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神野七莉

 その日の風紀委員会の活動を終えると、一月蒼士(ひとつきそうじ)神野七莉(かみのななり)は学校を後にした。そして、二人で七莉の家に向かった。

 七莉の住むアパートは、高校の最寄駅である本山駅で東山線に乗って今池駅まで行き、そこから桜通線に乗り換えて数駅の、高丘駅から歩いて数分のところにあった。


 まだ築年数が浅いオートロック式のアパートで、高校生が住むにはお金の出所が気になるが、安全のことを考えるとここであれば間違いなさそうだ。アパートを目の前にした蒼士はそう思った。


 さすがにエレベーターは備えつけられていなかった。階段を登り、少し進んだところにある202号室の前で七莉は足を止めた。


「ここが私の部屋。鍵を開けるから待ってて」

「あの! 本当に大丈夫ですか? 女子が男子を部屋に上げるなんて。あ、変な意味じゃなくて、部屋を見られたくないとか男子が部屋に入るのは嫌だとか思わないかなって」

「大丈夫。嫌なら最初から呼んでない」


 七莉はそう言うと鍵を回して蒼士を家の中に案内した。

 玄関は爽やかで甘酸っぱい芳香剤の香りがする。足元には綺麗に並べられた靴が少し並んでいた。


「おじゃまします」


 蒼士は七莉に続き、靴を脱いで部屋に上がった。玄関を上がって、奥に行くとリビングがある。リビングの扉を開けると手前にキッチン、奥にスペースがあるという構造になっていた。


「こんなとこだけど、さあ座って」


 蒼士はテーブルのところにある椅子に案内された。


「鞄はここに置いても……?」

「うん、大丈夫」


 蒼士は椅子に座ると同時に鞄を椅子のすぐ隣の床に置いた。


 七莉の部屋のリビングはいたってシンプルだった。蒼士の座った椅子と机以外には、低めの小さなテーブルとベッドと棚しか置かれていない。


「すごく綺麗な部屋ですね」

「そう? まあ生活に必要な最低限のものしか置いてないから」

「僕も自分の部屋は綺麗にしている自信があったんですけど、まだまだだと実感してます」

「私はあまり物を持ちたくないの」

「そうなんですか。普段はどうやって過ごすんですか?」

「朝起きて、歯を磨いて朝食を食べる。それからお弁当を準備して、家を出て高校に行く。帰ればお風呂に入って夕食を食べて、勉強をして歯を磨いて眠りにつく。それだけで十分」


 七莉から女子高生らしさというものが感じられない。蒼士は、七莉の生活の中身のなさにどう返せばいいのか分からなかった。


「じゃあ時間もちょうどお昼だから、これから昼食をつくろうかな。もちろん一月君の分も」

「いいんですか? いきなり手間かけちゃってごめんなさい」

「大丈夫。せっかく来てもらったんだからそれくらいおもてなしをさせて」


 七莉はキッチンに移動した。キッチンとリビングの間には壁がなく、お互いに見渡せるようなオープンスペースとなっている。


 七莉は制服のままエプロンを着ると、調理道具と材料を取り出した。材料は豚肉とピーマンとたけのこと、いくつかの調味料。七莉は手際よく調理を進めた。

 蒼士はピーマンが苦手なため冷や汗をかいた。ここでピーマンが苦手であることは、必ずばれてはいけない。そして、絶対に料理を残してはいけないと覚悟を決めた。


 七莉が作ったのはチンジャオロースだった。それと一緒にご飯と、冷蔵庫から昨日の残り物だという茄子の煮浸しを出してくれた。


「すごい……! こんなに美味しそうな料理ができるなんて。もしかして料理が好きなんですか?」

「どうかしら。嫌いではないけど、一人暮らしだから仕方なくという感じの方が強い気もする」


 仕方なくでもこれほどの料理ができるのであれば困ることはない。部屋も綺麗で料理もできる、そして高校でのイメージも相まって、蒼士は七莉に頭が下がる思いだった。


 蒼士と七莉は「いただきます」と手を合わせ食事を始めた。

 蒼士はチンジャオロースを口に入れて一口目でむせてしまった。


「もしかして、口に合わなかった」

「いえ! 美味しすぎて勢いよく食べすぎました」

「そう、それならよかった。いえ、よくもないけど」

「ふふっ。神野さんってたまに面白いですよね」

「私なんて、面白みのない人間だと思う」

「そんなことないですよ。ユーモアがあると思います」


 蒼士と七莉は食事をとりながら雑談で盛り上がった。


「ところで、神野さんって趣味とかあるんですか?」

「趣味ね……。これといってない。部屋を見てもらえば分かるけど、さっき言った通りの生活をしてるの」

「確かにテレビすらないですよね」

「テレビはどうも好きになれなくて。情報収集はスマートフォンでSNSやニュースサイトを見れば十分」


 テレビがそれほど好きではないというのは蒼士も同じだった。蒼士がテレビで見るのはニュースくらいであって、それ以外の番組は余程のことがない限り見ない。なぜなら、テレビをそこまで信用していないからだ。

 ニュース番組も起こった事実を確認するだけであり、番組独自の報道の仕方やコメンテーターの意見は当てにしていない。


「あ、でも、趣味とまではいかないけどたまに音楽は聴く。どっちかというと気分転換に聴いてるだけで推しのアイドルとかバンドもいないけど……」

「音楽いいですね。どんな曲を聴くんですか?」

「アプリで気に入ったジャンルの音楽を適当に流してばかりね。チルとかR&Bとか、落ち着けるような音楽を」


 蒼士は、七莉も普通の人間と同じ行動をとっていることに安心をした。もしかしたら思ったより中身のない人間かもしれないという、勝手に抱いていた幻想が崩れることはなかった。


「一月君、私の人生はつまらないと思う?」


 蒼士はその質問に食事の手が止まった。


「僕はそうは思いません。人生は人それぞれですから」

「それはだけど、どういう意味かもっと教えてくれる?」

「人生は他人が面白いかどうか決めるものじゃありません。自分が面白いと感じるかどうかが大切だと思います。そうやって神野さんと普段接していて気づいたんですよ」

「私と?」

「そうですよ。いつも風紀委員長として真っ直ぐ高校で過ごしているじゃないですか。だから、そうやって自分の人生を楽しんでるんだと思ってました」


 七莉は箸を置き、コップの水を飲み一呼吸おいた。


「そう見えてるんだ……。私はそんな自覚がなかったから考えさせられてしまうじゃない」

「僕はけっこう神野さんの影響を受けているのかもしれません。実際風紀委員会に入るまで、自分は芯がなくてつまらない人間でしたから」

「……。気を悪くしないで欲しいんだけど、確かに最初と比べると一月君の印象はずいぶんと変わったのかも」

「それはよかったです」

「実際に書記としての仕事もそつなくこなしてくれてるし、一月君の雰囲気も……その……好きな人のキーホルダーにわざとジュースをこぼすような人と同一人物だとは思えない」

「本当に……僕は最低な人間でしたよ。だから気持ち悪い僕でも助けてくれた神野さんには返しきれない恩があると思ってます」

「大袈裟ね。風紀委員会の活動で返してくれれば十分」


 七莉は蒼士に優しく微笑みかけた。

 あまり見慣れない七莉の微笑みに、蒼士の心はざわざわとした。

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