会いに行くよ、えっちゃん
その時、部屋の扉がガチャリと音を立てた。
扉を開けて入って来たのは、ハンスと似た顔の男だった。男は数枚の紙と三本のペン、畳まれた服を持っている。
ハンスは再び、デュークスの背中に隠れた。
「そうか今年だったか……」
ハンスの呟きを聞き取ったデュークスは、背中に向かって話しかけた。
「今年って? さっきから何してんの?」
「しっ!」
部屋に入って来た男は、ハンスの行動を気にすることなく。ロンに紙と服をまとめて手渡す。
「課題の時間です。この問題を解いて下さい」
「問題……?」
「頃合いを見て戻ってきます。それから、こちらの制服に着替えておいてください。失礼します」
男は頭を下げると、部屋から出て行こうとしていた。デュークスは慌てて男を引き留める。
「あぁ待って、せめてえっちゃ……俺達と一緒にいた彼女達がどうなったかだけでも知りたい!」
「課題に関係のない質問にはお答え出来ません」
「あと赤目に黒髪の女がいるかも!」
「全然どうなったかだけでもじゃあないな……この学園内にいる間は、恋人であろうと何であろうと男女の接触は禁止です。それでは」
男はそう言うと、今度こそ出て行ってしまった。
ロンはデュークス達に紙と服を手渡すと、自分の分の洋服に着替え始めた。
「大人しく過ごしておけば卒業証書が貰えるって訳ね。めんどーい」
渡されたのは白いワイシャツに紺色のネクタイとパンツ、黒いフード付きのコート。三人そろって、同じ服が用意されていた。
着替えるのが面倒なデュークスは、苦い顔をしている。
「これ着替えなきゃダメかなぁ」
「着替えないと卒業証書もらえないと思う」
仕方なさそうに着替えるハンスを見て、デュークスも渋々服を脱いだ。
「これ着ないだけでそんなペナルティになるのか……」
デュークスが着替えている間に、ロンは紙に目を向けていた。
「はいはい、まずは普通の読み書きさえ出来ればいい感じね。ある意味、楽だけど」
ロンはそう言って、床に座り込み。ペンで答えを書き始めた。
デュークスも渡された紙に目を通す。文字が書いてあるようだが、デュークスは全く読めなかった。
「ハンス! ヤバイ! まず問題が読めない!」
「案ずるな。オレが解く。その方が早い」
ハンスもその場に座り込み、一人で二枚分の問題を解き始めた。
「俺だけ何もしないの、すごく心苦しいんだけど?!」
「この後、体力面での課題がある。お前はその時動いて」
「それなら……って、何で知ってるんだ?」
「内緒」
ハンスの言う事は分からなかったデュークスだが、ひとまずは信じてみようとその場に座り込み。大人しく過ごす事にする。
かと言って、他に何かする事がある訳でもなく。
自分で問題を解いていくロンを見て、関心するくらいしかやる事がなかった。
「ロン、頭良いんだなぁ」
「まぁね。おれも早く出て行かないと、ボスが心配して探しに来ちゃうかもだし。ここでマフィアと乱闘騒ぎになったら面倒でしょ? だから大人しくしておく方が良いよねって思って」
「それはそうかもしれない……今、おれって言った?」
「あぁ、もうお前らしかいないからね。別にいいやと思って。一人称おれっちの方が変わってるように見えるでしょ?」
「実際、変わってるだろ」
「さぁて。どうだろうねぇ。とりあえず、邪魔しなーいで」
ロンの疑問を抱きつつも、邪魔するのもよくないなとデュークスは口を閉じた。
紙に向き合っていたハンスが、何かを思い出したかのように顔を上げた。
「そうだデュークス。さっきの男が来たら、言ってほしい事があるんだけど」
「任せろ、話術は得意だ」
「寝る間も惜しんで問題解くから、オレ達の課題全部いっぺんに持って来いって」
「分かっ……寝る間も惜しんで!?」
「そうしないと三日で帰れないぞ。正直、寝る間も惜しんで最低一週間かかる課題だからな。問題も難しくなってくるし、ゆっくりやれば一年以上かかるんだよ」
「それを三日でやろうとしてるの?」
「命がかかってるからな。課題もらったらオレが解いて行くから。そうしたらお前も自分の分やれよ。オレのを書き写すくらいは出来るだろ」
