(デュークス、止めなくちゃ!)
エミリッタはフェルロットから文字を教わっていた。
最初こそ苦戦したものの、練習の甲斐あって簡単な文字なら理解出来るようにまで成長した。
エミリッタが文字の勉強を始めたのは、課題を解いていくためだけではなかった。
彼女はフェルロット経由で、デュークスから「愛してる」という伝言を受け取っていた。
直接言ってほしかったという思いはあるが、嬉しかったことに違いなく。
喋る事の出来ない彼女は、返事をするためにラブレターを書こうとしていた。
課題の合間を見て、自分の気持ちを形にしていく。
あまり上手とは言えない字だが、心を込めて書いた。デュークスだって同じ課題を行っているのだから、そこまで難しくない言葉なら読めるようになってるだろう。そんな期待を前提に書いている。
「エミリッタさんもだいぶ上達されましたね。今まではアンナさんの面倒を見るので手一杯でしたが、これからは精一杯サポートさせていただきます」
口を動かして、「ありがとう」を伝える。
「これも課題ですから。エミリッタさんは脱走しない分、助かります」
フェルロットはエミリッタの隣に座るウミを見ながら言った。
ウミは居心地の悪そうな顔で、フェルロットに顔を向ける。
「許してほしい。私はロンの所有物だから、まずはロンの言う事を聞かなければならないと判断した」
「所有物という表現はいただけませんが、好きな方とお話されたいという事なら理解できます」
「好きな方……というのはよく分からないが、ロンにはもっと本音で話してほしい」
「あら、よく分からないんですか? 共にいて嬉しいとか、て、手を繋ぎたいとか、そういった感情は?」
「分からない。ロンと共にいるのは当たり前だし、手を繋げと言われたら私に拒否権はない」
「無自覚という事でしょうか……?」
恋バナにしては甘さがなく、堅苦しい。フェルロットも困った顔をしている。
突然、ウミが立ち上がった。
「ウミさん?」
エミリッタも不思議そうにウミを見つめている。
「何かが来る」
ウミが告げた通り、外から音が聞こえてきた。何かがぶつかったような、大きな音だった。
ウミは音の確認をしようとしたのか、窓を開けた。その瞬間、強い風が吹いた。
窓の外に、竜の姿があった。
赤い竜のデュークスとよく似た姿の、黒い竜。ただ翼が大きく、重い体でも軽々しく飛んでいるようだった。
見た事はない。けど、どうしてか見た事があるような気がした。竜は雄叫びをを上げると、すぐに上空へと飛んで行ってしまった。
フェルロットは生まれて初めて竜を見たのか、酷く怯えている様子だった。
「何です、あの竜は……!」
逆にウミは、冷静に窓の外を見ている。
「フェルロット。他の人に避難するように言って欲しい。多分、ロンもそうしている」
「う、ウミさんは」
「……多分、ロンは行ってる。だから私も行ってくる」
ウミはそう言って、窓から飛び降りた。
「あんな竜の元へ行くなんて……エミリッタさん、避難しましょう。今、外へ出るのは危険です」
そう言われたエミリッタだったが、なんだかあの竜が気になって。
「エミリッタさん!」
フェルロットの制止の声に罪悪感を抱きながらも、部屋を飛び出した。
外へ出たエミリッタは、ひとまずウミを追いかけた。この学園へ来たときに入ってきた、門の前に到着する。
何故か壊れた門の前には、暴れるように飛ぶ黒い竜と、それをただ見つめるロンの姿があった。
「ロン」
「ウミちゃん……会いたかったよ、こんな形では会いたくなかったけどね」
ウミに気づいたロンは、その後ろを走ってきたエミリッタにも気づく。
「デュークスくんの彼女じゃん。あれどうにかならない?」
ロンは苦い顔をしながら、黒い竜を指さす。
やはりあれは、デュークスなのか。エミリッタはどこか納得していた。
デュークスは苦しんでいるのか、乱雑に飛んでは壁に体当たりしている。
ロンは手に持っていたペンを握りしめた。
「って言っても、ただの女の子に竜止めろとか無茶か。ウミちゃん、大した武器もないけどいけそう?」
「問題ない。殺す?」
「正気に戻れば問題ないし、殺す程じゃないかな。とりあえず止めよう」
「御意」
マフィア二人は黒い竜を追いかけた。
エミリッタも同じように、追いかけようとした。
あれがデュークスなら、自分も、自分が、止めなければ。そう思って。
走り出そうとして、走れなかった。
足首を誰かに掴まれている。
足元を見ると、地面から生えるように人が現れる。
気づいた時には、目の前にシャードが立っていた。
エミリッタはシャードを見た瞬間、時々夢に見る、あの声を思い出した。しかも今日は、前よりも鮮明に。
『エミリッタ! ―に―――んだ、止めろ!』
やめろ? やめろって何のこと?
そう考えていたエミリッタは、突然、シャードに首を絞められた。
苦しみのあまり、もがきはするも。シャードの力はあまりにも強く、なかなか振りほどけない。
骨を奪われたという事は、もしや誰かに操られているのか。
それとも……シャードに対して、嫌われるような事でもしてしまったのだろうか。
覚えはない。思い出せない。ただ今は、苦しかった。
「うぉおおおおおお!? 急にどっか行ったと思ったら、何してんの、何してんのぉ!? 女の子襲っちゃダメだよぉぉお!?」
そう言ったクラルは、シャードの脇腹をペチペチと叩く。
シャードが手を離した。エミリッタはすぐに息を整え、クラルを見た。
墓荒らしの少女の特徴と、よく似ていると思った。
だが彼女はかなりオドオドしていて、とてもじゃないが墓を荒らしたようには見えない。
シャードはクラルの頭に、自身の頭を乗せる。寄り掛かっているようだ。
「よーしよーし、大人しくねぇ……でも頭乗せないでぇ……」
シャードを大人しくさせたクラルは、エミリッタと目が合った。だがすぐに逸らし、気まずそうに言った。
「あっ、その、へへ……ごめんねぇ……?」
謝られたエミリッタは、彼女を怪しんだ。
シャードの懐きっぷりを見ると、彼女が操っているのか? とは思ったが。
その割に、悪気があるようには思えない。嫌がらせのために墓を荒らしたようにも見えなかった。
「あの訳分かんない竜も怖いし、お部屋戻ろうねぇ」
クラルはシャードを連れて、建物の中へ入って行ってしまった。
追いかけようかと考えたエミリッタだったが、背後では再び大きな音が聞こえてきた。デュークスが苦しんでいるのかと気づく。それなら。
まずはデュークスの元へ行かなければと、彼女は急ぐ。




