12話
※4章は全話オリバー視点です。
オリバー・バーネルに婚約者が出来たのは、彼が十二歳のときのことだ。
相手は、シーラ・マクニース。
呪血を宿すことで知られる、マクニース伯爵家の娘である。
当初、オリバーはこの婚約に乗り気ではなかった。
呪血の特性を持つのは男子のみ——その事実は、頭では理解していた。
それでも心は、どうしても受け入れられなかったのだ。
たとえシーラ自身がなんの特性も持たない、普通の少女だったとしても。
〝呪われた一族〟という出自そのものが、彼の胸に拭いきれない拒絶感を芽生えさせていた。
こうして理屈と感情が噛み合わないまま、オリバーはその婚約を受け入れるほかなかった。
「君を愛するつもりはない」
彼女が初めてバーネル家を訪れた日、オリバーはそう告げた。
泣き喚くか、怒り出すか——そうすれば婚約は破談になる。
それが幼い彼なりに導き出した、浅はかな対抗手段だった。
しかし彼女の反応は、想定とは大きく異なったもの。
「オリバー様のお気持ちは、重々承知しております。形だけでも、婚約者としておそばに置いていただけるなら、それで構いません」
あまりにも静かで、あまりにも理知的な返答に、オリバーは言葉を失った。
拒絶されるどころか、淡々と受け入れられたことが、かえって胸に引っかかったのだ。
そのとき彼は思い知らされる。
彼女はまだ十歳でありながら、既に一人前の貴族の娘だったのだと。
「——ただ一つだけ、許してくださるのなら」
そう前置きして、シーラは胸に手を当てた。
その仕草は幼さを残しながらも、どこか決意を帯びている。
静まり返った室内で、彼女は真っ直ぐにオリバーを見つめる。
「私には、ずっとお慕いしている方がおります。その方を……これからも想い続けても、よろしいでしょうか?」
その声音に、揺らぎはなかった。
強い意思を秘めた瞳が、こちらの返答を待っている。
オリバーは一瞬だけ言葉に詰まったが、やがて短く答えた。
「……構わない」
自分にとって、彼女の想いの行き先など問題ではない。
彼女もまた、望まぬ婚約を強いられた身。
これは彼なりの、ささやかな温情だった。
だが——。
この願いを受け入れたことを、やがて自ら深く後悔することになるなど、このときの彼は、思いもしていなかった。
彼女に対する気持ちが変わるまで、そう時間はかからなかった。
共に過ごす日々の中で、シーラは常に一歩引いた距離を保ち続けていた。
必要以上に近付くことも、甘えた素振りを見せることもない。
それでいて、礼儀は完璧で、笑顔は穏やかだった。
誰かに疎まれようと、冷たい視線を向けられようと、彼女は決して表情を崩さない。
静かに受け止め、誰を責めることもなく、ただ己の立場をわきまえて振る舞う。
その姿が、いつしかオリバーの目に焼き付くようになった。
ある日、使用人に理不尽な叱責が飛んだときも、シーラはそっと間に入り、相手の顔を立てながら場を収めた。
またある日には、孤立していた令嬢に自然と声をかけ、輪の中へ導いていた。
気付けば彼女の所作一つ一つを、無意識に目で追っている自分がいた。
拒絶から始まったはずの感情は、戸惑いを経て、やがて静かな敬意へと変わり、いつの間にか、胸の奥に温かいものを灯していた。
だから、気付いてしまったのだろう。
彼女を好きになったことで、分かってしまった。
彼女の胸に、ずっと秘められていた想い。
その向け先が、誰なのか。
それは、彼女の——実の兄だ。
◇
シーラを屋敷に迎え入れてからというもの、オリバーは外出の際、出来る限り彼女のそばを離れないよう心がけていた。
学園でも同様だ。授業以外の時間は常に行動を共にし、グレンと接触させまいと、周囲に鋭く目を配っていた。
そうして、シーラがバーネル家で暮らし始めてから三ヶ月が経った。
「公子」
学園の廊下を一人で歩いていた際に、グレンに声をかけられた。
あの日以来、彼の方から話しかけてきたのはこれが初めてだ。
元々暗い男だったが、最近は一層その陰鬱さが増している。
「最近シーラの姿を見かけませんが……」
含みを持たせるでもなく、ただ状況を確かめるような問いだったため、オリバーは素直に答えた。
「少し前に体調を崩していてね。今は家で安静にしてもらっているよ」
「……左様ですか」
言葉だけを聞けば納得したように見える。しかし、その赤い瞳はどこか訝しげに細められ、真意を測ろうとしているようだった。
「誤解しないでくれ。閉じ込めているわけではない」
「ええ、分かっています。公子がそのような無体をなさるはずがございませんから」
そう言って一礼すると、グレンはその場から去っていった。
背を向けた彼の歩みは落ち着いていたが、握られた拳には、抑えきれない苛立ちが滲んでいるように見えた。
そこから更に数日が流れ——。
本日、学園は休み。オリバーは自室で書類を片付けながら、束の間の休日を過ごしていた。
そんな折、使用人が一通の手紙を携えて部屋に入ってくる。
シーラ宛ての手紙だ。
差出人は、グレン・マクニース。
オリバーの指先が僅かに止まる。
嫌な胸騒ぎを覚えながら封を切り、内容に目を通す。
そこに記されていたのは、彼とシーラの父——マクニース伯爵の訃報だった。




