脱走させるよ、えっちゃん
緑の竜になったデュークスは、天井の真下を浮いていた。
ハックは目を丸くして、デュークスを見つめている。
「本当に竜であったか……!」
「信じてくれた? で、相談なんだけどさ。この城、古そうじゃん。このまま天井頭突きすれば、壊せる気がするんだ」
「壊せるって、まさか」
「うん。そこから逃げられると思うんだ。じーさん拘束されてる訳でもないし。翼もあるから一応は飛べるはず」
デュークスの言葉を聞いたロンは、嬉しそうにしている。
「えっ、城を破壊とか完全悪役じゃん! ヒュー!」
「人助けと言ってくれ。いや、竜助けか?」
俯いたハックは、拳を握りしめる。
「我はゼン殿の見張りを命じられている。背けば里の者に手をかけると言われているのだ、そう簡単に投げ出す訳には……!」
「……そうか。その気持ちはよく分かる。けど、じーさんをこのままにしておくの、ハックも本当は嫌なんじゃないのか?」
ハックは少し驚いた表情になった。図星を突かれたのかもしれない。
「……否定はできない。我も見張りがついている訳ではなく、帰ろうと思えば……逃げようと思えばいつだって逃げる事が出来た。しかしゼン殿を逃がす手段もなく、置いて行けるわけもなく……助けたいのが本心だ!」
真剣な表情をしたハックを見て、デュークスは笑顔になった。
竜体になったデュークスが笑うと、大きな牙が見えるようになる。
「じゃあ行こう。じーさん起こせる?」
「承知した。ゼン殿! ゼン殿ー!」
ハックが大声を出すも、ゼンは寝たままだった。
ロンは天井を指さし、期待に満ちた顔をしている。
「むしろ大きい音出した方がいいんでない? 先に天井破壊しよーよ」
「乱暴だけど……その手もありかな。衝撃で起きてくれるかもしれない。ただ貴族達に気づかれる可能性もあるけど」
「その時はその時っしょ。マフィアと竜が手を組んでるんだ、どうにかなるって」
あまり悪い事はしたくないが、ロンの言う事にも一理ある。
そう思ったデュークスは大きな体を前かがみにし、エミリッタ達の足元で右手を広げた。
「皆、とりあえず手の上に乗って。じーさんは体デカいし、多分耐えられるでしょ」
そう言われたエミリッタとマフィア二人は、すぐにデュークスの手の上に乗った。ハックは不安を感じたのか、慎重に乗る。ハックの足が、少し沈んだ。竜の手の上は思いのほか柔らかったらしい。
デュークスは反対の手を屋根替わりにして、皆を守る。
「せーのっ!」
そのまま勢いよく真上に飛び――天井を破った。
木やレンガを頭で押しのけ、そのまま屋根をぶっ壊す。
エミリッタは少しの振動に耐えながら、ぎゅっと目を閉じる。
破壊する音を響かせながら、デュークスは翼を大きく動かしていった。
「よし、経路完成!」
デュークスの言葉で、エミリッタはゆっくりと目を開ける。
目の前にあったのは、大きな月だった。
「綺麗……」
そう呟いたのは、エミリッタの隣に立っていたウミだった。
エミリッタはウミの横顔に見とれる。月明りに照らされた彼女は、とても綺麗だったからだ。
「ウミちゃんでも感動するとかあるんだ?」
「……そういう訳じゃない」
ロンの一言で、ウミは月から目線を逸らした。そんな彼女の表情を見て、エミリッタは下がり眉になる。この子もまた、囚われの身なのではないか、と。
その隣で、ハックが下を覗き込む。
「ゼン殿、ゼン殿は無事か!?」
ハックが誤って下に落ちないよう、デュークスは彼らの頭上を守っていた手をどかし。その手でもって、ハックを支える。
流石に衝撃があったからか、ゼンと呼ばれた竜はゆっくりと――瞼を開けた。
『……空!』
天空を見上げた竜は、目を丸くしていた。幽閉されていた彼にとって、空が見られるようになるとは夢にも思っていなかったらしい。
