表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

8話

 翌日。


 シーラはまだ体調が戻らず、学園を休むことになったため、グレンは一人で登校していた。


「次の授業は数学だったか?」

「いいや、ダンスだよ」

「え? ああ、そうか。舞踏会が近いから……」


 同級生のやりとりを耳にしながら、近々、学園創立を祝う舞踏会が開かれることを思い出す。

 その影響で普段の時間割は一部変更され、ダンスの授業が多く組み込まれていた。


「そうそう。遅れたら何を言われるか分からないし、早く行こうぜ」

 会話を交わしながら、彼らは教室を出ていく。


 そんな中、グレンはなかなか席を立てずにいた。


 昨日の騒動のせいだろう。

 以前にも増して、周囲の視線は露骨に怯えを帯びている。


 廊下ですれ違えば、さりげなく距離を取られる。

 視線が合った途端、ひそひそと囁き合い、足早に去っていく者もいた。


 血を流しながら相手に迫るあの光景は、それほどまでに強烈な印象を残したのだろう。


 ——こんな状態でダンスなど……。


 運悪く自分と組まされることになった令嬢の、引き攣った表情を想像してしまい気が滅入る。


 ——……サボるか。


 ようやく席を立ったものの、進む先は皆と逆方向。


 ——早く家に帰りたい……。


 シーラが入学するまでは、ここまで苦痛ではなかったはずだ。

 だが今は、妹のいない学園生活が、耐え難いものになっていた。


 ◇


 数時間後。


 すべての授業を終え、ようやく学園から解放されたグレンは、寄り道もせず真っ直ぐ屋敷へ戻った。

 普段着に着替えると、その足でシーラの部屋へ向かう。

 軽くノックをすると「どうぞ」と控えめな声が返ってきた。


「ただいま」

「お帰りなさいませ、お兄様」


 部屋に入ると、シーラはベッドの上で上体を起こしていた。

 その手には、小さな箱が大事そうに抱えられている。


「だいぶ顔色が良くなってきたな」

「はい。これなら舞踏会にも参加できそうです」

「そうか」


 その短いやり取りだけで、張り詰めていた心がふっと緩むのを感じた。


「そうだ、お兄様。こちらをご覧ください」

 弾んだ声に、隠しきれない喜びが滲んでいる。

 シーラは手元の小箱を抱え直すと、ゆっくりと蓋を開けた。


「これは……」

 中には大きなエメラルドをあしらった首飾りが入っていた。深い緑の輝きが、静かな部屋の中で妖しく光を放つ。

「オリバー様からの贈り物です。舞踏会のときに、ぜひ身に着けてほしいと」


 途端、身体がびりりと痺れた。

 まるで全身を雷に打たれたかのような衝撃に、思考が一瞬白くなる。


 壊したい——。


 今すぐ、その首飾りを。

 そんな衝動が湧き上がり、グレンは耐えるように奥歯を噛み締めた。


「……そうか、良かったな」

 必死に感情を押し殺し、当たり障りのない言葉を返す。

 自分がきちんと笑えているのか、それすら分からなかった。


「それじゃあ、私はそろそろ失礼する」

 これ以上ここにいれば、内側の醜い感情が溢れ出してしまいそうだった。

 グレンは足早に部屋を出る。


 自室へ戻るまでの廊下で、嫌でも想像してしまう。

 あの首飾りを身に着け、オリバーと舞踏会で踊るシーラの姿を。


 ぎり、と歯を噛んだ。

 なんてことのない光景のはずなのに。

 胸の奥には、理由の分からない苛立ちだけが、黒く渦巻いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