愛してるよ、えっちゃん
デュークスはエミリッタの前に立った。
白い竜になった彼女は、建物や地面に体をこすりつけている。苦しみから逃れようとしているように見えた。
今はただただ苦しんでいるだけだが、体に大きな傷でもつけば本能で人型に戻るかもしれない。
デュークスは兵達が落としていった弓矢を拾い上げて。彼女の足に向かって刺した。
血が流れたものの、そこまで深く刺せた訳でもない。竜にとっては、かすり傷程度だ。
もっと大きな傷をつけさせなければ。
だが竜になれないデュークスにとって、彼女に大怪我をさせるのは難しかった。
せめて竜になれれば。
あるいは、この雪が降り止めば。
ふと、ある可能性を思いついたデュークスだったが。流石に危険すぎると躊躇いもした。
正直、それで傷をつけたからといって彼女が人型に戻ってくれる確証もない。
うまくいくかどうかだって怪しいし、もしかしたらそのまま彼女を殺す事になるかもしれない。
それでも、僅かに残った可能性に期待して。
デュークスは暴れる彼女の体をよじ登った。
途中振り落とされて、地面に叩きつけられたり、殴られたりしたけれど。
それでも何度もよじ登って。
彼女の口元にしがみつく。ゴツゴツした上唇に爪を立てて、下唇に足をかけた。
「愛してるよ、えっちゃん」
何があっても後悔のないよう、それだけを呟いて。
白い竜の口の中に入った。
一面が赤い喉の中を滑るように降りた後、デュークスの体は宙に浮いた。
かなり広い空間にたどり着いた。
そこが胃だったのか、足の下には大量の水が溜まっている。
水に向かって落ちるデュークスは、ニッと笑って石を噛む。
ここはもう、雪の降らない世界だ。
青色と緑色の石を同時に噛む。まばゆい光が周囲を照らした。
タツノオトシゴの姿になって、ドプンっ、と胃液の中に沈む。水の中なら青い竜の姿の方が強いが、ここは彼女の体の中だ。大きすぎてはいけない。狭い所に入るなら、こっちの体の方が良かった。
水が胃液なら時間がない。早くしなければ、ただ溶けて終わってしまう。
赤い壁に向かって、体当たりを始めた。薄々感づいてはいたが、体に穴を開けるほどの力はなかった。
だがこの壁が生きているなら腫らす事くらいは出来るだろう。そう思ったデュークスは、ひたすら体当たりを続ける。
壁は次第に赤く腫れ上がっていく。
「これくらいならっ……」
腫れた部分を足場にして、デュークスは人型に戻った。
全身が濡れているが関係ない。
今度は赤と緑の石を噛んだ。
モグラの姿になって、赤い壁に穴を開けようとする。爪を食い込ませて、ガリっと下に振り下ろす。
流石に痛みを感じたのか、周囲が大きく揺れた。
一度は水の中に落ちたデュークスだが、すぐによじ登り。再び赤い壁を傷つけた。
血が出て来た。
もう後は一点集中。
自分の心も彼女の体も、削って、削って。
彼女の体に、穴をあけた。
モグラは外に飛び出すと、すぐに彼女の状態を確認する。
やはり本能が勝ったのか。彼女は人型に戻っている。
彼女は赤く濡れた地面の上で、腹を抱えながらうずくまっていた。傷口はふさがっているようだが、痛みはあるらしい。
人型に戻ったデュークスは、すぐに彼女に近寄り、抱きしめた。
「もし仮に、えっちゃんが皆を傷つけたんだとしても。俺はえっちゃんの事を嫌いにならないし、えっちゃんとずっと一緒にいる。だから戻ってきて、えっちゃん」
そう言ってキスをして、彼女に声を贈る。
涙を流すエミリッタの目は、正気に戻っていた。
「でゅー、くす。ごめんな、さい。デュークス、デュークスっ……」
「えっちゃんが悪い訳じゃない、とは思うけど。もしえっちゃんが悪いって言うなら、俺もその罪を背負うよ」
