表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

誤配送で竜王様が「手のひらサイズ」になったので、猫から全力で守ります

「ピンポーン」


軽快なチャイム音と共に、窓からペガサス便のケンタウロスお兄さんが飛び込んできた。

前回の詐欺商品事件(第3話参照)以来、彼は私の顔を見ると少し怯えるようになっている。


「ち、千年に一度のセール商品、お届けに上がりました!」


彼は荷物をテーブルに置くと、逃げるように飛び去っていった。

残されたのは、厳重に梱包された小箱ひとつ。


「……竜王様、また何か頼んだんですか?」


私がジト目で振り返ると、グラン・ドラゴ(竜王様)はスライム型バランスボールの上でバツが悪そうに視線を逸らした。


「いや、違うんだエルマ。これは『若返りの秘薬(お試しセット)』だ」


「若返り? あなた3000歳ですよね? 今更若返ってどうするんですか」


「最近、徹夜でゲームすると翌日に響くんだよ……。だから、ちょっと肉体年齢を10代に戻そうかと……」


「不摂生を治すのが先です」


私はため息をつきながら、カッターで箱を開けた。

中に入っていたのは、紫色の液体が入った小瓶。

ラベルには古代語で何か書かれているけれど、読めない。

ただ、瓶の底に貼られたシールには、共通語でこう書いてあった。


『※効果には個人差があります。用法容量を守らないと、大変なことになります』


「……嫌な予感がします」


「大丈夫だって! 俺は竜だぞ? 毒耐性もMAXだ!」


竜王様は私の制止を聞かず、小瓶の蓋を開け、一気に中身を飲み干した。


「ん、ぶどう味……」


彼が感想を言おうとした、その瞬間。


ポンッ!!


可愛らしい煙と共に、竜王様の姿が消えた。

いや、消えたんじゃない。

彼のジャージだけが、その場にバサリと落ちたのだ。


「……え?」


「……きゅ?」


ジャージの山の中から、何かが這い出してきた。

それは、手のひらサイズの銀色のトカゲだった。


つぶらな瞳。

短い手足。

そして、申し訳程度の小さな翼。


「りゅ、竜王様……?」


『きゅ、きゅいー!(エルマ、視線が高いぞ!)』


喋った。声が高い。

どう見てもマスコットだ。

観光地でキーホルダーとして売られているレベルの愛らしさだ。


「可愛い……!!」


私は思わず彼を両手で掬い上げた。

鱗が柔らかい。

お腹がプニプニしている。


『やめろ! 撫でるな! 威厳がなくなる!』

竜王様ミニが私の手の中でジタバタ暴れているけれど、攻撃力はゼロだ。

くすぐったいだけ。


「副作用ですね。若返りすぎて、幼児……いえ、幼体になっちゃったみたいです」


『マジかよ……。これ、いつ戻るんだ?』


「説明書には『効果は数時間持続します』って書いてあります」


『数時間もこの姿かよ! トイレどうすんだよ!』


「私が連れて行ってあげますから」


『尊厳!!』


そんな平和なやり取りをしていた時だった。

背後で、低い唸り声が聞こえたのは。


「フゥーーッ……」


振り返ると、開けっ放しの窓枠に、一匹の獣がいた。

茶色の毛並み。

鋭い爪。

そして、獲物を狙うハンターの目。


「……猫?」


城の裏山に住み着いている野良猫だ。

普段なら、竜王様の気配に怯えて近づきもしないはず。

でも今は、竜王様の魔力が「マスコット級」にまで落ちている。


猫にとって、今の竜王様は「最強の生物」じゃない。

ただの「美味しそうなトカゲ」だ。


『ヒッ……! 目が! あいつの目が本気だ!』

私の手の中で、竜王様が震え上がった。


「シャーッ!!」


猫が跳んだ。

速い。

普段なら可愛く見える肉球パンチも、今のサイズ感だと巨大隕石の衝突に見える。


「させません!!」


私は竜王様をエプロンのポケットにねじ込み、身を翻した。

猫の爪が、私の袖をかすめる。


「逃げますよ竜王様! しっかり掴まっててください!」


『うわぁぁぁ! 揺れる! 酔う!』


私はリビングを駆け抜けた。

猫が追いかけてくる。

テーブルの上を飛び越え、ソファを蹴り、執拗に私(のポケットの中身)を狙ってくる。


「しつこいですね!」


私はキッチンの隅に立てかけてあった「最強の武器」を手に取った。

そう、掃除機だ。

ただし、電気はないから魔石駆動式のハイパワーモデルだ。


「吸い込みなさい!」


スイッチオン。

ブォォォォォン!!

猛烈な吸引力が猫を襲う。


「ニャッ!?」


猫が空中で姿勢を崩した。

その隙に、私は廊下へ飛び出し、ドアを閉める。

ドンッ! と猫がドアに激突する音がした。


「……はぁ、はぁ。撒きましたか……?」


私はその場にへたり込んだ。

心臓がバクバク言っている。

たかが猫一匹に、ここまで追い詰められるなんて。


『……エルマ』


ポケットから、ちょこんと顔を出した竜王様が、私を見上げていた。

その瞳は、恐怖と、それから別の感情で揺れていた。


『お前……すげぇな。あんな巨大な猛獣に立ち向かうなんて』


「ただの猫ですよ」


『いや、今の俺にはドラゴンより怖かった。……ありがとな。守ってくれて』


竜王様が、私の指先に小さな頭を擦り付けてきた。

普段は「俺が守ってやる」なんて言ってるくせに。

今はこんなに小さくて、温かくて、守りたくなる存在だ。


「……いいんですよ。たまには、守られる側も悪くないでしょう?」


私は指先で、彼の小さな背中を撫でた。

彼は抵抗せず、気持ちよさそうに目を細めた。


「おーい! エルマ! 竜王様!」


廊下の向こうから、聞き慣れた声がした。

レオノーラだ。

今日は「新作のケーキ買ってきたわよ」という手土産を持っての登場だ。


「あら? 竜王様はどこ?」


「あ、レオノーラさん。実は……」


私が説明しようとした瞬間。

ボンッ!!

再び煙が上がった。

薬の効果が切れたのだ。


煙が晴れると、そこには元の姿に戻った竜王様がいた。

銀色の髪。

整った顔立ち。

そして……。


「……あっ」


私は目を覆った。

そう。

彼は小さくなった時、服を脱ぎ捨てていた。

つまり、戻った今は……。


「……全裸」


「きゃーーーーーーっ!!!」


レオノーラの絶叫が響いた。

彼女は顔を真っ赤にして、持っていたケーキの箱を宙に放り投げると、鼻血を噴出してその場に崩れ落ちた。


「……あー、戻った」

竜王様は自分の体をペタペタと触り、そして私の指の隙間から見ている視線に気づいて、ようやく顔を青くした。


「み、見るな! 服! 服どこだ!?」


「さっきのリビングです!」


「取ってくる!」


竜王様は慌ててリビングへ走り去っていった。

残されたのは、気絶したレオノーラと、床に落ちて潰れたケーキ。


「……はぁ」


私はレオノーラの介抱をしながら、ふと思った。

小さかった竜王様も可愛かったけど。

やっぱり、服を着て、生意気な口を叩くいつものサイズの方が、安心するな、と。


でも、あの指先に触れた小さな温もりだけは、しばらく忘れられそうにない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