誤配送で竜王様が「手のひらサイズ」になったので、猫から全力で守ります
「ピンポーン」
軽快なチャイム音と共に、窓からペガサス便のケンタウロスお兄さんが飛び込んできた。
前回の詐欺商品事件(第3話参照)以来、彼は私の顔を見ると少し怯えるようになっている。
「ち、千年に一度のセール商品、お届けに上がりました!」
彼は荷物をテーブルに置くと、逃げるように飛び去っていった。
残されたのは、厳重に梱包された小箱ひとつ。
「……竜王様、また何か頼んだんですか?」
私がジト目で振り返ると、グラン・ドラゴ(竜王様)はスライム型バランスボールの上でバツが悪そうに視線を逸らした。
「いや、違うんだエルマ。これは『若返りの秘薬(お試しセット)』だ」
「若返り? あなた3000歳ですよね? 今更若返ってどうするんですか」
「最近、徹夜でゲームすると翌日に響くんだよ……。だから、ちょっと肉体年齢を10代に戻そうかと……」
「不摂生を治すのが先です」
私はため息をつきながら、カッターで箱を開けた。
中に入っていたのは、紫色の液体が入った小瓶。
ラベルには古代語で何か書かれているけれど、読めない。
ただ、瓶の底に貼られたシールには、共通語でこう書いてあった。
『※効果には個人差があります。用法容量を守らないと、大変なことになります』
「……嫌な予感がします」
「大丈夫だって! 俺は竜だぞ? 毒耐性もMAXだ!」
竜王様は私の制止を聞かず、小瓶の蓋を開け、一気に中身を飲み干した。
「ん、ぶどう味……」
彼が感想を言おうとした、その瞬間。
ポンッ!!
可愛らしい煙と共に、竜王様の姿が消えた。
いや、消えたんじゃない。
彼の服だけが、その場にバサリと落ちたのだ。
「……え?」
「……きゅ?」
ジャージの山の中から、何かが這い出してきた。
それは、手のひらサイズの銀色のトカゲだった。
つぶらな瞳。
短い手足。
そして、申し訳程度の小さな翼。
「りゅ、竜王様……?」
『きゅ、きゅいー!(エルマ、視線が高いぞ!)』
喋った。声が高い。
どう見てもマスコットだ。
観光地でキーホルダーとして売られているレベルの愛らしさだ。
「可愛い……!!」
私は思わず彼を両手で掬い上げた。
鱗が柔らかい。
お腹がプニプニしている。
『やめろ! 撫でるな! 威厳がなくなる!』
竜王様が私の手の中でジタバタ暴れているけれど、攻撃力はゼロだ。
くすぐったいだけ。
「副作用ですね。若返りすぎて、幼児……いえ、幼体になっちゃったみたいです」
『マジかよ……。これ、いつ戻るんだ?』
「説明書には『効果は数時間持続します』って書いてあります」
『数時間もこの姿かよ! トイレどうすんだよ!』
「私が連れて行ってあげますから」
『尊厳!!』
そんな平和なやり取りをしていた時だった。
背後で、低い唸り声が聞こえたのは。
「フゥーーッ……」
振り返ると、開けっ放しの窓枠に、一匹の獣がいた。
茶色の毛並み。
鋭い爪。
そして、獲物を狙うハンターの目。
「……猫?」
城の裏山に住み着いている野良猫だ。
普段なら、竜王様の気配に怯えて近づきもしないはず。
でも今は、竜王様の魔力が「マスコット級」にまで落ちている。
猫にとって、今の竜王様は「最強の生物」じゃない。
ただの「美味しそうなトカゲ」だ。
『ヒッ……! 目が! あいつの目が本気だ!』
私の手の中で、竜王様が震え上がった。
「シャーッ!!」
猫が跳んだ。
速い。
普段なら可愛く見える肉球パンチも、今のサイズ感だと巨大隕石の衝突に見える。
「させません!!」
私は竜王様をエプロンのポケットにねじ込み、身を翻した。
猫の爪が、私の袖をかすめる。
「逃げますよ竜王様! しっかり掴まっててください!」
『うわぁぁぁ! 揺れる! 酔う!』
私はリビングを駆け抜けた。
猫が追いかけてくる。
テーブルの上を飛び越え、ソファを蹴り、執拗に私(のポケットの中身)を狙ってくる。
「しつこいですね!」
私はキッチンの隅に立てかけてあった「最強の武器」を手に取った。
そう、掃除機だ。
ただし、電気はないから魔石駆動式のハイパワーモデルだ。
「吸い込みなさい!」
スイッチオン。
ブォォォォォン!!
猛烈な吸引力が猫を襲う。
「ニャッ!?」
猫が空中で姿勢を崩した。
その隙に、私は廊下へ飛び出し、ドアを閉める。
ドンッ! と猫がドアに激突する音がした。
「……はぁ、はぁ。撒きましたか……?」
私はその場にへたり込んだ。
心臓がバクバク言っている。
たかが猫一匹に、ここまで追い詰められるなんて。
『……エルマ』
ポケットから、ちょこんと顔を出した竜王様が、私を見上げていた。
その瞳は、恐怖と、それから別の感情で揺れていた。
『お前……すげぇな。あんな巨大な猛獣に立ち向かうなんて』
「ただの猫ですよ」
『いや、今の俺にはドラゴンより怖かった。……ありがとな。守ってくれて』
竜王様が、私の指先に小さな頭を擦り付けてきた。
普段は「俺が守ってやる」なんて言ってるくせに。
今はこんなに小さくて、温かくて、守りたくなる存在だ。
「……いいんですよ。たまには、守られる側も悪くないでしょう?」
私は指先で、彼の小さな背中を撫でた。
彼は抵抗せず、気持ちよさそうに目を細めた。
「おーい! エルマ! 竜王様!」
廊下の向こうから、聞き慣れた声がした。
レオノーラだ。
今日は「新作のケーキ買ってきたわよ」という手土産を持っての登場だ。
「あら? 竜王様はどこ?」
「あ、レオノーラさん。実は……」
私が説明しようとした瞬間。
ボンッ!!
再び煙が上がった。
薬の効果が切れたのだ。
煙が晴れると、そこには元の姿に戻った竜王様がいた。
銀色の髪。
整った顔立ち。
そして……。
「……あっ」
私は目を覆った。
そう。
彼は小さくなった時、服を脱ぎ捨てていた。
つまり、戻った今は……。
「……全裸」
「きゃーーーーーーっ!!!」
レオノーラの絶叫が響いた。
彼女は顔を真っ赤にして、持っていたケーキの箱を宙に放り投げると、鼻血を噴出してその場に崩れ落ちた。
「……あー、戻った」
竜王様は自分の体をペタペタと触り、そして私の指の隙間から見ている視線に気づいて、ようやく顔を青くした。
「み、見るな! 服! 服どこだ!?」
「さっきのリビングです!」
「取ってくる!」
竜王様は慌ててリビングへ走り去っていった。
残されたのは、気絶したレオノーラと、床に落ちて潰れたケーキ。
「……はぁ」
私はレオノーラの介抱をしながら、ふと思った。
小さかった竜王様も可愛かったけど。
やっぱり、服を着て、生意気な口を叩くいつものサイズの方が、安心するな、と。
でも、あの指先に触れた小さな温もりだけは、しばらく忘れられそうにない。