胃液と血だまりでグショグショになりながらも、二人はギュっと抱き合っていた。
「そんな! またやり直しだ! 今度こそ、今度こそ評価されなきゃ……!」
そんな彼らを見つめる、ヘングリーの姿があった。どうやら兵達が逃げる中、彼だけはその場に残っていたらしい。
ヘングリーはこの期に及んで、まだ評価を気にしている。
デュークスはエミリッタの頭を優しく撫でると、ヘングリーの前に立った。
「選ばせてやるよ。赤と緑と紫、どれがいい? あ、青でもまぁいけるかな」
「選ぶって、何を」
「いいから、好きな色を選びなよ」
「色? じゃあ緑かな。毒の色って魅力的だよね!」
「そっか。分かった」
デュークスは緑色の石を噛んで、緑色の竜へ変身する。
嘴でヘングリーの体を掴むと、そのまま空高く飛んでいく。
「待ってくれ、高いのは苦手なんだ!」
騒ぐヘングリーを気にせず、デュークスは雲の上まで飛んでいく。
地上の家も小さくなって、エミリッタの姿も見えなくなった。
ここからなら、確実に助からない。
「はい、お望み通り」
ヘングリーの体は、高い空の上から落とされた。
「そんな、嘘だ。嫌だ、誰か助け、うぁああああああ!」
叫んだところで許される事はなかった。ヘングリーが壊してしまった龍竜族の日常は、とてもじゃないが普通に償い切れるものではない。
罪を重ねる事になったとしても、コイツだけは殺さなければならない。
少なくとも、デュークスだけはそう思っていた。
デュークスはエミリッタの元へ戻り、再びギュっと抱きしめた。
少し離れた所に、ヘングリーの死体が転がっている。エミリッタも、犯人がデュークスだと分かっているはずだ。
「……嫌いになった?」
首を左右に振る。デュークスが自分のためにしてくれたと分かっているのだろう。
「なら良かった。でも、それは俺だって同じだから。幸せにはなれないかもしれないけど。これからも、二人で生きて行こう」
ガリューの街を離れた二人は、里に戻ろうとしていた。
エミリッタの声を取り戻す手段を手に入れた以上、この旅も終わりだった。
人気のない森の中を、手を繋いで歩く。二人とも体はボロボロだったが、なんとか歩けていた。
会話はない。それでも二人共、居心地の悪さも感じていなかった。
目の前にあった茂みの中から、ガサガサと音がする。デュークスは警戒して、石に手をかけた。
「あっ、えっちゃん!」
「……アンナ!?」
草の中から出て来たのは、アンナとハンスだった。
「何で海賊が森にいるんだよ」
「海で見つけた地図が森を示したんだから仕方ないだろ」
ハンスは本当に仕方なさそうに言った。別に来たくて来たわけではないらしい。
「まぁいいけど……そうだ。喜べアンナ、えっちゃんは喋れるようになったぞ」
「えっ!? 本当!?」
期待の目を向けられたエミリッタは、コクコクと頷いた。
だが特に喋りだす様子はなく。
しばらく待っていたアンナだったが、とうとう痺れを切らしていた。
「えっちゃん……? 喋れるようになったのよね?」
不思議そうにするアンナを見て、デュークスはすぐに気づいた。
「あっ、えっちゃん昔からこんな感じよ? 滅多に喋らないけどめっちゃ動く」
「嘘でしょ!?」
エミリッタは笑顔だったが、どこかぎこちない顔をしている。
人を殺してしまった罪のある彼女は、笑う事を躊躇っているのかもしれない。
それに気づいたデュークスは、首に下げていた石を外した。
やっぱり……反省はしないとだよな。
そう思いながら、エミリッタに石を見せて。確認を取った。
「えっちゃん、この石捨てちゃってもいいかな」




