意識高い系の幼馴染ドラゴンが来たので、全力でマウントを取り返しました
「あー、平和だ」
グラン・ドラゴ(竜王様)が、コタツの中でとろけた餅みたいになっている。
手にはコントローラー、目の前には『賢者の3分』の空き容器。
これが、世界最強の生物の日常だ。
「竜王様、そろそろ換気しますよ」
「えー、寒いじゃん」
「ダメです。空気が澱んでます。加齢臭が溜まりますよ」
私が窓を開けようとした、その時だった。
キィィィン……。
不快な高音が響いた。
結界のチャイムじゃない。もっと鋭い、神経を逆撫でするような音だ。
次の瞬間、窓の外に「黒塗りの高級馬車(空飛ぶタイプ)」が停まった。
扉が開くと、赤い絨毯が勝手に敷かれ、一人の男が降りてきた。
仕立てのいいスーツ。
整えられた金髪。
そして、鼻につく香水の匂い。
「よう、グラン。相変わらず、シケた城(ド田舎)に住んでるな」
男は土足で城に入ってくると、サングラスを外してニヤリと笑った。
「……ゴルドか」
竜王様がコタツから這い出した。その顔には、明らかに「苦手だ」と書いてある。
ゴルド。
竜王様の幼馴染にして、人間社会で実業家として大成功している「黄金竜」らしい。
「久しぶりだな、グラン。300年ぶりか? 俺は今、王都の『天空タワーマンション』の最上階に住んでるんだが……お前、まだこんなカビ臭い石造りの城に住んでるのか?」
ゴルドはハンカチで鼻を覆いながら、部屋を見回した。
「インテリアも古い。化石……いや、前時代のセンスだな。俺の部屋は全て最新の『スマート・魔法家具』で統一してるぜ。声一つで風呂も沸くし、掃除も全自動だ」
「へ、へぇ……すごいな」
竜王様が縮こまっている。
いつもの威厳はどこへやら。完全に「都会に出た成功者の友人に圧倒される地元のヤンキー」だ。
「それに、なんだその女は」
ゴルドの視線が私に向いた。
値踏みするような、冷ややかな目。
「生贄か? それともペット? まさか、家政婦なんて言わないよな?」
「家政婦のエルマですけど」
私は不機嫌さを隠さずに答えた。
ゴルドは鼻で笑った。
「人間如きを雇うなんて、非効率の極みだな。俺のところは『最新型メイド・オートマタ』を5体導入してる。ミスもしない、文句も言わない、給料もいらない。完璧だぞ?」
「……う」
竜王様が言葉に詰まる。
確かに、私はミスもするし、文句も言うし、給料(現物支給)ももらっている。
スペックで言えば、オートマタには勝てないかもしれない。
「グラン、お前もいい加減、こっち側に来いよ。このボロ城を売っ払って、俺の会社の役員になれ。そうすれば、こんな貧乏くさい生活ともおさらばできるぞ」
ゴルドが竜王様の肩を叩く。
竜王様は俯いて、何も言い返せない。
悔しい。
彼が、自分の城を、自分の生活を否定されて、黙っているのが悔しい。
私は、持っていたはたきを強く握りしめた。
「……お断りします」
私の声に、ゴルドが振り返った。
「あ? お前ごときに決定権はないだろ」
「あります。私はこの城の管理者ですから」
私はゴルドの前に立ち、彼を真っ直ぐに見据えた。
身長差はあるけど、気持ちでは負けてない。
「確かに、この城は古いです。隙間風も入るし、床は軋むし、不便なことだらけです」
「だろう? だから俺が……」
「でも」
私は彼の言葉を遮った。
「この城には、あなたのタワーマンションにはないものがあります」
「は? なんだそれは」
「『生活の匂い』です」
「匂いだと?」
「はい。竜王様がこぼしたスープのシミ。勇者さんが暴れてつけた壁の傷。そして、私たちが毎日笑って過ごした空気。それらは全部、オートマタには作れません」
私は竜王様の方を見た。
彼は驚いた顔で私を見ている。
「効率だけの部屋なんて、ただの箱です。失敗したり、喧嘩したり、面倒くさいことを積み重ねていくから、そこが『帰りたい場所』になるんです」
私は再びゴルドに向き直り、言い放った。
「あなたの部屋は完璧かもしれません。でも、そこにあなたの『物語』はありますか? 誰かと囲む鍋の温かさを、あなたは知っていますか?」
ゴルドが息を呑んだ。
彼の瞳が一瞬、寂しげに揺れた気がした。
タワーマンションの最上階。
最新の家具と、口答えしないオートマタに囲まれた生活。
それはきっと、完璧で……そして、どうしようもなく孤独なはずだ。
「……ふん」
ゴルドはサングラスをかけ直した。
「口の減らない女だ。……グラン、お前には勿体ないな」
「ああ。俺には過ぎた家政婦だよ」
竜王様が、ようやく顔を上げて笑った。
「悪いなゴルド。俺はやっぱり、このボロ城が性に合ってるみたいだ。オートマタより、こいつの作る雑な飯の方が美味いからな」
「……そうかよ」
ゴルドは背を向けた。
「気が変わったら連絡しろ。……あと、その女の給料、上げてやれよ」
そう言い残して、彼は黒塗りの馬車に乗り込み、嵐のように去っていった。
「……ふぅ」
緊張が解けて、私はその場にへたり込んだ。
足が震えている。
また生意気なことを言ってしまった。
「エルマ」
竜王様が、私の隣にしゃがみ込んだ。
「ありがとな。……また、助けられちまったな」
「本当ですよ。あんな奴に言われっぱなしで、情けないです」
「うるせー。……でも、お前の言う通りだわ」
竜王様は部屋を見回した。
古びた壁。
散らかった雑誌。
そして、コタツ。
「ここが一番、落ち着く」
「ですね。……あ、そうだ竜王様」
「ん?」
「給料アップの話、聞いてましたよね?」
「えっ、いや、それは……あ! ゲームの続きしなきゃ!」
「逃げないでください! ボーナス交渉の時間ですよ!」
竜王様がコタツに逃げ込み、私がそれを追いかける。
いつもの騒がしい日常が戻ってきた。
タワーマンションなんていらない。
私は、この面倒くさくて温かい城が、やっぱり大好きだ。




