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世界最強の竜王様が風邪をひいたので、ネギを首に巻いてあげました

「う……うぅ……」


地の底から響いてくるような、苦しげな唸り声。

それは、玉座の間にあるコタツ(先週、通販で買ったばかりの安物)の中から聞こえてきた。


朝の掃除を終えた私が近づくと、コタツ布団がモゾモゾと動いている。

中から出てきたのは、顔を真っ赤にしたグラン・ドラゴ(竜王様)だった。


その紫色の瞳は潤み、いつもの覇気はゼロ。

まるで、雨に濡れて捨てられた子犬……いや、巨大なトカゲだ。


「エルマ……俺、もうダメかもしれない」


「どうしたんですか? 敵襲ですか? それともガチャで爆死しました?」


「違う……喉が……痛い……。関節が……バラバラになりそうだ……」


竜王様は震える手で、自分の額を押さえている。

「これは、あれだ。古代の呪いだ。勇者の怨念が、俺の体を蝕んでいるんだ……」


「大げさですね。ちょっとおでこ失礼します」


私は彼のおでこに手を当てた。

熱い。

でも、目玉焼きが焼けるほどじゃない。

脇の下に体温計(水銀式)を挟んでもらう。


三分後。


「37.2度ですね」


「なっ……!?」


竜王様がガバッと起き上がろうとして、めまいで倒れた。

「37度超え!? 未知の領域だぞ!? 平熱が35度の俺にとっては、死の宣告と同じだ!」


「はいはい、寝ててください。ただの風邪です」


「風邪!? 人間がかかるという、あの不治の病か!?」


「治ります。栄養とって寝てれば三日で治ります」


私は彼を強引にコタツに押し戻し、冷却シート……じゃなくて、濡れタオルを額に乗せた。

世界を滅ぼせる力を持っていても、ウイルスには勝てないのか。

この世界の理不尽さに、ちょっと笑ってしまった。


「水……」

「はい」

「寒い……」

「毛布追加しますね」

「寂しい……」

「ここにいますから」


竜王様は私のエプロンの端を掴んで、ようやく少し落ち着いたようだった。

その手は大きくて、でも今は頼りなく震えている。

普段は偉そうなのに、弱っている時だけ甘えてくるなんて、卑怯だ。

母性本能をくすぐるにも程がある。


ガターン!!


その静寂を破ったのは、やっぱりあの女だった。


「竜王様ーーーっ!!」


玄関のドアを蹴破って(鍵開いてるのに)、レオノーラが飛び込んできた。

彼女の手には、何やら怪しげな麻袋が握られている。

袋の中で、何かが「ギェェェェ!」と叫んでいるのが聞こえるんだけど。


「大変だと聞きました! 竜王様が、死の淵を彷徨っていると!」


「誰情報ですか、それ」


「村の占いで『北の方角に凶兆あり』と出たの! 居ても立っても居られなくて!」


レオノーラはコタツに突進し、竜王様の顔を覗き込んだ。

「ああ……なんてこと! お顔が真っ赤! 呼吸も荒い! これは一刻を争うわ!」


「う……レオノーラか……。俺はもう……」


「諦めないで竜王様! 私が、特効薬を持ってきました!」


レオノーラは麻袋の紐を解いた。

中から引きずり出されたのは、人型の根っこを持つ植物。

目と口がついていて、この世のものとは思えない金切り声を上げている。


「『マンドラゴラ・ハイパー』よ! これを丸かじりすれば、どんな病も一発で治るわ!」

「ギェェェェェェ!!(やめろ離せ食うな)」


「うるさい! しかも生!?」

私が止める間もなく、レオノーラはそれを竜王様の口元へ押し付けた。


「さあ、召し上がれ! 精力がつきますよ!」

「むぐ……っ!? く、くせぇ……土の匂いしかしない……」

「良薬は口に苦しです!」


「やめてあげて! 患者を殺す気ですか!」


私はレオノーラの手からマンドラゴラを奪い取り、窓の外へ全力で投げ捨てた。

「ギェェェェ……」と声が遠ざかっていく。


「エルマ! 何するのよ! 竜王様を救いたくないの!?」

「救いたいから止めたんです! 消化にいいものを食べさせないとダメなんです!」


私は二人をその場に残し、キッチンへ走った。

冷蔵庫には、昨日の残りのご飯と、コカトリスの卵がある。

ネギを刻み、生姜をする。

土鍋でコトコト煮込むこと十分。


「お待たせしました」


私が運んできたのは、湯気を立てる『特製・卵雑炊』だ。

味付けは薄めの塩味。

ネギの香りが食欲をそそる……はず。


「……これ、食えるのか?」

竜王様が、恐る恐る起き上がった。


「マンドラゴラよりはマシです。はい、あーん」


「えっ」

「えっ」


レオノーラと竜王様の声が重なった。

あ、やってしまった。

看病の勢いで、ついスプーンを差し出してしまった。


「あ、いや、自分で食べられますよね……」

私が引っ込めようとすると、竜王様が慌てて私の手首を掴んだ。


「く、食う。手が……震えて持てないから」

嘘だ。さっきまでスマホいじってたじゃん。


竜王様は顔をさらに赤くしながら、私の差し出したスプーンに口を近づけ、パクりと食べた。


「……ん」


「どうですか?」


「……あったかい」


竜王様が呟いた。

「味が……優しい。なんか、泣きそうだ」


本当に、彼の目からポロリと涙がこぼれた。

「数百年生きてきて……誰かに看病してもらうなんて、初めてだ」


その言葉に、私の胸がキュッとなった。

この人は、ずっと一人だったんだ。

風邪をひいても、怪我をしても、広い城で一人きり。

「最強」という名の孤独。


「おかわり、ありますからね」

私が優しく言うと、彼は子供みたいにコクンと頷いた。


その横で。

レオノーラが、ハンカチを噛み締めながらプルプル震えている。


「くっ……! 悔しいけど……今の私が入る隙間はないわ……!」

彼女は立ち上がり、敬礼した。

「エルマ! 竜王様の命、貴様に預けた! その雑炊のレシピ、後で私に教えなさいよ!」


そう言い残して、彼女は嵐のように去っていった。

やっぱり、いい人だ。ちょっとうるさいけど。


その夜。

竜王様の熱は下がったけれど、彼は「まだダルい」と言い張って、私の膝枕を要求してきた。

「病人は大事にしろ」とか何とか言って。


……まあ、今日だけは許してあげよう。

彼の寝顔が、いつもより少しだけ安らかに見えたから。

でも明日になったら、溜まった洗濯物を全部干してもらうからね。

覚悟しておいてください、竜王様。

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