行こうか、えっちゃん
エミリッタは驚いた顔になった。だが彼が何故そんな事を言い出したのか理解したようで、少しためらった後、こくりと頷く。
彼女からの許可にホッとしたデュークスは、アンナに顔を向けた。
「ありがと。アンナ、この石捨てようと思うんだけど。昔欲しいとか言ってなかったっけ。いる?」
今度はアンナも驚いた顔になった。隣にいるハンスも一瞬だけ驚いていたが、すぐに半目へと戻っていた。彼は彼で、察したのかもしれない。
分かってないのはアンナだけだ。
「何言ってんのよ。この石、龍竜族にとって大事なやつなんじゃないの?!」
「そうだよ。これがないと変身出来ない」
「じゃあ何で!」
「これがあると、俺もえっちゃんも色々思い出しちゃうかもだし……石がなくても、守れるようになるから」
「でもそれじゃあ、もう竜になれないのよ!? もし襲われたりしたら、死んじゃうかもしれないじゃない!」
「それでいいんだよ」
いくら悪い奴だったからとはいえ、自分も人を殺めて来た。
彼女が間接的に皆を殺した事を気にしていているのなら、自分なんてもっと悪い奴だ。
だったらそれ相当の、罰を受ける。
デュークスはそう決めていた。
場の雰囲気を壊すのは、ハンスの役目だ。
「まぁ石として見ればお宝だし、ラッキーだけどさ。そのネックレス状のやつを、よりによってお嬢にあげる? 宣戦布告ってとっていーい?」
「俺はえっちゃん一筋だっての。嫌ならチェーン外すなり何なりして」
アンナは眉を八の字にする。
難しい事はよく分からないが、デュークスの気持ちだけは分かってくれたのかもしれない。
「いらないって言うなら貰ってあげるわ。でも、結果えっちゃんが傷ついたら許さないから!」
「そんなのは百も承知だよ」
結局二人とも、エミリッタの幸せが一番なのである。
デュークスは最後に、やり残した事を思い出す。
「あ、でも待って。最後に一回だけ変身させて」
「まぁ、それくらい構わないけど。そういや今までずっと噛んでたのよね。ちょっと拭いたくらいで綺麗になるかしら」
「そんな汚いみたいに言わないでくれる?」
「いいから、早く変身しなさいよ」
デュークスは三つの石を眺めた。
生まれた時からずっと持っていて、家族との思い出も詰まった、大切な石だった。
彼女のために、それを手放す。
一瞬黒とも悩んだが。
やはり最後なら、一番しっくりくる色で。
デュークスは赤い石を噛んだ。
まばゆい光に包まれて、深紅色の竜に変身する。
大きく翼を広げ、腹の底から叫び声を上げた。
地面が悲鳴を上げている。
声が鳴りやんだと同時に、足元の土が少しだけ盛り上がった。
地面の中から顔を出したのは、兄、シャードだ。
デュークスはすぐに人型に戻って、その場にしゃがみ込む。
兄にしか聞こえないよう、小さな声で呟いた。
「シャード兄。俺も全部分かってる訳じゃないけどさ、えっちゃんは利用されただけなんだ。だからさ、許してやってよ。俺も一緒に謝るからさ」
シャードは喋れない。ただ、彼の目は今までと違い、どこか優しくなったような気がした。
「もぉ、何ですか~~」
彼を追いかけて来たのか、クラルが息を切らしながら走って来る。
デュークスは立ち上がって、彼女に礼を言う。
「よぉクラル。さっきはありがとな」
「ふへ、ひひひ。良いんですよぉ。でも、あの、ごめんなさい。用があるのでもう行かないと」
「そっか。じゃあ手短に。ロンとウミってまだ学園にいる?」
「う、ウミさんならいますよ。ロンって人はよく分かんないですけど」
「そうか。男女の接触禁止だったな。じゃあウミにで良いから伝言頼む。石を捨てたからもう殺される筋合いないぞって」
「よ、よく分かりませんが伝えますねぇ……」
本当に用事があったようで、クラルはシャードを連れてすぐに行ってしまった。
伝言を聞いていたであろうエミリッタ達に、苦笑しながら言う。
「ま、これでも殺しにきたらそれはそれだよね」
アンナはデュークスに向けて、手を広げた。
「なんだか分かんないけど、気が済んだ?」
「ん。ありがと」
やり残した事を全て終えたデュークスは、アンナに石を渡す。
「綺麗にする前に身に着けるのはなんか嫌ね。ハンス、持ってて」
「うぃっす」
アンナに渡されたネックレスを、ハンスが身に着ける。
目の前で行われたやり取りに、デュークスは複雑な思いを抱いていた。
「だから汚いもの扱いするなっての」
「オレ的にはお嬢に持たせておくのも嫌だから、この方が良いんだよな。まぁいいじゃん。捨てたんだろ? なら、お前にどうこう言う権利ないはずだ」
「そうだけど……」
「ならこの話は終わり。また団長に怒られるから、早く次に行かなきゃなんだよね」
「あぁ、地図を見つけたとか言ったっけ? 何があるんだ?」
「東の方にある国の王族から盗んだっていう、銀色の指輪。中央に黒い宝石が埋め込まれてるやつ」
指輪の特徴を聞いたデュークスは、初めてタツノオトシゴの姿になった時に見た指輪を思い出した。あの指輪は、ハックの叔父に預けたやつだ。
「なんかそんな感じのやつ、見たような気がする。朧族の里で」
それを聞いたアンナは、目を輝かせてデュークスに詰め寄る。
「知ってるの!?」
「それかどうかは分かんないけど……」
「けど可能性があるなら、行くわよ! その、おぼなんとかとかいう奴らの所へ!」
アンナはまだ場所も分かっていないはずなのに、どんどん先へ進む。
「ま、そういう事だから。ちょっとだけ付き合ってやって」
そう言ったハンスはため息を吐いて、何だかんだアンナの後をついて行った。
「まぁ久々にハック達にも会いたいし、少し寄り道してから帰るのでも良いよね。行こうか、えっちゃん」
アンナ達の後を追おうとしたデュークスの服を、エミリッタはぎゅっと掴んだ。
「えっちゃん?」
彼女が動こうとしないので、デュークスもその場に立ち止まる。
エミリッタはデュークスの目を見ながら、小さな口を開いた。
「デュークス……ごめんね?」
「……そこはありがとうじゃない?」
「……ありがとう」
小さく微笑んだエミリッタの顔を見て、デュークスの胸が熱くなった。
これからも苦難はあるかもしれない。
それでも。
エミリッタの笑顔が見れただけで、デュークスは十分幸せだった。多分それは、これからもだ。
「じゃ、行こうか」
デュークスは彼女の手を繋いだ。
竜になれる石は手放したが、彼女だけは絶対に手放さないと心に決めている。
もしもこの先、世界から嫌われる事があったとしても。
彼らはこれからも、二人で一緒にいる道を選び続けるだろう。




