計画
割れた窓から差し込む月明かりだけが部屋を照らしていた。壁は朽ち果て、床のタイルは剥がれて瓦礫が散乱している。外からは人の手がついていない植物が侵入している。
かつて誰かがいたはずの空間に、夏の夜の生暖かい風がむなしく吹き抜けた。コンクリート造りの建物は朽ちていてもずっしりとそこに居座っている。
街から少し離れたところの山の中にある廃墟に、青年二人が集まっていた。完全に人から忘れられたその廃墟は、遠くから聞こえるサイレンやエンジンの音だけが唯一現実とのつながりを保っている。
「血液が青い子どもたちのことは何か分かった?」
「いや、相変わらず。何も情報が出てこない」
「そうだよね。僕も調べているんだけど、不自然なほど出てこない。あるのはSNSの馬鹿げた陰謀論だけ」
「陰謀論ってわけでもないけどな。けっこう当たってるだろ、あれ」
青年たちは陰謀論を馬鹿にするように笑いあった。
「僕の見立てでは、子どもたちは急に血液が青くなったって話だから龍の血脈ではないと思う」
「ってことは誰かが人体実験でもしてるのか?」
「どうだろう……。もしかしたらどこかで悪だくみをしている龍がいるかもしれないね」
「世間にバレるほど堂々とやって大丈夫なのかよ。バレたら霧雨がやってくるぞ」
「まあ僕たちには計り知れない何かがあるのかもしれないから」
青年の一人が壁を背もたれにして床に座り込んだ。
そして、再び口を開いた。
「じゃあスバルはあの件どう思う? ほら、血液の青い男の死体が見つかったってやつ」
有永スバルは少し考え込んだ。
「あれは龍が殺されたに違いない。けど、霧雨が死体を残していくなんてことするかな。豪はどう思う?」
「俺もそう思う。もしかしたら同胞同士で揉めたのかもな」
スバルと佐々木豪にとってこれは、本題に入る前の雑談だった。
「じゃあそろそろ本題に入るとしようか」
「そうだな」
スバルはそう言うと、部屋の真ん中にポツンと置いてある椅子に座った。
「まず目的から確認しよう……。僕たちは人間が憎い。なぜ人間より圧倒的に優れた才能があるのに隠さないといけないのか。なぜアイデンティティを隠さないといけないのか。なぜ血が青いというだけで殺されないといけないのか」
「ああ」
「僕たちは風邪をひいても医者にすらいけない。人前で怪我もできない。何をするにしても血が青いということを隠して、こそこそと生きていないといけない。これは人間の歴史が積み上げた、目には見えない悪質な差別だ」
「そうだ」
「そんなことも知らずにへらへらと生きている人間が憎い。だから僕たちは人間に復讐をする」
豪は床に散らばっている瓦礫の中から石をとり、力強く握った。
石は粉々に砕け散った。
「こんなに力があっても、できたことはせいぜい柔道で成績を出すくらい。なんだそれ、クソみたいじゃねぇか」
豪は手のひらについた石の粉を払い落とした。
「落ち着いたかい。じゃあ計画の内容について確認しよう」
「ああ、すまない」
「ターゲットは高槻明里と神野七莉。二人をこの廃墟に誘拐してきて、僕が高槻明里を殺す」
「俺が神野七莉を殺す。だが、一つ変更をいいか?」
「というと?」
「今回俺が殺すターゲットを変更したい」
「ふむ、ずいぶんと大きな変更だね。それで誰をターゲットに?」
「神野七莉よりも先に殺すべき人物が見つかった。一月蒼士だ」
「彼を? あんな人間の最下層にいるようなやつを殺すと?」
「ああ、だからこそな。あいつは運だけで書記になっていじめが止まり、その主犯者はいまや不登校だ。クラスに友達もできたみたいで、いまが一番調子に乗っているところだろうな」
「はは! いいね。それはいま殺されるのが一番いいタイミングじゃないか!」
「だろ? 人生うまくいき出したところで終了。一月にとっても幸せなことだろう」
二人の興奮した声が広い部屋に響き渡る。
その後に続く静けさが、二人の冷静さを保っている。
「そういえばさ、スバルのストーカーばれてたな」
「バレちゃってたね。まあどうでもいいけど。簡単に騙せたよ」
「そもそも何でストーカーなんてしたんだよ」
「だってさ、殺す相手のことをよく知ってた方が楽しさも増すと思うよ」
スバルは明里のことを好きだと言って、ストーカーを誤魔化したことは豪には言わなかった。一月蒼士や神野七莉を騙せはしたが、「好き」と言ってしまったのを自分でも納得することができていない。
今すぐにでも消えて欲しい下等な人間のことを嘘とはいえ、好きと言ってしまったことは龍の血脈として恥ずべきだと感じていた。
「ばれたおかげでストーカーするよりもっと近づけたよ」
「もしかしてキスとかしたわけ?」
「そんなのするわけない。そういう意味じゃなくてさ、彼女についてもっと色々な情報を知れたってこと」
「ふうん。情が移ってはないよな?」
「まさか。さっきも言った通り、高槻明里は僕がこの手で殺す。その殺したい度合いが高まっただけさ」
「いいねえ。俺も一月蒼士が現れて俄然高まってきてるんだよ」
豪は立ち上がり、部屋の隅に置かれていた椅子を一つ持ってスバルの隣まで運んだ。
そして、そこに座った。
「高槻明里と一月蒼士をこことここに並べるか」
「そうだね。二人仲良く椅子に並べて、下等な人間同士ここで人生を終わりにしてもらおうか」
窓から吹き抜けた風が部屋の中に生えた植物を揺らし、お互いに擦れ合って音が鳴った。それは、まるでスバルと豪の意見を肯定する拍手のように聞こえた。




