入国だよ、えっちゃん
「まいどあり。ところで、その宿屋ってどこら辺にある?」
デュークスの質問に、門番は手にネックレスを持ったまま上機嫌で答えた。
「宿屋って書かれた看板があるから、すぐ分かるさ」
「んん、悪いんだけど俺達の里には文字ってもんがなくてさ。看板って字が書いてあるやつでしょ? 俺ら多分読めないから」
嘘ではない。本当に読めないのだ。だからこそデュークスが彼女に好意を抱かせるには、態度と言葉でしか方法がないのである。
そこまでの事情を知らない門番は、ペンを握った。
「そうか。じゃあ紙に宿屋って書いてやるから、それと同じ形の字を探せばいい」
「助かるよ。あとさ、ドラゴンの居場所を知らないか?」
冗談言うなと言わんばかりに、門番は大きく笑って。首を左右に振る。
「知ってたらとっくのとーに捕まえてるだろうよ。うちの国には兵隊様もいる。中でも隊長様は国一番の力を持ってるんだ。ドラゴンが出たら隊長様が率先して退治してるだろうな」
「そうか……退治されちゃ困るんだけどな」
「仕方ないじゃないか。ドラゴンなんて恐ろしい生き物、早い所退治しないと」
門番の言葉を聞いたデュークスとエミリッタは、眉を八の字に曲げた。
デュークスをドラゴンスレイヤーだと思っている門番は、仕事を取られたくないのだろうと誤解している。
「まぁ、ここは旅人もよく訪れる国だ。観光も兼ねて、色々な人に話を聞くと良い。それじゃ、良い旅を」
「……分かった。ありがと」
パスポートを返却された彼らは、国の出入り口である扉をくぐった。
扉の奥はトンネルになっていた。薄暗い道の両端には、等間隔で電球が付けられている。デュークスとエミリッタが横に並んでも、もう二人くらいは横に並べる広さがあった。だが他に通ってる人はいない。
デュークスは歩きながら、リュックサックの中にパスポートを仕舞った。
「ばーちゃんが用意してくれたもんだから変な事は書かれてないだろうけど、一体何が書かれてるんだろうね。里の事とか書かれてないのかな。門番の人に聞けば良かった」
彼らには読めないが、パスポートには名前と性別、生年月日に産まれた国の名が書かれているくらいで、細かい里の事までは書かれていなかった。
しばらく歩くと、出口から光が零れているのが見えた。二人はつい早歩きになって、ゴールに向かう。
壁向こうに入った二人は、上を見上げた。縦に高い建物は、彼らの暮らす里には全くないものだった。土壁や鉄で出来た、高さある建物がいくつも並んでいる。
「凄いな、里の近くにこんなデカい建物があったなんて」
エミリッタも興奮しているようで、コクコクと頷く。
デュークスは辺りを見渡して、ドラゴンの気持ちを考えた。
「でもこれじゃ低空飛行は難しいよな。もっと空に近い場所を探すか、森を探すか。とりあえず他の人にも聞いてみるか」
納得したエミリッタは、興奮を抑えてコクンと頷いた。
二人は建物と建物の間を真っ直ぐ歩いて、街歩く人々に聞き込みを行う。
「グラスというドラゴンを知らないか?」
「ドラゴンなんて知る訳ないよ。知ってたらすぐ兵の隊長様に知らせるね。隊長様に逆らうと、逆に私らが殺されるかもしれない」
その後も何人かに同じ質問を訊ねたが、大体が似たような返答だった。
「こりゃ隊長様とやらに見つかったら俺らも死ぬんじゃ」
デュークスの発言に、エミリッタは人差し指を口前へ持って来る。
下手に会話を聞かれたらマズい、と言いたいらしい。デュークスも、それもそうか、と納得した。
そんなデュークスの後ろを、エミリッタが指さした。
建物の入口の上に茶色い板が括りつけられている。その板には、門番が紙に書いてくれた文字と同じ形のものが彫られていた。
「おぉ、流石えっちゃん。これ宿だね。行ってみよう」
二人は看板の下をくぐり、建物の中へ入っていく。
一応掃除はされているが、どこか古臭い印象を持たせた宿の中。彼らが宿に入るなり、受付にいた女がチラリと目線を向ける。
「うちは風呂はあるけど食事は一切出ないよ。外で食べてくれ」
かなり不愛想な宿屋だった。
デュークスは門番からもらった金を宿屋に渡しながら質問する。
「ところでオバさん、グラスっていうドラゴンを知らないか?」
「知ってたとしても人をオバさん呼ばわりするような奴には教えないね」
「じゃあお姉さんって呼べば……」
「もう遅い。お前の事は人をオバさん呼ばわりする嫌な奴で認識した。まぁ金でも出してくれれば考えなくもないよ」
宿屋はそう言って、顔を背ける。
デュークスは納得がいかなかった。お姉さんと言ってみたものの、女はどう見てもエミリッタの祖母と近い年齢の見た目だったからだ。むしろ婆さんと呼ばなかっただけ褒めて欲しいくらいだった。
それにドラゴンの情報は欲しいが、今はまだ旅を始めたばかりだ。門番から余分に金をもらったとはいえ、そう簡単に使いたくはない。
困った顔をしているデュークスの隣で、エミリッタが動いた。リュックサックを降ろしたり、背負ったりを繰り返している。
