眠り 3
「どうしたのビアンカ?」
聖獣持ちの王女が傍らのウサギに話しかけました。
「まあ、その人参がおいしくないのね?」
困ったように首をかしげて、ウサギの前の食器から問題の人参を摘んで口に運びます。
聖獣とその半身は、心の中で会話が出来るのです。
独り言のように見えても、ちゃんと聖獣と会話をしているのでした。
とてもお行儀の悪い事ですが、こと聖獣に関する場合は誰も注意しません。
生の野菜をそのまま食べた王女は、眉を顰めます。
「本当においしくない。ペしなさい。お腹壊してしまってはいけませんからね」
自らの聖獣の為においしいお野菜の見分け方からそのおいしさまで知り尽くしている王女は、母親のような甲斐甲斐しさで問題のありそうな部分を除けていきます。
食卓を囲む王家の面々は、いつもの事だとそれに口を挟むことはしませんでした。
王子も完全にスルーして傍らに座る少女に意識を向けています。
眠り続けている少女には食事は必要ありません。もちろん少女の分の食事は用意されません。
王子は時折少女の口に食べ物を運びますが、一度としてそれを飲み込んだ事はありませんでした。
今日は珍しく蜂蜜が食卓に昇りました。
とても高価なもので、王家といえどしょっちゅうそれを口にする事は出来ません。
王子はその蜂蜜を一掬い採り、少女の舌の上に乗せてみました。
「おいしい?リーナ」
額をつけて語りかけます。
すると、
『甘い』
初めて応えがありました。
王子は大喜びです。
「クラウス、どうしたの?」
様子のおかしい王子に、困惑の目を向けていた面々を代表して、姉王女が尋ねました。
聖獣持ちがおかしいのは大概が聖獣がらみです。
一番王子の事をわかっている王女が尋ねるのは当然の事でした。
「ヘルガ姉上、リーナが返事をしてくれたんです」
姉王女は驚きに目を開きました。
父王や王妃、他の兄弟達も同じように驚きをあらわにしています。
「よかったわね!なんて言ったの?」
「はい。甘い、です」
「甘い?」
「そうです」
「他には?」
「なにも」
しょんぼりとした王子に、姉王女は気を引き立てるようにことさら明るく言います。
「これは目が覚める前兆よ。もうじき幾らでも会話できるようになるわ」
王子はうんうんと、頷きました。
同じ頃契約した他の子供達は、とっくに聖獣たちと楽しく会話しています。
それどころか王子のように眠りっぱなしという事もありません。
眠りっぱなしになっている他の聖獣は、3体だけ。
その3体でも、時折半身に応える様になったと聞いていて、ひどく置いてけぼりにされたように感じたのです。
王子の聖獣がとても高位な存在である所作なのですが、寂しい気持ちになるのはとても抑えられなかったのです。
それが漸く応えてもらえて、王子はとても喜んでいました。