青い血液
一月蒼士と高山秋斗が、有本京子がいなくなったことに気づいた少し前のこと、彼女は階段を登ろうとしたとき何者かに腕を引っ張られて足を止められていた。
電車の遅延のせいで階段を行き来する人が多く、蒼士と秋斗は気づくことなくそのまま階段を上がっていってしまったのだ。
京子は腕に強い力が加わったことに驚きながら後方を確認した。
すると、そこにいたのは山田リーコだった。
「リーコ……?」
京子はリーコが不登校になって以降、一度も会っていなかった。
黒いキャップを被り髪はばさばさ、上下にスウェット服を着たリーコの姿は以前の彼女であれば絶対にしない格好だった。
「京子、話がしたいの。一緒に来てくれる?」
「え? 突然現れといてそれ? いま私用事があって」
「うん。ずっと尾行してたから二人と遊んでるのは知ってる」
「じゃあ離してよ。行かなきゃ」
「お願い。どうしても京子とだけ話がしたい。私知ってるから」
「知ってる?」
「あの日、パーティーで何があったのか。聞いたから知ってる」
「……。だから、何を?」
「一月が輩たちを締め上げたってこと」
京子の手に汗が滲んだ。
それは暑さから来るものではなかった。
「どういうこと……?」
「やっぱりそうなんだ。私はあいつらから何とか聞き出したんだけど」
「何が目的?」
「いいから。その辺のお店で話をするだけだから。はやく来て」
「分かった。少しだけなら」
リーコと京子は別の出口へ向かい、地上に出た。それから少し進んだ先にあるファミレスに入った。
京子は話を始める前に、「急にお腹が痛くなってしばらくトイレから出れそうにない。二人で遊んでいて」と秋斗へメッセージを送った。
「それで、私に何か聞きたいってこと?」
「それもあるけど、京子にも一月のことを調べてほしい」
「私が……? なんで?」
「それは……。私がお願いできるのは京子だけだから」
「それってリーコの都合だけじゃん。私の気持ちは考えたことある?」
リーコは黙って下を向いてしまった。そしてしばらくして、鞄から紙を取り出して机の上に置いた。
「一月蒼士に……これ以上関わるな……? なにこれ? ぐちゃぐちゃだし」
「私が学校を飛び出した日、私の机の中に入ってた」
「これが何なの?」
「私にも分からない。でも、私が一月にしてきたことを考えたらすごく怖い」
京子は、リーコが自作自演でつくった脅迫文まがいのものかと思ったが、確かに筆跡はリーコのものではなかった。
それにリーコの怯え方をみるに、演技ではなさそうだと実感できた。
「誰がいれたのか分からない。一月なのか、他の誰かなのか。京子は一月と仲良くし始めたみたいだから何か知らない?」
「知らない。確かにパーティーの日は嘘みたいな強さで助けられたけど、別に普通の高校生だよ。それにまだ私はリーコに協力するとも言ってないんだけど」
「そっか……。なんか冷たくなっちゃったね。私が今まで京子にしてきたことは、京子のことが本当に好きだったからなのに……」
京子は思い出した。リーコの言いなりになって蒼士をいじめる自分を。リーコと一緒に遊んだり、プレゼントをもらったり、パーティーなどにもよく招かれていたことを。
これまでリーコと過ごしてきた時間は偽りではなかった。そう思うと、リーコのことを無下にし続けるのも薄情すぎると京子は感じた。
「その……分かったから。少しなら協力する」
「本当……!?」
「うん。でも、関わるなって脅迫文みたいな紙も入ってたのに何でそこまでこだわってるの?」
「自分でも分からない。何でこんなに怖い思いまでして一月のことを調べてるのか。ただ、調べないと一生ここで止まったままな気がして……」
「そっか……。それで、私はなにをすればいい?」
「できる範囲でいいからこっそり一月に探りを入れてみてほしい」
京子は、あの日パーティーで見た蒼士の底知れなさを考えると、こっそりと調べることができるか心配になった。
「こっそり探るって……。具体的には何を?」
「日常会話で、一月の家族とか趣味とか素性を聞き出してほしい」
「まあそれくらいならできそうだけど……」
「お願いします」
リーコは京子に向かって頭を下げた。京子がリーコの口から「お願いします」という言葉を聞いたのは始めてだった。
それどころか頭まで下げている。嘘でも人に頭を下げるようなことは絶対にしなかったあのリーコが。
「本当にできる範囲でね。もしかしたら何も聞けないかもしれない」
「それでも大丈夫。それじゃあ、まずは私が一月について調べたことを共有するね」
リーコはそう言うとノートを机の上に広げた。
そして、京子もノートにメモしてほしいと促した。
「まず一月の家なんだけど、藤が丘にあるっぽい」
京子はノートに情報を書き始めた。
「それでね、一月製薬って大手の製薬メーカーは知ってる?」
「うーん……聞いたことないかも」
「そうだよね……。私も最初は一月ってどこかで見たことある名前だと思ってたら、お父さんから処方された薬のメーカーがそこだったの」
そういえばリーコの父親は医者だったと、京子は思い出した。
「一月って珍しい苗字だからもしかしてと思ってお父さんに調べてもらったら、やっぱり一月製薬の社長の息子が一月蒼士だって」
もちろん京子も蒼士からそんな話は聞いたことがなければ、蒼士はそんなそぶりを一回でも見せたこともなかった。
「そうなんだ。なんかそういう会社の息子ってもっとしゃきっとしてるかと思った」
そういった手前、京子はパーティーで見た蒼士の強さを再び思い出した。あれが蒼士の本当の姿だろうか。京子は、蒼士の何が本当で何が嘘なのか、考えれば考えるほど分からなくなった。
「一月製薬って言えば医療業界ではかなり有名で、日本全国で薬が使われてるんだって。でね、ここからは一月蒼士っていうより一月製薬の裏話になるんだけど……」
リーコは口を閉じ、ペンの先でノートのとある箇所を指した。
そこにはこう書かれていた。
4月に報道された青い血液の子どもの件に一月製薬が関わっている。血液が青くなった子どもたちは、一月製薬が新しく開発したR-90という薬の影響。一月製薬は偶然だと関係性を否定している。
京子は何か大きな事件に巻き込まれたような気がした。だが、血液が青くなったからといって何が悪いのかも理解することができなかった。
「だからと言って、悪意というかそういった闇みたいなのは感じないけど」
「それは私も考えた」
リーコはページをめくり、再びペンの先でノートを指した。
そこには、人体実験、龍の血脈、種の置き換えという言葉だけ書かれていた。
「これって……。最近SNSで話題の陰謀論じゃん」
「そう、陰謀論。でも、陰謀論じゃないのかも」
「じゃああいつの正体はこれで、もちろん家族もこれで、会社がこれをして、人間をこれしてこれをしようとしてるってこと?」
「うん。それがいま私の考えていること」
京子はペンを乱雑に置き、ため息をついた。
「ねえ、やばくない? 調べないほうがいいって」
「もう止められないの。さっきも言ったけど私だってなんでこんなに調べてるのかよく分からない。でも、調べないと生きていられない気もする」
リーコから話を聞いた京子も実際、蒼士について探りを入れたくなっていた。そして、蒼士の情報を書き写したノートを見つめながら、何も言うことなくただ恐怖心と探究心の狭間で揺れていた。




