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11話

「好きなんだろう? シーラのことが。家族としてではなく——異性として」

 それはグレンが長い間目を逸らし続けてきた真実を、容赦なく突きつけられた瞬間だった。


「ち、違います! 断じてそのようなことは——!」

 勢いよく立ち上がり、グレンは声を荒らげて否定する。


 対してオリバーは腕を組み、訝しげに目を細めた。

「ほう? では——舞踏会の日、庭園でシーラに口付けようとしていたのは私の見間違いかな?」


 ——見られて……っ。


 血の気が引き、グレンの顔色がみるみるうちに青ざめていく。


 オリバーは額に手を当て、疲れたように頭を振るう。

「前から薄々勘付いてはいたが……。さすがに、これ以上は看過できない」


 グレンは言葉を失い、その場に立ち尽くす。

 否定したい思いはあるのに、喉がひりつき、声が出せない。


 オリバーは一度大きく息を吐き、真っ直ぐにグレンを見据える。

「変な噂が立つ前に改めるべきだ。君自身のためにも、そして——何よりシーラのためにも」


 まごうことなき正論だった。

 だからこそ、グレンは何も言えず、苦々しく唇を噛み締めるしかなかった。


 オリバーはゆっくりとソファから立ち上がり、そのまま出入り口へと向かう。


「君では、シーラを幸せには出来ないよ」


 その一言がトドメとなった。

 グレンの内側で、必死に積み上げてきた何かが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。


 オリバーはそれ以上何も言わず、ドアを静かに閉めて客間から去っていった。


 取り残されたグレンは、糸の切れた人形のように、がくりとソファへ身を沈める。

 しばらくの間、彼は指一本動かすことも出来ず、ただ虚空を見つめていた。


 ◇


 その後、バーネル邸を後にしたグレンは、足取り重く自宅へと戻ってきた。


「お兄様……」


 玄関で心配そうに名を呼ぶシーラの声が耳に届く。

 だがグレンは振り向くこともせず、そのまま足早に階段を上り、自室へと引きこもった。


 今はとても、誰かと会話出来る状態ではない。

 扉を閉め、背を預けた途端、心の中に渦巻く感情が一気に溢れ出す。


 グレンはもたれかかったドアを、ダンッと力任せに殴りつけた。

 他に行き場のない怒りを発散する術が思い浮かばなかったのだ。


「——クソッ……!!」

 低く吐き捨てた悪態が、静まり返った部屋に虚しく響く。


 ——君では、シーラを幸せには出来ないよ。

 オリバーの言葉が、耳に焼き付いて離れない。

 まるで呪いのように、何度も何度も頭の中で反芻される。


「……ああ分かってる……分かってたさそんなこと!!」


 吐き捨てるように呟き、グレンは歯を食いしばった。

 兄妹間の恋など、祝福されるはずがない。

 そんなことは、重々承知していた。


 だからこそグレンは、必死に自分の気持ちを見て見ぬふりし続けてきたのだ。

 ただの家族愛だと、そう言い聞かせて。


 認めてしまえば、後に残るのは叶わぬ恋慕に対する、抗いようのない絶望だけ。

 それが分かっていたからこそ、彼は今まで心に蓋をし続けてきたのだった。


 それなのに。


「あの男、よくも……!」


 胸の奥底で黒く澱んだ感情が渦を巻く。

 必死に隠し続けてきた恋心を暴いたオリバーへの憎悪。

 そして長年押し殺してきたシーラへの想いが、(せき)を切ったように溢れ出していた。

 それはもはや、愛と呼ぶには歪で、狂気じみた熱を帯びている。


 このまま、何も知らないふりをしていてくれたなら——。

 この感情を、暴かずにいてくれたなら——。


 ——私は、この先もずっと、シーラの兄としていられたのに——。


 足から力が抜け、グレンはその場に崩れ落ちる。

 床に屈み込み、膝を抱えたまま、喉を震わせる。


 嗚咽は噛み殺した。

 それでも溢れ出る涙だけは、どうすることも出来なかった。


 3章 了

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