「ゼン殿!」
星空に感動する竜の姿を見て、ハックも嬉しそうな声を上げる。壊れた屋根の破片が周囲に散らばってはいるが、ゼン自身に怪我はなさそうだった。
デュークスはゼンの目の前へと降下し、着地する。エミリッタ達を手の上に乗せたまま、ゼンに話しかけた。
「龍竜族のデュークス・リングライトだ。城を壊した事がバレて貴族達が来たらヤバいから、手短に話すね。ここから出るのに協力してやんよ」
デュークスは竜体のまま話す。ハックのように龍竜族を知らない可能性も考えて、竜同士で話す方が良いと判断しての事だった。
『ここから……出て良いのか?』
「出たくなかった?」
『そうではない。竜は嫌われている』
「そう思ってる人もいるみたいだけど、そう思ってない人だっているよ」
確信はないが、そうだと信じて口にしたデュークス。
幽閉を望んでいた訳でもないゼンは、賭けてみる事にした。
『ここに居続けても何も変わらないからな……信じてみるか』
「ありがと。じゃあまずはここから出ようか。飛べる?」
『長年飛んでないが……おそらくは』
「大丈夫。サポートするから!」
エミリッタ達を乗せていない方の手を、ゼンに差し伸べる。ゆっくりと体を起こしたゼンは、その手を掴み。
二匹の竜は、共に空を飛んだ。
「すげぇ、飛んでるー!」
はしゃぐロンだけがうるさかった。他の皆は、静かに夜空を楽しみ。脱走した。
しばらく飛んで、近くにあった森の中に到着した。
エミリッタ達を地面に降ろし、デュークスは人型に戻った。
ゼンはデュークスの事をジッと見つめている。
『龍竜族。人になれる竜、だったか……』
「一応言っておくけど、俺は人でもあるけど敵意とか利用してやるとかは思ってないからね」
『分かってる。あの竜の子が信じたなら、悪い奴じゃあないんだろう』
ゼンはそう言って、ハックの方をチラリとみた。
長年一緒にいたからか、ゼンもまたハックの状況に思う所があったのだろう。
嬉しそうにしているハックを見て、デュークスも嬉しくなった。
「信じてくれるなら良かった。貴族達に見つかったらヤバいから、本当はもっと遠くまで行きたいけど。じーさんも疲れるよな。少しここで休んで、朝日が昇ったら出て行こう。あんまり人目につくのも良くなさそうだしさ」
『あぁ……ありがとう』
「にしても、じーさんどうやってあの城に閉じ込められた訳?」
『捕らえられたのは幼い頃だ。人間の腕だけで城に入れられるような大きさだった。それから友好の証にと、大量の食事を与えられた。だが今思えば、あれはワシを太らせるための罠だった。おかげで若い頃は、体が重くてうまく飛べなかった。その頃はまだ、人間の見張りもいたしな』
「そっか……」
竜の伝説は本当だったが、あまりにも悲しい話で。デュークスは胸を痛めていた。
だがこのまま暗い空気にするのも嫌で、デュークスはわざと話を変えた。
「俺達はケノアの花を探してる。その尻尾の花、枯れてるけどケノアの花?」
『……あぁ、そうだ。幼い頃から咲いていた』
「やっぱり。効果があるかは分からないけど、一応貰ってもいい?」
『構わない。もう一度、空を見せてくれた礼だ』
「ありがとう。じゃあ、えっちゃん」
エミリッタはペコリとお辞儀をすると、ケノアの花をつまむ。
だが、すぐに粉々になってしまった。
「やっぱり……ダメだったか」
残念そうなデュークスを見て、エミリッタは悲しんでいた。
せめて一言でも喋れないだろうか。そう思いながら、手についた粉を舐める。おいしくなかったようで、渋い顔になった。
それでも、と口をパクパクさせるも。声は発せられなかった。
「えっちゃん、無理しなくていいよ。次を見つけよう」
エミリッタは涙目になりながら、静かに頷いた。




