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勇者が窓から入ってきたけど、とりあえず靴を揃えてもらっていいですか?

城に来てから三日が経った。

私の「生贄ライフ」は、予想していたものとは180度違う方向に爆走していた。


「そこ! 足上げてください!」

「んー……」


私は箒を片手に、玉座の周りを走り回っていた。


竜王様(名前はグラン・ドラゴというらしい。長いから心の中で『ニート竜』と呼んでいる)は、文句を言いながらも素直に従ってくれる。

彼は今、通販で届いたばかりのクッション(人をダメにするやつ)に埋もれて、スナック菓子を食べている。


「ポテチのカスを落とさないでくださいって言いましたよね!?」

「これ、野菜味だから実質サラダだぞ」

「屁理屈こねない!」


こんなやり取りが、もはや日常になりつつある。


この三日で、ゴミの山の撤去は完了した。

床の魔術的な汚れ(たぶんコーラのシミ)も、重曹と気合いで落とした。

城は見違えるように……とまではいかないけれど、少なくとも「人が住めるレベル」にはなったはずだ。


私は額の汗を拭い、ピカピカになった窓ガラスを見上げた。

うん、いい仕事をした。

太陽の光が差し込んで、気持ちがいい。


ガシャァァァァァァァン!!


その達成感は、物理的な破壊音と共に粉砕された。

私が今、まさに拭き上げたばかりの窓ガラスが、派手に砕け散ったのだ。


「へ?」


飛び散る破片。

舞い上がる埃。

そして、逆光の中に立つ、一人の人影。


「見つけたぞ、邪悪なる竜よ!!」


凛とした声が響く。

土煙が晴れると、そこには金髪の美女が立っていた。


キラキラと輝く鎧。

手には聖なる輝きを放つ剣。

絵に描いたような「勇者」だ。


彼女は剣を突きつけ、美しい顔を歪めて叫んだ。

「人類の敵! この勇者レオノーラが、貴様を討ち滅ぼしてくれ……る……?」


彼女の言葉が、急に尻すぼみになった。

クッションに埋もれていた竜王様が、面倒くさそうに顔を上げたからだ。


「あー……うるせぇな。誰?」


寝癖のついた銀髪。

眠そうな瞳。

そして、口元にはポテチの欠片。

どう見ても「人類の敵」というよりは「社会の敵」って感じの姿だ。


でも、勇者の反応は違った。


カラン……。


彼女の手から、聖剣が滑り落ちた。

そして、その頬が、見る見るうちに熟れたトマトみたいに赤くなっていく。


「……っ!」


彼女は両手で口元を押さえ、よろよろと後ずさりした。

え、何? 毒ガス攻撃でも食らった?

あ、確かに竜王様の靴下、まだ片付けきれてないけど。


「な、ななな、なんて……」


「なんて?」


「なんてお美しい……!!」


「はい?」


私と竜王様の声が重なった。


勇者レオノーラは、フラフラと竜王様に近づき、その場に膝をついた。

まるで、神に祈りを捧げる乙女のように。

目は完全にイッている。ハートマークが見えるレベルだ。


「その憂いを帯びた瞳(ただの寝不足)! 無造作な銀髪(ただの寝癖)! そして、飾り気のないラフな衣装ただのジャージ! 全てが計算された美……! ああ、尊い……!」


「……おい、エルマ。こいつ、頭打ってるぞ。治癒師を呼ぶか?」


「いや、魔物が呼べるわけないでしょう。っていうか、勇者様?」


私が声をかけると、レオノーラはようやく私に気づいた。

その瞬間、彼女の表情が「恋する乙女」から「氷の女帝」に変わる。


「貴様、何者だ。竜王様の側に侍るとは、何たる不敬」


「あ、生贄兼家政婦のエルマです。あの、ガラス」


「ガラス?」


「今あなたが割って入ってきたガラスです! さっき拭いたばっかりなんですけど! 普通に玄関から来てくださいよ!」


私が怒ると、レオノーラは鼻で笑った。

「ふん。悪を滅ぼすのに玄関も勝手口もあるか。それに、竜王様の居城に入るには、これくらいのインパクトが必要なのよ」


「インパクトの代償が高すぎます! 請求書回しますからね!」


「黙れ小娘! 私は竜王様とお話ししているの!」


レオノーラは私を押しのけ、再び竜王様に詰め寄った。

「竜王様! 私、レオノーラと申します! 趣味は魔物討伐とカフェ巡り! 好きなタイプは顔のいい……じゃなくて、影のある男性です! 結婚を前提に、まずは私の剣を受けてください!」


「いや、剣受けたら死ぬだろ。バカなの?」


竜王様はドン引きしながら、クッションを盾にして防御姿勢をとっている。

完全に変質者に絡まれた一般市民の図だ。


……結局。

騒動が落ち着いたのは、それから一時間後のことだった。


夕暮れ時。

窓ガラスのない(ガムテープで補修した)窓から、オレンジ色の光が差し込んでいる。

玉座の前には、ちゃぶ台が置かれ、そこには三つの湯気が立っていた。


「……美味い」


レオノーラが呟いた。

彼女の前にあるのは、『賢者の3分・激辛味噌味』。

竜王様が「これ食って落ち着け」と差し出した備蓄食料だ。


「だろ? 勇者産業の新商品なんだけど、魔法陣で麺を熟成させてるらしいぜ」


竜王様が得意げに語る。

その横で、私も醤油味をすすった。

うん、ジャンクな味が疲れた体に染みる。


「悔しい……。こんな、ジャンクフード如きに……」


レオノーラは涙目で麺をすすっている。

「でも、竜王様と同じものを食べている……これは実質、間接キス……?」


「違います」私は即答した。


「うるさいわね! ていうか、なんであんたがここに居座ってるのよ。生贄ならさっさと食われなさいよ」


「食われ待ちですけど、その前にこの城を更生させないと死んでも死にきれませんから」


「生意気な……。いいこと? 私は今日、偵察に来ただけだから。竜王様が本当に人類の敵かどうか、私のこのフィルターかかりまくりで見極めるまでは、通わせてもらうわ!」


「あ、来るならお土産お願いしますね。シュークリームとか」


「誰が持ってくるか! ……何味が好き?」


「カスタード」と、竜王様が即答した。

レオノーラは顔を真っ赤にして、「お、覚えておいてあげるわ!」と叫び、逃げるように(今回はちゃんと玄関から)帰っていった。


後に残されたのは、空になったカップ麺の容器と、割れた窓ガラス。

そして、微妙な空気。


「……嵐みたいな奴だったな」

「そうですね.でも」


私は、ガムテープで補修された窓を見た。

「賑やかにはなりましたね」


竜王様は少しだけ口角を上げて、「うるさいの間違いだろ」と呟き、またゲーム画面に視線を戻した。

その横顔が、少しだけ楽しそうに見えたのは、夕日のせいだけじゃない気がした。

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