ごめんなさい
エミリッタはデュークスの寝顔を見ながら、ニコニコと笑っていた。
すぐ隣にあるぬくもりに幸せを感じ。
デュークスと一緒になれて良かった。そう思いながら眠りについた。
***
「龍竜族の方ですよね! どうか研究の協力を!」
「そんな怪しいもん、出来っか!」
エミリッタがいたのは、里の入口付近だった。
彼女の前には、死体になる前の――健康体のシャードとヘングリーがいた。
地べたに膝をついたヘングリーの前で、シャードが何かを断っている。
シャードはエミリッタの存在に気づくと、すぐに追い払う仕草を取った。連動して、星形の石が彼の胸元で揺れる。
「エミリッタ、あっち行きな。この男、不審者だから。何も見なかった事にして、デュークス達と遊んで来い」
ヘングリーはエミリッタを見ると、かなり興奮した様子で白い石を見せてきた。どんぐり程度の、小さな石だった。
「おぉ、おぉ! 白い髪を持つ龍竜族! お願いだ、僕を助けると思って、この石を噛んでくれ!」
「お前! さっきは俺に噛めって言ったくせに!」
シャードはヘングリーからエミリッタを庇う。
だがヘングリーは悪びれる様子もなく、ただ説明をしてくる。
「だって龍竜族は髪色と同じ色の石を噛むのが、一番力を出すんだろう? 何、心配しなくていい。この石は人工的に作ったものだ。噛んだからって、誰かと結婚になるなんて事はない!」
「心配してるのはそこじゃない! 出てげ!」
シャードはヘングリーを追い払った。
悲しそうにしていたヘングリーをみて、エミリッタは心が痛んだ。
助ける事が出来るなら、協力してあげたい。そんな気持ちがあった。
エミリッタはシャードが家の方へ帰って行った事を確認し、こっそりとヘングリーの元へ戻る。
「君はさっきの!」
「あの……石、噛みましょうか?」
「あぁ、ぜひ頼むよ! これで君が竜になれば、僕の研究の証明になるからね!」
あくまで親切心のつもりで。彼女はヘングリーから石を受け取り。
エミリッタは石を、噛んだ。
途端に気分が悪くなり、彼女は意識が途絶えていた。
気付けば、彼女は白い竜になっていて。
気づけば、彼女は口から雪を吹きだしていた。
周囲は季節外れの雪に包まれている。
エミリッタの前には、ヘングリーと鎧を着た兵士が立っていた。
「これが僕の研究の成果だ。見たか、あの竜を! 予想通り、白い竜になった。雪も吹いた。これで僕が正しかったって、分かっただろう!?」
「あぁ、雪も降らせて素晴らしい。王に報告するといい、きっとお喜びになるだろう」
「やった、やったぁ!」
ヘングリーは喜びながら、里を出て行った。
それと入れ替わるように、多くの兵士たちが里へやって来た。
兵士たちは竜の姿のエミリッタには目もくれず、里にいた人々を襲い始めた。
エミリッタは体が動かない。
というより、動かす気がなかった。
無気力な彼女の前に、一人の男が走ってきた。
「エミリッタ! 何やってんだ、止めろ!」
彼女があの石を噛んだと感づいたのだろう。シャードが切羽詰まった様子で戻って来た。
シャードは兵士たちの攻撃を受けたのか、傷だらけだった。対抗するためか、手には短剣を持っている。
「まだ生きてやがったか!」
一人の兵士が、シャードを追いかけて来た。
兵士は剣を振り下ろし、シャードの石を奪う。
「返せ!」
「ぐぁっ!」
シャードはすぐさま短剣を振り下ろし、自分の石を取り返す。その場に倒れた兵士は、そのまま動かなくなった。
他にも兵士はいっぱいいる。そう思ったシャードは星形の石を噛むも、彼が竜に変身する事はなかった。
変身出来ないのが雪の影響だと気づいていたのか、シャードはエミリッタを睨みつけて。
「里を守るためだ。悪く思うなよ!」
短剣を持ったまま、彼女の体をよじ登り。
首を、刺した。
エミリッタは竜から人型に戻り、雪を止ませる。
「何するんだよ!」
シャードの背後に、先ほど倒したはずの兵士が立っていた。
兵士はシャードに斬りかかり、血しぶきを上げさせる。それが彼の最後だった。
人型に戻ったエミリッタは、寒さを感じていた。
兵士はエミリッタを見て、ニヤリと笑った。
「計画は実行されたし、竜にさせる必要はないか。石だけ確保しておけば、普通の女と変わらないし……後で可愛がってやろう。そこで大人しくしとけよ」
そう言って、エミリッタが首に下げていた石を奪い。どこかへ行ってしまった。
だがエミリッタは、どうでも良かった。
それよりも、温かさを求めて。
エミリッタはゆっくりと動き始めた。
すっかり雪景色となった里は、あちこちに死体が落ちていた。
皆顔見知りだった。
だが彼女は、悲しめなかった。何もかもがどうでも良かった。
気づいたら、自分の家の前にいた。いや、自分の家だった場所の前だろうか。
放火されてしまったのか、家はすっかり黒焦げになっていた。
エミリッタはその中に入り、死体を見つけた。
一人の死体の上に、折り重なるように別の死体が重なっている。
焦げてはいるが、間違いなく両親だと思った彼女は。
親のぬくもりを求めて、その死体の間に入り込んだ。
温かさに包まれて、幸せに包まれて。彼女は静かに、眠りについた。
幼馴染の彼が見つけてくれるまで――。
***
エミリッタは目を覚ます。額には汗をかいており、心臓がバクバク言っている。
今のは何だろう。分からない、けど、かなりリアルだった。
そう感じていた。
夢のはずなのに、寒さが残っている気がした。眠る前は、心も体も温かかったというのに。
隣には、幸せそうに眠るデュークスがいた。
彼の顔を見て、思い出した。デュークスが黒い竜になった時、覚えてないと言った事を。寒いと言った事を。
エミリッタは恐ろしい仮説を立てた。
もしも今見た夢が、夢ではなく過去の記憶なのだとしたら。
覚えてない。思い出せない。けれど。
彼女は狼狽えた。
里が襲われたのは……自分のせいだ! と。




