4話
それから八年の年月が流れ——。
十七歳になったグレンは、かつての面影を残しつつも、すっかり青年の体つきへと成長していた。
背は高く伸び、肩幅も広がり、落ち着いた佇まいには伯爵家の嫡男としての風格が滲んでいる。
彼は今、馬車の中にいた。
向かう先は王立学園。
現在、グレンは三年生だ。
今までであれば、この馬車には彼一人しか乗っていない。だが——今日からは違った。
「学園、今からとても楽しみです。お兄様と同じ場所で学べるなんて、夢のようですわ」
向かいの席に座っているのは、腰まで伸びた金色の髪をハーフアップにまとめた少女。
十五歳になった妹のシーラである。
幼さはすっかり影を潜め、すらりとした手足と、柔らかな微笑みが印象的な淑女へと成長していた。
今日から妹も王立学園へ通うことになる。
「……〝呪血のマクニース家〟の人間となれば、悪意を持って接してくる者もいるだろう」
たとえシーラ自身に呪血の特性がなくとも、その出自だけで色眼鏡を向けられることは避けられない。
「平和な学園生活を送りたいなら、上手く立ち回ることだ」
「ご心配には及びませんわ。必要以上に目立つつもりはありませんし、穏やかに過ごしますから」
自信に満ちた口調に、グレンはフッと笑った。
口では忠告したものの、実のところ、それほど心配はしていない。
社交的で聡い妹なら、きっと問題なくやっていけるだろう。
それよりも、問題なのは——。
——私自身だ……。
自責の感情が溢れ、グレンは僅かに顔を曇らせた。
ほどなくして、馬車は王立学園に到着する。
二人は馬車を降り、人の行き交う校門前へと足を踏み出した。
先に歩こうとしたシーラを、あることが目に留まり引き止める。
「待て。髪留めが曲がっている」
少し斜めに傾いた、蝶を模した金細工の髪留めを指差す。
「あら、大変。お兄様、直してくださいます?」
「兄を使用人扱いとはな」
ハッと鼻で笑い、軽口を叩きながらも、素直に応じる。
頼られることも悪くない。内心で思いながら、手袋を嵌めた手で髪留めに触れた。
「ほら……これでいいだろう」
「ありがとうございます、お兄様」
シーラがこちらを振り向き、柔らかな笑顔を向ける。
胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。
成長しても、変わらず自分に笑いかけてくれる——それがたまらなくグレンの心を震わせた。
「シーラ」
不意に、背後から彼女を呼び止める声がした。
振り返った先に立っていたのは、一人の青年だ。
整った顔立ちに、淡い茶色の髪をきちんと撫でつけ、深緑の瞳には穏やかな光が宿っている。
「オリバー様!」
名を呼ぶや否や、シーラは嬉しそうに彼のもとへ駆け寄る。
彼の名は、オリバー・バーネル。
公爵家の嫡男にして——シーラの婚約者である。
婚約が決まったのはシーラが十歳のとき。家同士の取り決めによるものだ。
オリバーの方は当初乗り気でなかったようだが、シーラと接していくうちに気持ちに変化が生じたらしく、現在の互いの仲は良好。今も楽しげに談笑している。
婚約者同士の関係が円満であることは、大変喜ばしいことだ。
それなのに。
——何故、こんなにも……。
胸が締め付けられるのだろう。
妹が、自身を大切にしてくれる人物と巡り会えた。
それは祝福すべき事実でしかない。
だが彼に向けて微笑むシーラの姿を目にするたび、胸の中に、理由の分からない苛立ちが渦巻いた。
——何故、私は、こんなにも————!。
思わず襟元をぐっと握り締める。
大切な妹の幸福を、心から喜ぶことすらできない。
そんな自分自身に、どうしようもない嫌悪が込み上げた。




