血なまぐさいよね、えっちゃん
四人は城の前へ戻った。いや、元々城だった場所と言った方が正しいかもしれない。
「これは……一発でゼンがいなくなったって分かるやつだな」
流石にやりすぎたかなと感じているデュークスに、ロンがとどめを刺す。
「むしろ分からない奴いないっしょ。城が破壊されてるのに」
「そうだけど、一応ゼンを助けるためな訳だし。意味もなく壊した訳じゃ」
とは言うものの、破壊した事に変わりはないという事も分かっていて。デュークスは複雑な感情を抱いていた。
「そんな事より、貴族達はまだ来てなさそーね」
ロンは周囲を見渡している。
まだ朝早いせいもあるのか、人の姿はどこにもなかった。
「今日もここで待つのか?」
「いや、むしろ呼び出そう」
「呼び出すって……貴族達を?!」
デュークスの問いに、ロンは笑顔で頷いた。
「そのために。まず竜を用意します」
「用意しますって、ゼンはもう行っちゃったし。連絡を取る手段なんてないだろ」
「お前は?」
「……俺か!」
デュークスの反応が遅れたのは、自分は人間でもあるという認識でいるからだ。
そこまで気にしていないロンは、壊れた城を指さす。
「あの竜を幽閉し続けた理由は分からないけど、これだけは分かる。貴族達は、あの竜を幽閉していた事を公表してない」
そう言われて、デュークスはこの街の人々に「竜なんておとぎ話だ」と言われた事を思い出した。もし貴族達が竜の存在を公表していれば、街の人達も動揺するなり怯えるなりしていただろう。だがデュークスが見た限り、そんな反応をした者は誰もいなかった。
「そうか。見方によっちゃ、突然貴族の城を破壊した竜が現れたって事になるのか」
「そう。誰かが城の破壊を見つけてくれるのを待ってるだけじゃ、時間がかかるからね。そこでお前が悪目立ちしてくれれば、話は早い」
「貴族が城の様子を見に来るかもしれないって事か?」
「うん。竜が現れたのに、全員無視ってことはないでしょー」
「だから呼び出しって事か……」
「貴族以外が来る可能性はあるけどね。街の人とか。まぁ、いずれ貴族達に知れ渡るなら問題はなぁい」
デュークスは悩んだ。
目立てば自分が攻撃されるリスクもあるし、悪者だと知れ渡れば今後の旅にも影響が出るかもしれない。
それでも、やはり花嫁の事は気になるし。兄の石も欲しい。
「俺を囮にした上、悪人にするってのは癪だけど……仕方ない。少しだけだからな」
「はいはい」
デュークスは石を噛んで、緑色の竜になる。
城の真上に飛び立ち、空中で止まった。
大きく息を吸って、肺に空気を入れる。そして。
全身を使い、雄叫びを上げた。
周辺の木々が体を震わせ、葉を散らせる。
木の上にいた鳥も一目散に逃げだした。
「あっはっは、すごいすごい。もういいよー」
ロンは軽々しくデュークスを呼び戻す。
デュークスは人型に戻りながら、地面に降りた。
「これで貴族達が来るのを待てばいいんだな」
「何言ってんの、これも賭けだよ。誰も来ないかもしれない。貴族達もこの城を捨てて、逃げる可能性だってある」
デュークスは表情を歪めた。
分かってて黙っていたロンにも腹が立ったが、その可能性に気づけなかった自分自身にも腹が立った。
「そんな顔しないで。スマイルスマイル。あ、さてはお腹が空いてるね? しょうがないな、ここはおれっち達に任せて、朝食でも取って来ると良い。ついでだから、おれっち達の分も買ってきて。スコーンがいいな」
「怒りで腹いっぱいなんだが」
「へぇ。エコでいいね」
いっそ協力を止めて、石を強奪し花嫁の元へ突撃しようか。いや、むしろそうしよう。
デュークスは拳を鳴らし始めた。ロンを殴る気でいる。
その時、ウミが何かに気づく。
「ロン」
「はいはい、聞こえてるよ。賭けに勝ったね」
