6話
気が付けば、保健室のベッドの上に横たわっていた。
どうやらあの後意識を失ったらしい。
頭に触れてみるが、痛みはない。保健医が治癒魔法を施してくれたのだろう、裂けていたはずの傷は跡形もなく塞がっていた。
ゆっくりと上体を起こす。
身に着けているのは血に染まっていた制服ではなく、新品のワイシャツとスラックスだった。
手袋も、今はない。
周囲は白いカーテンで仕切られており、外の様子は見えない。ただ、すぐ近くに誰かの気配があった。
そっとカーテンを開く。
そこには、椅子に腰掛けたオリバーの姿があった。
「目が覚めたか」
オリバーは立ち上がり、隣の椅子に掛けてあった新品のブレザーを手に取ると、グレンへ差し出した。
「気分はどうだ?」
「問題ありません……。——シーラはどこに?」
「今は更衣室だ。水浸しだったからな。幸い、怪我はしていない」
その言葉に、グレンは胸を撫で下ろす。
「そうですか……」
受け取ったブレザーに腕を通しながら、深く息を吐いた。
ひとまず、最悪の事態は免れたらしい。
その後、オリバーはシーラの友人達から聞いたという、騒動の経緯を語ってくれた。
どうやらシーラは、入学当初からあの令嬢に目をつけられ、何度も絡まれていたらしい。
それでも彼女は、正面から取り合うことはせず、これまでずっと受け流してきたという。
だが今回は違った。
令嬢が、グレンを貶める言葉を口にしたことでシーラは激昂。口論に発展したという。
「なるほど……そういうことでしたか」
グレンは静かに呟く。
察してはいたが、やはりシーラに非は一切なかった。
その事実に、胸の奥で張り詰めていたものが、ようやく少しだけ緩むのを感じた。
「まさかあんな凶行に出るとはな……。こんなことになるくらいなら、多少手荒な手段を取ってでも、早めに手を打つべきだった」
オリバーは額に手を当て、悔しげに頭を振った。
「……なんらかの処罰は下るはずです。公子に近付くことも、もうないでしょう。幸い妹も無事でした。ひとまずは、憂いが晴れたと前向きに捉えては?」
「ああ、そうだな……。ただ、一つだけ君に言っておきたいことがある」
前置きを入れると、オリバーは真剣な眼差しでグレンを見据える。
「さっきの行動はあまりにも無謀だ。防御魔法も張らずに飛び出すなんて……」
彼の言葉にグレンは何も言い返せなかった。
自分でも軽率だったとは思っている。
だがあのときは、頭で考えるより先に——妹を守らなければ、という衝動が身体を突き動かしていた。
——徒に周囲に恐怖を植え付けてしまった……。
今回の件で、また一段とマクニース家が忌避されるのではないか。
そんな不安が胸を過ぎった直後、ガチャリ、と音を立ててドアが開いた。
「お兄様……。よかった。お目覚めになられたのですね」
シーラが安堵の色を滲ませ、こちらへ駆け寄ってくる。
その表情は、今にも泣き出しそうだった。
「それじゃあ、俺はここで失礼させてもらうよ」
気を遣ってくれたのだろう。オリバーはそう言い残し、静かに部屋を出て行った。
こうして、保健室には兄妹二人きりとなる。
「お兄様……申し訳ありません。私……」
「いい」
俯くシーラの言葉を遮ると、グレンは迷いなく抱き締めた。
「お前が無事で良かった……」
腕の中に伝わる確かな体温に、心が落ち着いていく。
シーラがここにいる——その事実を、噛み締めるように実感して——。
だが、ふと違和感を覚える。
——熱い。
顔を覗き込むと、シーラの頬は赤く火照っていた。
「シーラ……?」
途端、彼女の身体がぐらりと傾ぐ。
「シーラ!」
慌てて抱き留め、額に手を当てる。
手のひらに伝わってきたのは、異常なほどの高熱だった。




