冷蔵庫が空なので、地下ダンジョンで「食材」を現地調達してきます
「ない」
冷蔵庫の扉を開けたまま、私は絶望の二文字を呟いた。
冷気だけが虚しく吹き付けてくる。
そこにあるのは、干からびたネギの切れ端と、賞味期限が先週切れた牛乳(たぶんヨーグルトに進化しかけてる)だけ。
「……竜王様」
「んー?」
リビング……じゃなくて玉座の間で、スライム型のバランスボールに乗って遊んでいる主に声をかける。
「今日の夕食、何もないです」
「えっ。マジで?」
グラン・ドラゴ(竜王様)がバランスボールから転がり落ちた。
「嘘だろ? 俺の計算では、まだ『勇者カレー(レトルト)』が残っていたはず……」
「それは昨日の深夜、あなたがこっそり食べた形跡がゴミ箱にありました」
「……あ」
竜王様が視線を逸らす。
自業自得だ。でも、このままでは私も共倒れになってしまう。
ペガサス便で頼もうにも、前回の「幸運の石」騒動で家計は火の車。
残された道は一つ。
「狩りに行きますよ」
「えー、めんどくせぇ。外暑いじゃん」
「外じゃありません。地下です」
私は床を指差した。
この城の地下には、広大なダンジョンが広がっている。
かつては侵入者を葬るための迷宮だったらしいけど、今は竜王様の魔力が漏れ出しているせいで、独自の生態系ができているらしい。
つまり、天然のスーパーマーケットだ。
「ほら、行きますよ! カゴ持ってください!」
「へいへい……」
私たちは、買い物カゴ(スーパーのやつ)を片手に、地下への階段を降りていった。
***
「暗い、ジメジメする、怖い……」
階段を降りて数分。
私は早くも後悔し始めていた。
いくら食材があるとはいえ、ここはダンジョン。
壁には怪しげな苔が光り、遠くからは獣の唸り声が聞こえる。
「おいエルマ、ビビってんのか? 俺がいるから大丈夫だって」
竜王様はジャージのポケットに手を突っ込んで、鼻歌交じりで歩いている。
さすが、自分の庭だ。
でも、その余裕が逆に腹立つ。
「あら、奇遇ね!」
突然、横穴から金色の光が飛び出してきた。
「うわっ!」
私が驚いて尻餅をつくと、そこにはいつものキラキラした笑顔があった。
「レオノーラさん!? なんでこんなところに?」
「竜王様の警護のために決まっているでしょう! 決して、ストーカーしてたら迷子になったわけじゃないわよ!」
勇者レオノーラ。
またしても登場だ。しかも全身フル装備。
ダンジョンの中だと、その輝く鎧がペンライトみたいで助かるけど。
「ちょうどよかったわ。私もちょうど、小腹が空いていたの。一緒に狩ってあげる!」
「あ、はい。助かります(荷物持ちとして)」
こうして、奇妙な三人パーティが結成された。
前衛:勇者(やる気満々)。
中衛:竜王(やる気ゼロ)。
後衛:家政婦(カゴ持ち)。
「出たわね! 邪悪な魔物!」
レオノーラが叫び、剣を抜いた。
目の前に現れたのは、巨大なキノコの形をしたモンスターだ。
傘の部分が赤くて、毒々しい斑点がある。
「『ポイズン・マッシュ・ロード』だ!」
レオノーラが必殺技の構えを取る。「聖なる光よ、悪を焼き払え……!」
「ストップ!!!」
私はカゴを放り投げてレオノーラの前に立ちはだかった。
「焼かないで! 直火だと縮んじゃう!」
「えっ?」
レオノーラが固まる。
「い、いや、これ魔物よ? 倒さないと……」
「倒すんじゃなくて、採るんです! そのキノコ、傘の裏側を見ると……ほら、白いでしょう? これ、鍋に入れると絶品なんですよ!」
私は腰に下げていた包丁を取り出し、素早くキノコの根元をスパッと切った。
「ギャッ!」とキノコが声を上げた気がするけど、無視してカゴに放り込む。
「……エルマ、あんたの方がよっぽど魔物っぽいわよ」
レオノーラがドン引きしている。
その後も、私たちの進撃は続いた。
「あ! 『走り大根』です! 竜王様、逃がさないで!」
「はいよー」
竜王様が指パッチンをすると、逃げ回る大根型の魔物が重力魔法でペチャンと地面に張り付く。
「泥を落とせば刺し身でもいけますね」
「見て! スライムよ! 聖水で浄化して……」
「待ってレオノーラさん! そのスライム、夏みかん味のレア種です! デザートにするので、優しく捕獲してください!」
「ええぇ……」
一時間後。
私たちのカゴは、ダンジョンの恵みで溢れかえっていた。
ポイズン・マッシュ、走り大根、オーク肉(特選ロース)、そしてデザートのスライム。
「……大漁だな」
竜王様が、重そうなカゴを見て言った。
「これ、全部食うのか?」
「もちろんです。今日は鍋にしますよ」
***
地上に戻った私たちは、早速調理に取り掛かった。
土鍋にお湯を沸かし、昆布の魔物で出汁をとる。
そこに、一口大に切ったキノコとオーク肉を投入。
グツグツという音が、幸せなリズムを刻む。
「いい匂い……」
レオノーラが、鎧を脱いでリラックスモードになっている。
「悔しいけど、王宮の料理より食欲をそそるわ」
「さあ、できましたよ! 『ダンジョン特製・闇鍋』です!」
「ネーミングもっとどうにかならんか」
竜王様が苦笑いしながら、箸を伸ばす。
ハフッ、ハフッ。
熱々のキノコを口に入れた瞬間、竜王様の目が大きく見開かれた。
「……うま」
「でしょう? ダンジョンの魔物は、魔素をたっぷり吸ってるから味が濃厚なんです」
「私もいただくわ!」
レオノーラが肉を頬張る。
「んんっ! 何これ、柔らかい! 勇者として魔物をたくさん狩ってきたけど、食べたのは初めてよ……!」
「供養だと思って、残さず食べてくださいね」
三人で鍋をつつく。
外はもう真っ暗だけど、この部屋は湯気で暖かい。
竜王様が、最後の一枚の肉をレオノーラと取り合って、子供みたいに喧嘩している。
それを私が、おたまで仲裁する。
「平和だなぁ……」
ふと、そんな言葉が漏れた。
生贄としてここに来た時は、こんな未来なんて想像もしてなかった。
ダンジョンの底で食材を探して、魔王と勇者と鍋を囲むなんて。
「エルマ、雑炊にするぞ。卵あるか?」
「あ、コカトリスの卵ならさっき拾いました」
「でかした!」
竜王様の笑顔を見て、私は確信した。
この生活、意外と悪くない。
少なくとも、冷蔵庫が空になるまでは。




