表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

3話

 夜になった。

 天候は悪化する一方で、遠くで雷鳴が轟き、窓ガラスを微かに震わせている。


 父と母はまだ帰ってきていない。

 ——この天気だ、道も相当悪くなっているだろう。


 グレンは既に寝巻きに着替え済み。

 後は手袋を外してベッドに潜るだけ——といったところで、ノックの音が響いた。

「誰だ」

「私です、シーラです」


 少しだけ逡巡した後に、手袋を外そうとした手を止め、ドアを開ける。


「どうした、こんな時間に——」

 廊下にいたシーラも、寝巻き姿だった。

 枕を両腕でぎゅっと抱きしめ、表情には不安が滲んでいる。


「お兄様、その……」

 シーラが言い淀んでいると、一際大きな雷がドォンと落ちた。

 びくりと肩を震わせ、枕を抱く腕に力を込める妹の姿を見て、グレンは察する。


「……入れ」

「よろしいのですか?」

「ああ」

 出入り口から身を引いて入室を促すと、シーラはぱぁっと顔を綻ばせた。


 二人がベッドに入ってからほどなく——。

 シーラはスースーと規則正しい寝息を立て、既に夢の中。


 一方のグレンは、中々眠りにつけずにいた。

 外でまだ雷が鳴っているせいか。

 それとも、いつもと違って手袋をつけたままだからか。

 あるいは、すぐ傍に人の気配があるからか。


 グレンは、そっと妹の寝顔に視線を向ける。

 無防備で、安らぎきったその表情に、思わず胸の奥が緩んだ。

 ——こんな顔を、自分に向けてくる人間が現れるとはな……。


 結局、すぐには眠れなかったけれど。

 それでも、不思議と——悪くない気分だった。


 ◇


 翌朝。

 今朝は兄妹だけの朝食となった。


「シーラ」

 使用人たちが食器を下げている最中、グレンは向かいの席に座る妹へ声をかける。


「このあと談話室で読書をする予定だ。……よければ、一緒にどうだ?」

 なんてことのない、ただの気まぐれだった。

 それでもシーラはぱっと顔を輝かせ、嬉しそうに頷く。


「ぜひ、お願いします」

 だが、すぐに何かを思い出したかのように立ち上がり、控えめに告げた。


「お薬を飲んで参りますので、お兄様はお先に談話室へ向かわれてください」

「薬?」

「はい。毎日欠かさず飲むようにと、お母様から言いつけられているのです」

 母と同じく身体が弱いからなのだろうと、グレンは納得する。


「それなら、次からはここに持ってこい。わざわざ部屋へ戻るのも面倒だろう?」

 厚意のつもりで口にした言葉だったが、シーラは困ったように視線を伏せた。


「その……人前でお薬を飲むのは、少し恥ずかしくて……」

 頬に手を当て、もじもじとする姿に、グレンは小さく首を傾げる。

 自分にはよく分からない感性だが、女性とはそういうものなのだろう。そう解釈することにした。


「……まあ、お前の好きにすればいい」

 言って視線を逸らすと、シーラはほっとしたように微笑んだ。




 父達が帰ってきたのは、そこから数時間後の昼前だった。

「これはまた……。少し見ない間に、随分と仲良くなったものだ」

 談話室で一緒になって本を読んでいるグレンとシーラを見て、父が興味深そうに呟く。


「お父様! お帰りなさいませ!」

 シーラは嬉しそうにソファから立ち上がり、ぱたぱたと父に駆け寄る。

 母の姿はなかった。


「母上はどちらに?」

「部屋で休ませている」


 グレンの問いかけに答えながら、父はシーラに包みを渡す。

「道中で見つけた物だ。気に入ってくれるといいが……」

「わぁ……!」

 中身を覗き込んだシーラは、表情を輝かせ礼を述べる。


「お前の分もあるぞ」

 グレンもまた土産を受け取り、静かに礼を言う。


 妹が来たことで、少し賑やかになった我が家。

 この家に、日常に、僅かではあるが、変化が訪れている。


 そして、グレン自身にも。

 確かに、着実に。

 それが未来にどう影響を及ぼすのかは、本人も、周囲も、まだ知らない。


 1章 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