「えっちゃん? どしたの?」
デュークスの顔を見たエミリッタは、何かを決意したらしく。リュックサックを床に降ろした。ゴソゴソとリュックの中を探り、アクセサリーが包まれた布を取り出した。どうやら、お金のかわりにアクセサリーを渡すかどうかで悩んでいたらしい。
エミリッタは手の上に布を広げ、目の前の女に見せる。女はアクセサリーに使われていた紫色の光る石を見て目を見開いた。
「こ、これは本物の宝石じゃ」
デュークスは何故そんなにも驚くのかと肩をすくめた。
「そんな凄いの? うちの里にゴロゴロ落ちてるやつだよ。何の力もない、ただ太陽の光を反射する石。えっちゃんの技術がすごいとはいえ、この国の人達皆すごい食いつくよね。他の国じゃ貴重な石って言われてたの、本当だったんだな」
「なんて綺麗なんだ。そ、そういえばドラゴンの噂をチラッと聞いたような~~」
あからさまに宝石を欲しがる宿屋。情報と交換しろという事らしい。
物欲しそうな顔を見て、デュークスはにんまりと笑った。
「どうする、えっちゃん。ドラゴンの話を聞けたら、このネックレスあげてもいいかな」
エミリッタはコクコクと頷いている。元々そのつもりだったらしい。エミリッタが良いなら、とデュークスも交渉に応じた。
女もその程度で宝石が手に入るなら、と喋り始める。
「この間、どっかの国の兵がドラゴンのいる里? だか何だかを襲って皆殺しにしたって大声で自慢してたよ。デカいドラゴンを退治したとなると目立つからね。最も、大声出してた奴はその後、行方知れずになったらしいからね。きっとドラゴンにやられたんだろうよ」
エミリッタはネックレスの包まれた布を握りしめたまま、デュークスの腕にしがみついた。何かに怯えているようだ。
宿屋の女はエミリッタの表情には目もくれず、話を続けた。
「その話を聞いた、うちの国の隊長様はひどく感銘を受けたみたいでね。感銘というか、羨望かな。自分もドラゴンを捕まえて、他の国では知られていないような生体や情報を発表したいとか言ってるらしい。だからもしうちの国にドラゴンがいるなら、もう隊長様が捕まえてるんじゃないかな」
デュークスもエミリッタと同じく怖さや怒りを感じていたが、今は冷静を装う。
「……そっか。まだ掴まってないドラゴンもいたりしないかな」
「いるかもしれないけれど、うちの国は人工的な建物の方が多いからね。ドラゴンが住むのって森や崖の上とかって話じゃないか。うちの国にいるとは思えないけどねぇ。隊長様も同じように考えてはいるのかもしれないけど、仕事もあってか国から出ようとはしてないみたいだね」
「なるほど。他の国でドラゴンを見かけたとかっていう話は」
宿屋は首を左右に振った。
「あるにはあるけど、ほとんどおとぎ話だね。うちの国は外国の人もいっぱい来るから、話に尾びれがついたりする事もしょっちゅうだし。信憑性はないよ。今だって大砲を積んだ物騒な船が岸に止まってるんだ。この間なんかその大砲が撃たれて、ドスンって音が街中に響いたんだ。怖いもんだよ。さ、そろそろ良いんじゃないか。一応ドラゴンの話はしただろう」
有力な情報とは言えなかったが、確かにドラゴンの話ではあった。
「まぁ、ね。今日泊めてもらうのもあるし。えっちゃん、いい?」
エミリッタは頷きながらデュークスから離れ、女にネックレスを手渡した。女がネックレスを手に取ると、チャラリと音が鳴る。
「おぉ、石も美しいがアクセサリーとしても実に良い出来だ。この国で売れば高い人気があるだろう」
技術を褒められたエミリッタは、頬を赤く染め照れている。
目を輝かせていた宿屋だが、すぐに険しい顔になった。
「だが気をつけろよ、あんまり目立つと悪い奴らに目をつけられる。悪そうに見えない奴にもね。さっきの隊長様だって、顔の良い無実の女をしょっ引いては、罰だって言って無理やり抱いてるって噂だよ。気をつけないとね」
デュークスはここぞとばかりにエミリッタを抱き寄せた。
「とんだクソ野郎がいる国だ。早い所グラスを見つけて、とっとと帰ろう」
守るふりして自分に好意を寄せようとしている。しかしエミリッタが照れている様子は全くない。
「何、悪い奴らばかりという訳でもない。ゆっくりしていくといい」
「あぁ、ありがと」
宿屋は二人を部屋へ案内する。
一足先に部屋の中へ入ったエミリッタは、辺りを見渡している。古くはあるが、寝泊りする分には何も問題はない。ちなみにダブルではなく、ツインの部屋だ。
今夜はここで過ごすのか……と、デュークスは胸弾ませていた。
じっ。
色々と期待しているデュークスの顔を、エミリッタは覗き込んだ。
変な事考えてたとかバレたら嫌われる。そう思ったデュークスは、まずは距離を詰める所から始めようとする。
「何でもないよ。そうだ、ご飯! ご飯食べに行こう!」
デュークスはエミリッタを連れて、必要最低限な荷物を持って宿を出て行った。