覚えてないよ、えっちゃん
「お兄ちゃん!」
「マナ」
デュークス達の元へ、グラスに乗ったマナが来た。彼らの前に降りたマナは、いつも通りの兄の姿に安堵する。
「デュークスお兄ちゃんてば、急に黒い竜に変身したかと思ったら、いきなり暴れ出すんだもん! マフィアの人がもう大丈夫って言うから来たけど、本当に大丈夫?!」
「俺暴れてたの!?」
全く身に覚えがないデュークスだが、妹が嘘をつくとも思えず。
エミリッタの肩を掴み、まず彼女の心配をする。
「俺えっちゃんに怪我とかさせてない!? 噛んだりした!?」
エミリッタは首を左右に振った。
変に触られたりはしたが、そこは許してあげようと思っていた。
ひとまず安心したデュークスの元へ、ロンがやってくる。
「戻ったぁ?」
「戻ったって、やっぱり暴れてたのか」
「うん。俺とウミちゃんで止めた。感謝してよね」
「それはありがと……何か腹痛いんだけど」
着ていたシャツをめくると、腹にミミズ腫れのような傷が出来ていた。
だがロンは悪びれる様子を見せない。
「止めたんだから感謝してよね」
「まぁ、それは、仕方ない……」
腑に落ちなかったデュークスだが、そこは諦めた。
「というか、暴れてたのかって何。覚えてないの?」
「うん。綺麗さっぱり覚えてない」
「……本当に? 何にも?」
「悪いけど、何にも」
ロンは何かに気づいたという顔で、エミリッタを見た。
「そういう事か……!」
「そういう事って、何が?」
デュークスに問われ、ロンは眉を八の字にさせる。まるで、気づいた事を言いたくないようだった。
「言ったでしょ、知らない方が幸せ」
「気になるじゃん」
「気にするなよ。それより、あの黒い石取った奴らをどうにかした方がいいんじゃない?」
ロンの言う事も最もだと思ったデュークスは、周囲を見渡している。
「そうだ、シャード兄とあの女の子は」
だが近くにクラルの姿は見当たらなかった。
エミリッタはシャードの事を考え、怯えている。自分は本当に何かしてしまったのか、と。
デュークスは彼女が墓荒らしという存在に怯えているのだろうと思い、エミリッタの頭を撫でた。
「えっちゃん達と同じ服を着てたし、きっとこの学園から出られないはず。また見つけられるよな」
エミリッタは頷くも、その表情は暗かった。
「あのさ、それ多分大丈夫」
そう口を開いたのは、意外な事にマナだった。
「大丈夫って、何が」
「さっきマフィアの人に避難してなって言われたから、グラスさんと一緒に建物の裏にいたの。そしたら、あの子がいてね。話をしたら、何とか分かってくれたって言うか。もう少しで来ると思うよ」
その時。クラルがゼーゼー言いながら走って来た。その足元では、星形の石を持った手首も並列して動いている。
「待ってぇ……ひー……」
「本当に来た!」
一息ついたクラルは、気まずそうに喋り始める。
「あ、どうも……話は聞きました。お墓荒らしたっていうか、嫌がらせでやった訳じゃあないんですけど」
「嫌がらせじゃなく墓を荒らす意味って何だ!」
デュークスに怒られたと思ったのか、クラルは涙目で訴える。
「ひぇっ! それは、その、お友達が欲しかっただけなのに、どうしてダメなんですかぁ~~……」
予想外の言葉に、デュークスは目を点にした。
「お友達が欲しかっただけ……?」
「人間のお友達なんて出来ないから、死体なら友達になってくれるかなって……」
「発想が斜め上すぎない?」
クラルとは話していても目が合わない。彼女は目を合わせて話すのが苦手のようだ。
「成功したのが彼だけだったから、荒らしたような形になっちゃったんですけどぉ」
「何でシャード兄だけ……」
「死体にも嫌われるって事ですかね、私なんてゴミですから……」
「そこまで卑下せずとも……あ」
土の中から出てきたシャードが、クラルの頭に手を乗せる。それ以上の動きはしなかったが、それだけでデュークスは理解した。
「分かった。クラル、シャード兄の好みなんだ」
クラルは理解出来ていないようで、頭の上にハテナを浮かべている。
「好みって……?」
「女の子として好かれてるんでしょ。そう言えばシャード兄、昔から黒髪の子とか大人しい子とか好きだったよ」
ようやく理解したのか、クラルは顔を赤くさせていた。
「いや、そんな、えぇ?!」
兄の恋路など気まずくて仕方ない。
デュークスはすぐに話を変える。
「まぁシャード兄の事はともかく。友達になるくらい、俺達だって出来るけど」
「へぇ!?」
「えっちゃんだって、友達にくらいなってくれると思うよ」
エミリッタはクラルに、にこりと微笑む。
クラルも余程嬉しかったのか、目に涙まで浮かべている。
「ほ、本当ですかぁ……!?」
「ただし、ちゃんと墓を荒らした事は謝ってくれよな。謝れてこそ友達!」
「た、確かに。悪気はなかったんだけど、その、ごめんなさいでした」
クラルは深々と頭を下げた。よっぽど友達が欲しいようだ。
「まぁ良いでしょ。えっちゃんも許してあげてくれる?」
エミリッタは笑顔のまま頷いた。
冷たい目でエミリッタを見ているのは、シャードだけだった。
シャードは突然、両腕を上げる。
かと思いきや。
またエミリッタの首を絞めた。
「なっ、離せっ!」
今度はデュークスがシャードの腹を殴る。クラルのとは違い、力強い拳だった。
シャードが操られていると思ったデュークスは、クラルに怒りをぶつけた。
「おい、何でこんな事を! 友達の友達は友達だろ!」
「私じゃないんですよぉ! ちょっと動けるようにしてあげただけで、思考回路は個人のものですしぃ……昨日だってその子の首絞めてたから、よっぽど何かしたのかも? みたいな」
「シャード兄が自分の意思でえっちゃんの首絞めたって? えっちゃんが嫌われるような事、するわけない」
「でもぉ」
エミリッタは怯えている。自分が一体、何をしたのか、と。
その時、建物の中から数人の男が出てきた。
「いたぞ、あの竜だ! 門を壊したのは!」
「竜と一緒に居た女! 課題を受けろ!」
男達はグラスとマナを指さしている。
デュークスはグラスを見た。
「門を壊したって、あれグラスがやったのか!?」
『あの手を追いかけるため、やむを得ず破壊した』
申し訳なさそうにしているグラスだが、謝っただけで許してもらえるとも思えなかった。
マナは課題を受ければ許されるとしても、グラスは下手したら捕らえられてしまうかもしれない。
「ひとまず逃げた方が良いんじゃないか? 墓荒らし問題は、ひとまず解決したし。シャード兄の石も、悪用されなきゃシャード兄が持ってた方が良い気もするし」
マナはシャードの持つ石を見た。自分よりマフィアより、持ち主が持っている方が良いと判断し。
「分かった!」
『すまない、後は頼んだ』
再びグラスの背中に乗って、学園から逃げ去った。普通に出て行ったグラス達を見て、男達は驚いていた。
「出て行ったらセンサーが反応するはずなのに……門が壊れてるから、出て行けるようになってる……?」
「逃げるなら今の内だぁ!」
今なら殺されずに出て行けると、男達は急いで逃げていく。
それを見たデュークスも、ある事に気づき。
エミリッタの手首を掴んだ。
「じゃあ、俺達も逃げられるって事か!」




