婚約者だってよ、えっちゃん
「婚約者って」
「お前にとってのヒンさんだ」
「は!? 命を捧げても良いくらい大切な存在って事!?」
「そこまで考えた事なかったわ」
ハンスは気まずそうにしながらも、デュークスの隣に立った。
「えっ、でもハンス、アンナは!?」
「あらお兄様、もう別の女性に手を出されていたのですね」
元婚約者だというフェルロットだが、悲しそうな顔をする訳でもなく、悔しそうな顔をする訳でもなく。無表情だった。
逆にハンスは真面目な顔になっている。
「手を出してもいいと思える乳が現れたからな」
「真面目な顔して最悪な事言ってる……。とにかく、浮気はダメだろ」
「浮気はしてない。そもそもアイツが、オレの事好きじゃなかった」
ハンスに指さされたフェルロットは、プイと顔を背ける。
「お兄様のような女性を胸で判断するような男、誰が好きになるんですか」
「ほら見ろ」
結局ハンスが悪いのでは? と思ったデュークスだったが、それ以上に聞きたい事を聞いてみる。
「何で好き合ってないのに結婚する約束なんてしてたんだ……?」
「単純に、親が勝手に決めたやつ」
エミリッタの祖母に、エミリッタと番になれと言われたようなものだろうか? と、デュークスの疑問は深まるばかりだった。自分達は愛し合っているから、なおさら理解出来ずにいる。
フェルロットは到底好意のなさそうな顔でハンスを見た。
「二度と会わないものだと思ってました」
「オレもその気だったし、そもそもお前らが入学するのが今年だと思ってなかったしな」
一人だけ話についていけないデュークスは、ハンスに問いかけた。
「どういう事?」
「オレ達の家、古めかしい伝統で一定の歳になったらこの学園に入れられる事になってたんだよ。オレも昔、入れられてた事があって」
「それで色々知ってたのか……脱出口とかないの?」
「それはない。何度も試したけど無理だった。問題解く方が早かった」
「試しはしたのか」
ならば卒業証書を貰うまで逃げる事は出来ないのかと思ったデュークスだったが、ふと、空飛んで逃げることも可能なのでは? とも気づく。
フェルロットが呆れた様子でため息を吐いた。
「そうですよ。学園から帰って来たかと思えば、家にあったお宝を壊しご両親に勘当され出て行ったんです」
「親不孝め。でもお宝って、実はハンス、結構な金持ちのボンボンってこと?」
ハンスは目を逸らした。
「その方が色々都合が良かったんだよ。堅苦しい家を継ぐとか嫌だったし。それよかフェルロット。黒髪に赤目の女、知らない?」
話を続けたくなかったのか、ハンスは墓荒らしの犯人について聞き出していた。
シャルロットは怪訝な顔でハンスに問う。
「知ってますけど……何です。お兄様の新しい恋人は、その方なのですか?」
「そんな訳ない。墓荒らし疑惑があるんだよ」
「まぁ!」
知り合いが墓を荒らしたと思ったのか、シャルロットは顔色を青くさせている。
デュークスも、ハンスの話より墓荒らしの話の方がよっぽど興味があり。自分達がこの学園に来た経緯を説明した。
「事情は分かりました。規則のため難しいとは思いますが……顔合わせの場を設けさせるよう、学園側に相談してみます」
「本当に!?」
「墓荒らしだなんて、学園の品位に関わりますからね。本当なのであれば、罰さなければなりません。それはそれとして、いつまでここにいるつもりですか、早く帰って下さいまし!」
シャルロットは猫を追い払うかのように手を動かして、デュークス達に出て行くように言う。
「ヒンさんに会うって目的は達成できたんだし。ひとまず戻って課題するぞ」
「やっぱり課題するしかない? 空飛んじゃダメかな」
デュークスの言葉を聞いたシャルロットが、不思議そうな顔で見つめている。
「空を飛ぶ……とは?」
「何でもない!」
ハンスに引っ張られて、自分達の部屋へと戻る。彼女の前で空を飛べる話をしたら、俺の石を回収されかねない。そう気づいたデュークスは、いざという時まで内緒にしておく事にした。
