海賊と戦うよ、えっちゃん
金色の髪をカントリースタイルのツインテールにしている少女。白いシャツの上に茶色のベストを羽織り、紅色のミニスカートを履いている。
その後ろには、半開きの目の男が立っていた。歳はデュークスと同じ位だろうか。膝が隠れる程大きいサイズの、モスグリーン色をしたシャツ。その下にベージュのスキニーパンツを履いてはいるが、ぱっと見ワンピースを着ているようだ。左耳に付けた銀色のピアスが光る。
「お嬢、寄り道してるとまた怒られるよ」
「寄り道じゃないわよ、失礼ね」
お嬢と呼ばれているという事は、金持ちだろうか。
旅の資金を期待したデュークスだが、あいにく今は売れるようなものは何も持ってない。
「宝石屋っていうかアクセサリー売りだよ。門番さんに売ったのと同じのはないけど、他にも良いのはいっぱいある。ただ今は宿屋に置いてきちゃったから、売れるようなもんは何も持ってないんだよね。宿屋まで一緒に来てくれれば売れるけど」
「そう。なら、その石でいいわ。それちょーだい」
少女はそう言って、デュークスが胸元につけている石を指さした。
「これは非売品。それに、もっとかわいいのが他にあるからさ」
少女はデュークスの隣に立ち、彼の右腕に抱きつく。胸を押し付けて、上目遣いで甘い声を出した。
「宝石屋のおにーさぁん、アンナもネックレス欲しいなぁ」
「うん? 非売品なんだってば」
「欲・し・い・なー」
「ダメなもんはダメだって。あと離れてくれる?」
ムスッとした表情になった少女は、ほんの少し声を低くした。
「……違うんだけど」
「は?」
「欲しいっつってんでしょ!? おっぱい触らせてあげてんだから寄越しなさいよ!」
「いやいやお客さん、これは押し付けられてるって言うんだよ。そしてこれはどうしても売れません」
歯を食いしばった少女は、後ろにいた男に顔を向ける。
「ちょっとハンス! 話が違うじゃない、この男おっぱい押し当てても言う事聞いてくれないんだけど。おっぱいを前にすれば男は皆ひれ伏すって、ハンスが言ったのよ?!」
「コイツがどうかしてるんだろうね。でもお嬢、あんまり外で押し付けると危険になる場合もあるから。っていうかオレにすればいいよ。ソイツからは離れなー?」
「何でよ。あんまり過激な事するのは嫌だけど、押し当てるぐらい減るもんじゃあるまい。それでお宝が手に入るなら安いもんだわ。ハンスのお金は既にアンナのものだから奪っても意味ないし。コイツから宝石を奪えるまでは離れない!」
「うーん、ちょっと教え方間違えたなー」
目の前で喧嘩を始める二人に少し戸惑うデュークスだったが、まずはなだめようと試みる。
「まぁまぁ。なんだかよく分からないけど、とりあえず離れて。えっちゃんに見られたら誤解されちゃう」
「えっちゃん? あぁ、そこの女ね」
少女の目線の先を見ると、エミリッタが戻って来ていた。抱きつかれたままのデュークスからしてみれば、浮気現場とも言えなくもない。少女を振り払うようにして離れ、エミリッタの両肩を掴んだ。
「違うんだえっちゃん、俺は尻派だ。柔らかい乳に惑わされたりしていない」
本人としては真剣なフォローのつもりである。
だがエミリッタはデュークスが誰とイチャついているかよりも、自分の胸のサイズを気にしているらしい。何度も少女と自分の胸を見比べている。
金髪の少女は両腕を胸の下で組んで、わざと大きく見せつけた。
「そんな事言って。本当は嬉しいんでしょう?」
「確かに嫌いとは言わないが、俺はえっちゃんの尻の方が好きだね!」
「アンタ、それ発言としては最低よ?」
「いいから離れて!」
ムッとした様子の少女は、デュークスを睨みつけてエミリッタを指さした。
「アンナの方がおっぱい大きいのに! 何よそんな女、見るからにペッタンコじゃない!」
エミリッタは見るからにショックを受けていた。
それに気づいたデュークスは、代わりに怒った。
「失礼な事を言うな! それに、えっちゃんはペッタンコとは言えない。なんたってえっちゃんは、寄せて上げて頑張ればBカップになるんだからな!」
代理の者が優れているとは限らない。エミリッタは顔を真っ赤にさせて、デュークスを叩いた。
半目の男は眉間にシワを寄せ、エミリッタの胸元を見ながらデュークスに問う。
「なんでそんな詳しく知ってんの? 付き合ってんの?」
「違う。昔すごくどうでもいい事で喧嘩してな、愚かな俺はえっちゃんに『優しさもおっぱいもない』と言ってしまった。それに対しての返しが『寄せて上げて頑張ればBカップはあるもん……っ!』だった。その小さな頑張りを考えたらあまりにも健気すぎて、全てを許した。俺から謝った。それ以降どんなに喧嘩しても、でもえっちゃん寄せて上げて頑張ってBカップにしてるんだよなって思ったら些細な事は全て許せるように」
エミリッタは恥ずかしいのか、両手でデュークスの口を押さえた。
少女――アンナは怒りながらデュークスから離れた。
「意味分かんない。ハンス、ムカつくからどうにかして!」
