医者だってよ、えっちゃん
式場から離れた二人だが、未だ手だけは繋がったままだ。デュークスはじんわりと幸せを噛みしめていた。
「うわぁああああああああああ!」
だが幸せな時間も、長くは続かない。
聞こえてきた男の声に反応し、デュークスは思わず走り出した。
「えっちゃん、ここで待ってて!」
エミリッタをその場に残し、声の主を探す。
「誰かー!」
走り回って、ようやく声の持ち主を見つけた。
見れば眼鏡をかけた男が、大きなクマに襲われている。
流石に人型でクマを倒すのは難しい。
そう判断したデュークスは、すぐに石を噛んだ。
脅すだけなら、一番体のデカいものを。
青い竜となったデュークスは、クマを影で覆いかぶせる。
クマはすぐさま逃げて行った。自分より大きかったからか、竜だからかは分からないけれど。
助けられた男も、目を丸くしている。
「竜!?」
「まぁね。助けたんだから、殺さないでね」
デュークスはそう言いながら、人型に戻る。
怯えられてもおかしくない。そう思っていたデュークスだったが、眼鏡の男は何故か目を輝かせていた。
「竜が人に! も、もしかして君、龍竜族か!?」
「あれ、バレてる。おじさん、龍竜族を知ってるんだ」
「知ってるも何も、龍竜族を探していたんだ。いやぁ、会えて良かった!」
恐怖どころか、感激しているようだった。
デュークスは疑っていた。龍竜族を探しているなんて、何か裏があるんじゃないか、と。
一人残して来たエミリッタの事も心配で、彼女のいた方角に目を向ける。
「もしかして、他にも仲間が?」
目線の先を見られてしまったようで、男はエミリッタのいた方角に歩き始めた。
「お、おい!」
デュークスは慌てて追いかける。もし彼が悪い奴なら、エミリッタに会わせたくはなかった。
その声が聞こえたのか、エミリッタはデュークス達の元へ駆け寄って来た。
男はエミリッタの顔を見るなり、歓喜の声を出す。
「き、君! 龍竜族!? やっぱり生きていたんだ! 絶滅なんてしてなかったんだ!」
突然現れた見知らぬ男に、エミリッタは戸惑っているようだった。
デュークスはすぐさま、彼と彼女の間に入り込んだ。
「やめてね、おじさん。えっちゃんは俺の、お嫁さんだからさ」
お嫁さんと言われて、エミリッタは少し照れている。
男はエミリッタから離れると、申し訳なさそうな顔をする。
「これはすまない。僕はヘングリー・リミテッド。研究者兼、医者だ」
「医者!?」
「そう。龍竜族絶滅のウワサを聞いたものの、どうも信じられなくてね。探しに来たんだ」
「探してどうする気? マフィアの仲間って事ないよね?」
デュークスはヘングリーを睨みつけた。
甘い言葉で油断させようとしているなら容赦しない。そう警戒して、石を握り締めておく。
だがヘングリーは首を左右に振った。
「マフィア!? とんでもない! 僕はただ、君達を保護しようと思っただけだ!」
「保護……」
「そうとも。君達は医学的に見ても、人間とさほど変わらない。それなのに竜になれる力があるだけで迫害されるなんて、おかしいと思わないかい?」
「それはそうだけど……あるのか? 俺達が行っても、嫌がられない場所が」
「勿論! さぁ、一緒に行こう!」
あまりにも都合が良すぎて信じられなかったデュークスは、その場から動こうとしなかった。
「その前に。俺達、ケノアの花を探してるんだ」
「ケノアの花って、どんな喉の病にも効くという? もしかして、その子……ならば必要ない。僕は医者だよ? 医学の力で何とかなるさ!」
「……まさか。そんな簡単に言われても……」
デュークスは半信半疑だった。勿論、エミリッタの声が出るようになるなら助けてほしい。だがそう簡単に、全てを信じる事は出来ない。今までも自分達を助けてくれていた者達もいたが、裏切ってきた者達もいた。
怪しまれてると気づいたヘングリーは、肩をすくめる。
