お別れだよ、えっちゃん
エミリッタの事情を察したゼンは、申し訳なさそうに俯いた。
『すまない。礼をしたくとも、他には何も持ってない』
「いや、お礼のために助けた訳でもないし」
デュークスに同意するように、エミリッタも頷いていた。
「あぁでも、他にケノアの花がありそうな場所とか知らない?」
『……分からない。ケノアの花という名前も、人間達が話していたのを聞いたから知っていただけだ』
「そっか……」
ふりだしに戻ってしまい、デュークスは落胆する。だが今はゼンを助けられた事を素直に喜ぼうと、すぐに気持ちを切り替えた。
「ゼンはさ、これから行きたい場所とかあるの? 里があるとか?」
『行きたい場所か……生まれた場所はあるが、里と呼ぶような場所ではなかったな。長い年月で地形が変わっている可能性もある。流石に親も死んでいるだろうしな』
「じゃあ、これから見つけられるって事だ」
『……そうだな』
ゼンはフッと笑って、これからに希望を抱いた様子だった。
なんなら居場所を探す手伝いでもしようか、とデュークスが思った瞬間。
ロンはそれを認めないと言いたげに、笑みを浮かべる。
「はいはい、竜助ける流れになっちゃったけど、お前らには貴族の花嫁を確認するってミッションがあるんだから。このまま竜とどこか行きますはないでしょ?」
「それは……分かってるよ」
デュークスは葛藤していた。ゼンの今後も心配ではあるが、龍竜族の花嫁の事も気になる。それにマフィアとは、兄の石の件もある。
優しく笑ったゼンは、大きな手をデュークスの頭の上に乗せた。竜の手に撫でられたデュークスは、どこか懐かしさを感じていた。
『気遣いは嬉しいが、他にやるべき事があるならそちらを優先するといい。ワシなら大丈夫だ』
「……いきなり外に出て大丈夫そう?」
『まぁ何とかなるだろう。世話になったな』
デュークスの頭から手を離したゼンは、空を見上げる。月の光が、やさしく輝いていた。
ハックは両手をギュっと握り締めて、真剣な表情をゼンに向けた。
「ゼン殿。我はいずれ里に帰りたいとは思っているが、今はまだ主との契約がある。城を出たとはいえ、監視の目を怠る訳にはいかない!」
「ハック、今更何を言ってんだ!?」
ハックの言う事が分からずに、デュークスは困惑していた。
だがゼンには全て伝わったのか、うんうんと頷いている。
『……一人でも過ごしやすい花畑でも探すかな。竜の子、どうする?』
「無論、追いかけて監視するまで!」
ハックは嬉しそうに、ゼンの足を掴んだ。
止めようとしたデュークスが手を伸ばすも、彼自身エミリッタに止められる。彼女にはハックの考えが分かっているらしい。
『仕方ない、逃げるとしよう。では龍竜族の子らよ、最後に空を見せてくれてありがとう』
そう言ったゼンは、翼を左右に動かして。まだ朝になっていないというのに、ヨタヨタと飛び始めた。ハックはゼンにしがみついたまま、一緒に飛んで行った。
デュークスは飛んでいくゼン達を見つめながら、エミリッタに問う。
「えっちゃん。ハックはこれからもゼンを監視し続けて、どうするつもりなんだろう。やっぱり、里に残ってる朧族を守るためかな。だとしたら今すぐ里に帰るのも手だと思うんだけどな」
エミリッタは、ピタリと彼の右肩に寄り添う。お別れが嫌だったんだよ。そう伝えたかった。
「……慰めてくれてるの? ありがと」
うまく伝わらなかったようだ。エミリッタは眉をひそめている。
ゼン達の姿が見えなくなり、ロンは上機嫌で森を出る。
「さぁてと、城がぶっ壊れて、竜もいなくなった事だし。貴族達は来るかなー?」
「城に戻るのか?」
「当然。お前らも来るんだよー? また龍竜族が変身して目立つのも嫌だし、歩けない距離でもないだろうし。このまま夜のお散歩といこうかぁ」
「貴族達が早くに来てたとしたら、そこへ向かうのは危険じゃない?」
「知ったこっちゃなぁい」
言う事を聞きそうにないロンの背中を、ウミが黙って追う。
デュークスとエミリッタも、渋々ついて行った。
「それにしても……ゼンが幽閉されていたのは恐ろしい竜だからってだけだとして、ハックに監視させた理由は何だったんだろう?」
歩きながら考えるデュークスに、ロンは背中を向けたまま答えた。
「万が一あの竜が暴れた時に、人間が減るより竜の血を引く奴が減った方が良いと思ったんでない? 脅しておけば、言う事聞くような奴なら尚更」
「だったら……ゼンを生かし続けた理由は? 怖いだけなら、食事も与えずに閉じ込めておけば良いだけだろ」
「さぁねぇ。龍竜族を嫁にしてるかもしれない奴らの事だもの。常識人なおれっちには分からない!」
「常識人……?」
マフィアが(というより、ロンみたいなトリッキーな奴が)何を言ってるんだという顔をしたデュークスだったが、ロンの後ろにいたおかげでその顔を見られる事はなかった。
歩いている内に、エミリッタの歩くペースが遅くなった。
夜という事もあり、流石に眠くなってきたのだろう。
デュークスはエミリッタの手を握り、反対の手で彼女の頭を撫でる。
「ロン。えっちゃん眠そう」
「だからどうしたぁ?」
「少しだけ休まない? 睡眠不足だと攻撃するのも逃げるのも、うまくいかないでしょ」
「おれっち的には、その女が攻撃を受けて死んでも構わないからなぁ」
「なんて奴だ。じゃあ聞くけど、ウミが眠いって言ったらどうするんだよ」
ウミはデュークスに顔を向け、目力で「黙れ」と言った。彼女はロンに逆らう気がないらしい。
「ウミちゃんには戦ってもらわないとだからなぁ……え? ウミちゃん眠いの?」
足を止めて振り返ったロンは、ウミの顔を掴んだ。
驚いたウミだったが、咄嗟に否定の言葉を口にする。
「眠くない。大丈夫だ。先に進もう」
「え? ウミちゃんに決められるの嫌なんだけど。やめたやめた、朝までここで野宿でーす」
ロンはウミの顔を離すと、その場に寝転んだ。
「……だそうだ」
「ソイツは何なの? 自由すぎない?」
「ロンは……それでも、何だかんだ優しい」
ウミは何を言ってるんだ? デュークスはそう思ったものの、争いを避けるために別の話をする。
「じゃあ、一応」
デュークスは石を齧り、赤い竜に変身した。
ロンは寝そべりながら、顔だけをデュークス達に向ける。
「何で変身したの?」
「えっちゃんを守るためにね。だってマフィアと寝るとか怖いじゃん」
「心配性だなぁ。じゃあマフィアになればいいのにー」
「それとこれとは話が別だっての」
その場に座り込んだデュークスは、自分のしっぽを枕にさせてエミリッタを寝かす。
「おやすみ、えっちゃん」
その様子を見ていたロンは、わざとらしい大きなため息を吐いた。
「イチャつくのは勝手だけど、子作りするなら遠くでやれよな。おれっち達の隣で始めないでねー」
「そういう下劣な事を、えっちゃんの前で言うな!」
とは言ったものの、そういったシーンを少し想像してしまい。デュークスは照れていた。
幸いだったのは、エミリッタが既に夢の中だった事だ。