「まったく、うるさいなぁお嬢は――もうやってますよ」
ハンスと呼ばれた半目の男は、いつの間にかデュークスの背後に回り。
右手に持った小刀で、デュークスがつけたネックレスの紐部分を切り。左手で石を掴んだ。
「褒めてやるわ! じゃ、帰るわよ!」
「命令しないでもらえますー?」
そう言いながら、二人はデュークスの石を奪ったまま逃走した。
デュークスの顔から笑みが消える。彼は思い出していた……里が襲われた時の事を。
よりによって石を奪っていくなんて。
「アイツらぁっ……!」
デュークスはエミリッタの手首を掴んで、勢いよく走りだす。
追いかけてやって来たのは、大きな帆船の前だった。海面の少し上にはいくつもの大砲の口が見えており、船首には人間の頭蓋骨のような飾りが三つ付けられている。
エミリッタはその船が、周りにある船と見比べて明らかにおかしい事に気づいた。デュークスの服の裾を掴み、足を止める。
だがデュークスは全く気付いておらず、エミリッタの手を引いてどんどん進んで行く。八の字にさせたエミリッタは、デュークスに引っ張られながら船へと乗り込んだ。
甲板の上に立ったデュークスは、改めて船の広さに驚く。クジラの背くらいあるのではないか、そう思う程大きかった。
「あら、追いかけてきちゃったの? 人の船に勝手に乗り込むなんて、不法侵入だわ」
「泥棒に言われたくない。俺の石返せ」
「嫌よ。これはもうアンナのだもの」
「返すまでここにいる」
「そう、どうでもいいわ」
船のあちこちから複数の男達が顔を出した。
アンナは男達に命令する。
「アンナの事をバカにした奴らよ、可愛がってあげて頂戴。あと椅子と帽子持って来て」
男達はデュークスを取り囲む。奴らの目つきは、あきらかにデュークス達を見下すものだった。
エミリッタが心配そうにデュークスを見つめる。
「えっちゃん、ちょっと離れてて」
自分が戦力にならないと理解しているのだろう。エミリッタは悲し気な表情で船の先端に逃げた。
デュークスはアンナを睨みつけた。
「これ、もしかしなくとも歓迎されてない感じだな」
男達が用意した大き目の椅子に座ったアンナは、同じように男達が持ってきた海賊帽子をかぶる。少しサイズが大きいのか、帽子は斜めに傾いた。
「歓迎なんてする訳ないじゃない。アンナ達は……アリシア海賊団、っていえば分かるかしら」
「アリシア海賊団……!? えっちゃん、知ってる?」
エミリッタは首を左右に振った。それを見たデュークスはアンナを鼻で笑う。
「俺より物知りなえっちゃんが知らないんじゃあ大した事ねぇな!」
「偉そうに言うんじゃないわよ! もうぜっーったい許さないんだから。いくわよ、野郎共!」
アンナの声を合図にして。
男達は一斉に、デュークス目掛けて襲い掛かる。
デュークスは立ち向かって来た一人の顔を殴った。 相手がよろけた隙に短剣を奪い取り、真っ先にアンナ を狙う。
だがデュークスの相手をしたのは、アンナではなく。アンナの前に横入りするように現れた厳つい顔の男だった。短剣と短剣の重なり合う音が響く。
安全な位置から動かないアンナは、デュークスを鼻で笑った。
「あら、いきなり女を狙うなんて卑怯は男ね」
「攻撃するのに男も女もないだろ」
デュークスはアンナへ、男越しに言った。アンナもまた男越しに言葉を返す。
「残念ね。アンナ達は自分の正義を貫くためなら刃物でも銃口でも向けろって教わってるの」
「そうか。じゃあこっちも、牙を向けさせてもらおうか」
「出来るものならやってみなさいよ」
フッと笑ったデュークスは短剣を放り投げる。斜めに落ちた短剣は、回転しながら床に落ちた。
船員とアンナが短剣の行先に目を向けていた隙を見逃さずに、デュークスは目の前にいる男に蹴りを入れる。厳つい顔の男は後ろに吹き飛ばされ、アンナは右へ避けた。
デュークスはアンナが持っていた石を奪い返すと、その内の青い石を掴む。
「本当は里以外で変身なんかしたら、ばーちゃんに怒られるんだろうけど。えっちゃんが危険なんだからきっと許してくれるよな。忠告はしたからな、いくぜ」
口を大きく開けたデュークスは、青色の石を齧った。
カチンっ、石に歯が当たった音が響いて。それと同時に、眩い光を放った。海賊たちが目を開けていられない程の光は、辺りを一瞬で真っ白にする。
「な、なに!?」
アンナが次に目を開けた瞬間、目の前にいたはずのデュークスは消えていた。その代わりに。
今までなかったはずの黒い影が、月明かりに照らされていた甲板の上を暗くさせた。
アンナは影の正体を見るべく、海の方へ目を向ける。
「……は?」
船の真横には信じがたいものが浮いていた。
顔の右側に縦線の傷が入った、首の長い竜。全長は船よりも大きく、体より小さな顔でさえ人間二、三人を横に並べたのと同じ位の大きさだった。海よりも鮮やかな青色の鱗が、びっしりと体を覆っている。
「まさかアイツ……龍竜族か!?」
船員の一人が、戸惑う様子で言った。