「疑われるのも無理はないよね。まずは良いところを見せなければ。お腹空いてない? 次の街でご馳走しよう。何、店も君らで選んでいい。そうすれば怪しまれないだろう?」
ヘングリーは妙に意気込むと、先を歩き始めた。デュークスとエミリッタも、警戒しながら後をついていく。
希望の店を問われ、デュークスは屋台を選んだ。外であればすぐに逃げられるだろうし、いざという時は変身も出来ると思っての選択だ。
「さぁ、ホットドッグだよ。召し上がれ」
ヘングリーは三人前のホットドッグを持ってきた。
蓋のない容器に入れられたホットドッグは、普通においしそうだった。
変なものも入れられている様子はない。
警戒心を解こうとしているのか、ヘングリーは一番にホットドッグを食べ始めた。
「うーん、おいしい。マスタードが良いアクセントになっていて最高だよ!」
半分以上食べているところを見ると、何も入れられてはなさそうだ。
デュークスも恐る恐る食べ始める。
ジューシーなソーセージが、パリッという音を立てた。
パンの甘さ、ケチャップの酸っぱさ、マスタードの辛さ、そしてソーセージの肉汁が絶妙に混ざり合う。
エミリッタもちまちまと食べ始めた。おかしな所はなにもなさそうだ。
「こうしてみると、普通の少女と何ら変わらない。それ以上に、普通より愛らしさまである」
ヘングリーはエミリッタを見つめながら、そう呟いた。
それを聞いたデュークスは警戒心を強めた。
龍竜族としてというより、男として。
エミリッタを取られてなるものかと、焦りながら喋り始める。
「えっちゃんがかわいいのは認めるけどね、やっぱ龍竜族だから。普通の人間とじゃうまくやっていけないと思うよ?」
「興味深いね。ぜひ人間との違いを教えてほしいよ」
「それは無理だ。逆に好かれたら嫌だから答えない」
「ほう。龍竜族は意外と嫉妬深いのか。知らなかったなぁ」
「いいや、嫉妬深いのは俺だけだね! えっちゃんが他の人とご飯なんか食べてたら、すごく嫌だね!」
図星をつかれたデュークスは、余計な事まで喋っている。
「ははは、そんな心配はしなくていい。僕はあくまで、医者として助けたいんだ」
「何でだよ。見返りを求めたって、何もできないぞ」
「見返りなんて。目の前に怪我人や病人がいたら、助けたいと思うのは当然の事さ。そりゃあ研究者でもあるから、調べさせてほしいと思う気もないといえば嘘になるけど」
「ほらみろ!」
「それでも、君達が嫌がる事なんてしないよ。喉を見せてもらうのだって、口を開けてもらうだけなんだから。服も脱がせないし、いかがわしい事なんて何も」
そう言われて、デュークスは想像した。
想像の中のヘングリーは、エミリッタの口を無理やり開かせ、中が見やすいようにと舌の上に指を乗せている。
想像の中でもその光景は、いかがわしく思えた。
「口の中を見せるのも、なんか嫌だ。俺だってじっくり見た事ないのに!」
「分かった。じゃあ君が先に見ればいい」
「……えっ?」
「僕が先に見るのが嫌なら、君が先に見ればいいよ。その後、僕に見せてくれればいい。何なら、僕が見る時は君も一緒にいればいいじゃないか」
自分で言ってしまった手前、否定する理由もなかった。
「まぁ、それなら……?」
「なら早速。そうだ、宿に泊まろう。個室でじっくり見ればいいよ。部屋はちゃんと別で取るから!」
「そ、それはいらない!」
断ったデュークスだったが、ヘングリーはどんどん話を進めていく。
勝手に宿を取り、デュークスとエミリッタを同じ部屋へ押し込んだ。
「じゃ、ごゆっくりー!」
「ちょ、ちょっと!」
デュークスが扉を開けようとするも、全然開く事はなく。どうやら外側から鍵がかけられているようだった。
エミリッタは戸惑いつつも、少し照れている。
そんな彼女を見て、デュークスも照れた。
「ど、どうしましょうね……?」
はたして新婚の二人が、口の中を見せるだけで済むのだろうか。




