その、えっちゃん……ありがと、ね
アンナの案内で、黒いフードの女を見たという場所へ向かう。
里から少し離れた場所という事で、紫龍になったデュークスは仕方なく三人一緒に背中へ乗せた。
「おいハンス、えっちゃんに指一本でも触れたら許さないからな!」
「分かってるっての。その分お嬢を揉めって事だろ」
「それは当人同士の問題だから、別のところで二人でやって!」
エミリッタの事しか考えていないデュークスの発言に、アンナが怒った。
「ダメに決まってるでしょ!」
「だって……危ない!」
突然、デュークスの目の前にナイフが飛んできた。
スレスレの所で避けたデュークスだったが、三人を背中に乗せていたこともあり。バランスを崩し、滑るように地面に落ちてしまった。
人型の方が、傷の治りが早い。そう思ったデュークスは急いで人型に戻り、自分の上に重なるように乗っかっていた三人を降ろした。
「えっちゃん、無事?!」
エミリッタはコクコクと頷く。それでも心配で、デュークスは彼女の体を見回した。だがどこをどう見ても、エミリッタに怪我はなかった。
アンナとハンスにも怪我はなさそうで、デュークスはホッと胸をなでおろしていた。
むしろデュークスだけが顎を擦りむかせ、負傷していた。ヒリついた痛みがあったものの、その程度で済んだのだからまだ幸いだろう。
デュークスは地面に落ちていたナイフに目を向ける。
「このナイフ、もしかして……!」
「あはっ。避けられちゃった。っていうかその声、やっぱり龍竜族だ」
聞き覚えのある声がして、デュークスは顔を上げた。
デュークスの目の前には、サングラスをかけた男が立っていた。
「ロン……!」
「ご名答! どーもぉ! デリバリーマフィアでぇす!」
その隣には薙刀を構えたウミが立っており、他にも複数人、男がいた。皆ロンの仲間なのだろう。男達は期待に満ちた顔でロンを見ている。
「ロンさん、アイツらもターゲットですか!?」
「うん。刺していいよぉ」
「さ、刺したらボスにも」
「まぁ報告してあげてもいいよね。ちなみに赤髪の男と白髪の女は龍竜族だから。先に拘束した方がいいかもね」
それを聞いた男達は、一斉にデュークス達の方へ飛びかかって来る。
特にデュークスとエミリッタの周りには多くの者が群がり、二人とも背中の後ろで腕を組むように押さえつけられた。
デュークスは目の前で笑みを浮かべているロンを睨みつけていた。
「くそっ! 離せ!」
「だぁめ。ぶっちゃけ、偶然見かけただけだから、この後どうするかは決めてないけど。とりあえず連れて帰るかぁ」
「偶然見かけただけで攻撃してくるなよな!」
「ターゲットを見つけたら攻撃するのは当然でしょー。ところで、この一緒にいる奴らも龍竜族?」
「違う、だから離せ!」
「いやぁ、敵かもしれないのに離せないよねー」
聞く耳を持たないロンに、デュークスは苛立ちを感じていた。
「な、なによアンタ達! 離しなさいよ!」
アンナの腕を掴んでいた男もいた。見るからにアンナの胸を見ていて、下心が剥き出しだった。
ハンスは問答無用でアンナを掴む男を撃った。
「俺の乳に手を出すな!」
「ハンスのじゃないから! 全然かっこよくないのよ!」
ハンスはアンナを守るのに手いっぱいといった所だった。
「くそっ、えっちゃん!」
デュークスは石を噛もうとするも、両腕を背中の後ろで掴まれていて動けない。自分が拘束されているのも嫌ではあったが、それ以上に、他の男達に押さえつけられているエミリッタを見るのが嫌で嫌で仕方がなかった。
なんとか拘束から逃れようと、体を左右に揺らす。胸元の石が連動して揺れた。それだけだった。
「ロン、えっちゃん傷つけたら絶対許さないからな!」
「許してもらう前に殺すなり売るなりするから大丈夫だよ。さ、行こうか」
ロンはそう言いながら、デュークスから離れ。ハンスの太ももにナイフを投げつけた。
痛みで表情を歪めるハンス。その隙を見たと言わんばかりに、周りにいた男達が一斉にハンスを捕らえた。
「ハンス! って、ちょっと、離しなさいよ!」
アンナの首根っこを、ウミが掴んだ。ウミはアンナの体を片手で持ち上げ、ロンの後ろを歩いて行った。
他の男達も次々とロンの後ろを追っていく。どうやら、全員どこかに連れて行こうとしているらしい。
「くそっ、このままじゃ……! おい、離せっ!」
デュークスは懸命に男達から離れようとしていた。一人ひとりの力は大した事がないように思えたが、数で負けていた。
彼の胸元で、三つの石がただただ揺れている。
エミリッタは揺れる石を見つめた。
拘束された手は動かせないが、口を動かす事は出来る。
話す事は出来ないが、噛む事なら――!
エミリッタは一歩を踏み出し、デュークスの持つ青色の石に――噛みついた。
まばゆい光に、マフィア達は思わずデュークスを離し。突然現れた蒼色の竜から距離を取る。
太陽の光に照らされて、鮮やかな青色の鱗がキラキラと輝いていた。丸い目はどこか優し気に見えるも、マフィア達からすると優しそうには全然見えなかったらしい。
「竜だ!」
「恐ろしい!」
自分達よりもはるかに大きな竜を見て、マフィア達は怯えていた。
アンナとハンスも、驚きの表情で竜となったエミリッタを見上げていた。
ただ一人、デュークスだけが顔を赤くしている。
「うわっ、えっちゃん可愛い!」
デュークスにとっては、竜の姿も可愛く見えていた。
青い竜は長い首を振り回し、マフィア達を蹴散らす。
「こいつ……っ!」
マフィアの一人が、エミリッタに向かってナイフを振りかざした。
だが今のエミリッタからしてみれば、小さなナイフで刺されたところで死ぬほどではない。多少痛いかもしれないが、叩き落としてしまえば、怖くはなかった。
ナイフを叩き落とされたマフィアは、そそくさと逃げていく。
その光景を見た他の男達も、次々と逃げて行った。
ロンは舌打ちし、ウミに近づいて小声で何かを伝えていた。
一瞬ためらった様子を見せたウミだったが、すぐに頷くとどこかへ走り去ってしまった。
「仕方ない。ひとまず、ばぁい!」
他のマフィア同様、ロンもデュークス達を連れ去る事なく走って行った。
人型に戻ったエミリッタは、デュークスの体を見回す。デュークスに怪我がないか、彼女が彼にされたように確認をしていた。
デュークスは照れた表情を隠すように、口元を手で押さえていた。
「その、えっちゃん……ありがと、ね」
彼の表情を見て、エミリッタは急に顔を赤くさせていた。何故彼が照れているのか、理解したらしい。
アンナは首を傾げて、足を押さえつけているハンスに問いた。
「何なの、何でデュークスはあんな顔してるの?」
「お嬢ってば、記憶力がないんだから。龍竜族は結婚したら、互いの石を噛みあうんだろ」
ハンスの怪我もそこまでひどくないようで、彼は平然と答えている。
「記憶力はあるわよ! お互いの石を噛みあうのだって覚えて……え? どういう事?」
「つまり――アイツら結婚したわ、今」