デュークス達が部屋に戻ると、ロンが課題から目を離さず声をかけてくる。
「ウミちゃんに変な事してないだろうね」
「してないけど、変な事なら言われた」
「ウミちゃんが変な事言う訳ないだろ。いや、自分が物だとかなら言うかな」
「うん。あとロンに優しくしろって」
変な事というのが自分の話だとは思っていなかったようで、ロンは眉を潜めながら顔を上げた。
「意味が分からない」
「俺も。ロンの方が変な奴だと思ってたけど、ウミもなかなか変わってるよな」
ロンはようやく、デュークスに顔を向ける。
「お前らに変と言われる筋合いはない。ウミちゃんが変わってるのも否定はしないが、その辺ひっくるめてかわいいんだよ!」
そこまで言って、ロンはハッとした表情になっていた。怒りのせいでつい言ってしまった、というのが見て分かった。
マフィアと言えど男同士、好きな女の子がいるなら尚更。デュークスはにんまり笑った。
「何でそんなに怒るの? 実際のところ、どうなの? 物じゃなくて普通に人として見てるの? かわいいって思ってるの?」
言い訳出来ないと感じたのか、ロンは顔を赤くさせて話し始めた。
「普通に見てるっての! 物扱いしてるのだって、人質として利用されたら困るからだし。なんなら二人きりの時とかは普通に口説いたりしてるから! 物に口説く訳ねぇと思われてて、全然進展しないのどうすればいいと思う!?」
「日頃の行いを改めるべきだとは思う」
デュークスはロンの事を、少し哀れに思っていた。龍竜族を殺そうとするのさえ止めてくれれば、普通に協力してやっても良いとまで思い始めている。
その時、ハンスに似た男が部屋の中へ入って来る。ハンスは再びデュークスの背後に隠れるも、男は覗き込むようにしてハンスと顔を合わせた。
「バレたらしいですね、兄さん」
「気づいてたのか……」
「気づかないふりをしてあげてたんですよ」
デュークスはハンスに似た男の顔をじっくりと見た。
「コイツも婚約者か」
「そんな訳ないだろ。弟のシリウスだ」
ハンスの弟だというシリウスは、デュークスに深々と頭を下げる。
「愚兄がご迷惑をお掛けしております」
「これはどうも」
デュークスも深々と頭を下げた。
愚兄と言われ、ハンスは口を尖らせていた。
「愚兄とは失礼な。というか、それだけ言いに来たのか?」
「そんな訳ないでしょう。実技の課題の知らせを持ってきたのと、フェルロットに伝言を頼まれたので持ってきただけです」
デュークスはシリウスの言葉が聞き捨てならなかった。伝言を頼まれたという事は、会話をしたという事ではないかと判断したのである。
「男女の接触禁止じゃないのか?」
「学園の教員たちを通してですよ。墓荒らし疑惑のある者にも、後で話を聞いてみるとの事です」
「こっちの話だけじゃダメって事ね。俺らも信用されてないのか」
「まぁ、そういう事です」
シリウスは、しれっと答えた。
仕方がないと思ったデュークスは、せめて後から役立つように、墓荒らしについて聞き出そうと試みる。
「その子ってどんな子? 墓を荒らしたりする乱暴な子?」
「話を聞いた感じ、乱暴ではなさそうですけどね。人と話すのが苦手らしいです」
「俺とは真逆のタイプか」
「あとは石を集めてるみたいですけど」
「石が好きなのか? 変わってるな。でもそれなら、その辺に落ちてる石でも拾って来れば仲良くなれるかもしれない。そうしたら罪を認めて、謝ってくれるかも」
「残念ながら、この学園に無駄な石なんて落ちてませんよ」
ハンスはデュークスの胸元にある石を指さした。
「その石、一個あげれば? 仲良くなって墓荒らした事も謝ってくれるかもよ?」
「俺が石を上げる女の子は、えっちゃんだけだから」
デュークスは石を守るように握り締める。
シリウスが首を傾げた。
「だったら、作ったものを贈られては?」