デュークスは怒りを孕ませたまま「何に勝ったんだよ」と問う。自分達の勝負なら、まだ始まってもいない。
「静かに。ほら、耳を澄ませて」
エミリッタはデュークスの腕を優しく突き、今は言う事を聞こう、と目で訴える。その姿は少し上目遣いになっていて、とても愛らしかった。
まぁ、えっちゃんが言うなら、と。
デュークスは大きく深呼吸をして。仕方なく怒りを鎮めた。
静かになった彼らは、耳を澄ます。
――馬車の近づいてくる音が聞こえてきた。
マフィア二人は、木の上に登った。先ほどデュークスが葉を落としたせいで姿は隠れてないが、もしもの時に上から攻撃しようと企んでいるのだろう。
デュークスもエミリッタをおぶり、同じように木に登った。彼の場合は、あくまで避難だ。
彼らの足元に、一台の馬車が止まる。古びた馬車は、どう見ても貴族が使うようなものには見えなかった。
馬車に乗っていた者達も、貧相な服を着ている。奴らは木の上のデュークス達に気づかず、城の惨状を見ていた。
だが詳しく調べる様子もなく、馬車はすぐに元来た道を戻ってしまった。
マフィア達が地面に降りたので、デュークスも同じように地面へ降りた。
「……貴族か?」
「いや、来るのが早すぎるし、近くに住んでた奴が様子を見に来ただけだろ。でもこれは好都合。追いかけよう」
ロンとウミは馬車を追いかけて走り出した。デュークスはエミリッタをおぶったまま、彼らを追いかけた。
馬車は、赤いレンガで作られた建物の前に止まった。城ほど大きくはないが、十分立派な建物だった。
ロンはその建物を見て、ニヤリと笑う。
「やっぱり。馬車に乗ってた奴らは、あそこが貴族の持つ城だって分かってたみたいだ」
「って事は、あそこが貴族の住んでる場所か?」
「そう。金のかかった造りだよなぁ」
馬車に乗っていた者達は、建物の前で誰かと話している。どうやら貴族の使用人に城の惨状を伝えているらしい。
デュークス達は馬車の裏に隠れ、様子をうかがう。
「正面突破か?」
「うーん、無駄な争いは避けたいかな」
ロンはそう言いながら、胸ポケットに手を入れる。
数本のナイフを取り出すと、馬車に乗っていた者達に向かって投げた。
首の裏を刺された奴らは、その場に倒れ込む。
奴らと話していた使用人は、慌てて建物の中に入ろうとロンに背を向ける。
ロンはすぐさま使用人をも仕留めた。
「これ正面突破じゃないか?」
「背後を狙ったんだから正面じゃないでしょ」
ロンは倒れた奴らから、ナイフを抜き取る。どくどくと血が溢れて、その場に水たまりが出来た。
謎理論に困惑するデュークスだったが、ロンは気にせず先に進む。人を見つける度に、どんどんどんどん刺していく。
たまにウミが薙刀で刺した。周辺には血なまぐささが漂った。
デュークスは背中の上で、エミリッタが震えている事に気づいた。軽々しいマフィアの攻撃に、恐怖を抱いているのだろう。
「えっちゃん、気持ち悪くなってない? というか、あんまり見ない方がいいよ」
エミリッタはデュークスの背中に顔をこすりつけるように、左右に振った。大丈夫だと言いたいらしい。
騒ぎを聞きつけて、使用人達が次々に現れる。
「そこの者! 止まれ! ここから先は通さない!」
「そっかそっか。ここから先に貴族がいるって事かぁ!」
刺しては斬り、刺しては斬り。
コイツらの仲間だと思われるの嫌だな。デュークスはそう思いながらも、マフィア達の後ろを走っていく。
ある大きな扉の前に、使用人達が固まって立っていた。
刺される事が分かっているのか、皆青白い顔をしている。
「なるほど。そこかぁ」
だが無慈悲にも、ロンもウミも問答無用で彼らを刺した。
デュークスは少し後悔していた。
自分達にも目的があるとはいえ、本当にマフィアと協力して良かったのだろうか、と。




