人のもとに料理が運ばれてきた。

 スバルも明里も、SNSで話題になっているミートスープパスタをお揃いで注文していた。

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