恐ろしい場所に来てしまったと、デュークスは改めて実感する。
しばらくして、ハンス似の男が戻って来た。デュークスはハンスに言われた通りのセリフを言う。
「頼みがある。課題全部持って来てほしい!」
ハンスに似た男は少し間をあけて、仕方なさそうに答えた。
「まぁ良いでしょう。あなた方に寝泊まりしていただく部屋へお連れ致します。全ての課題は、そこにご用意しましょう」
「質問! そこに女の子はいる!?」
「いません」
バッサリと切り捨てられてしまったデュークスは、それ以上何も言えなくなってしまった。
男に連れられ、窓のついた部屋へと移動した三人。机やベッドはあるが、それ以外は何もないシンプルな部屋だった。
今度はそれぞれ、机の前に置かれた硬い椅子に座り。ハンスとロンは男が置いて行った大量の課題をひたすらにこなす。デュークスはハンスの解いた問題を見様見真似で書き写していく。
三十分くらい経ったところで、デュークスはペンを投げた。
「もう嫌だ! こんなの監獄じゃないか!」
「ぶっちゃけ団長さえ怒らなければ、こんなに急ぐ事ないんだよね」
「じゃあハンスのせいじゃん! えっちゃんが寂しがって泣いてるかもしれない!」
「ヒンさん、そんな理由で泣かないだろ」
せめてエミリッタがどこにいるかだけでも把握できないかと、部屋の窓を開けた。夕焼け空が見えると思った、その時だ。
「ロン!」
窓の外から、ウミが顔を出してきた。彼女も着替えをするように言われたのか、白いブラウスに赤チェックのスカートを履いている。
「ウミちゃん?! 何で……」
「私はロンの所有物だから、離れたらいけないと思って……」
驚いていたロンだったが、すぐに笑いだし。デュークスを押しのけ、窓際に立った。
「あはっ、バカな子! そんな理由で動いてたら、ボスに殺される前に、ここで殺されちゃうよ? 大人しく試験受けてな? いいね?」
「ぎょ、御意……」
「ん、お利口。ウミちゃんの頭なら、多分試験受けるのに三日もかからないから。外出た所で待っててね」
「……ロン。無理しないで」
「してないよー」
ウミはそのまま、走り去って行った。
姿が見えなくなってしまったところで、デュークスはようやく彼女達も一緒にいるかもしれないという可能性に気づく。
「しまった! ウミにえっちゃんの居場所聞けば良かった!」
「どこにいるか分かんないけどさ、おれ達がこうやっている訳だし。えっちゃんさんもウミちゃんと同じ部屋で過ごしてるんじゃない? ウミちゃんが一緒にいる以上、そこまで心配する事ないよ」
ロンはそれだけ言うと、再び課題に目を向けていた。いつもとは違うロンの様子に、デュークスは疑惑の目を向ける。
「なんか今日のロン、大人しいというか……優しくない?」
「おれはいつでも優しいけど?」
課題から目を離さないまま答えたロン。攻撃を仕掛けてくるわけでもないせいか、普通の男に見えた。
だがデュークスはロンの事より、エミリッタの事を考えたかった。
「ロンだけウミに会えたの、羨ましい! 俺もえっちゃんに会いたい! そうだ、今からならまだ間に合うかもしれない。ちょっとウミ追いかけて来る!」
「ウミちゃんを追いかけて良い男なんてこの世にいる訳なーい。いさせなーい」
デュークスは首根っこを掴まれ、ロンの隣に無理やり座られられた。
ハンスが課題から目を離し、ため息を吐いた。
「うるさいな。ヒンさんなら頭良さそうだし、文字さえ覚えてしまえば卒業証書もらえるだろ。お嬢は無理かもしれないけど」
「そんな待ってられない。今すぐ会いに行く!」
「これ会うまで言い続けるんだろうな……仕方ない。女子ズのいる場所なら分かるから連れてってやる。もし途中で何かあったら、オレは容赦なくお前を置いて逃げるからな」
「構わない! けど何で分かるの?」
「内緒」
疑問は抱いたデュークスだが、エミリッタに会う事を最優先に思い深くは考えずに。ロンの手を振りほどき、勢いよく立ち上がる。
ハンスに連れられたデュークスは、窓から部屋を脱出した。




