朧族だよ、えっちゃん
デュークスとエミリッタは宿を出て、昨日の城の前へ向かった。
起きて早々イチャついたデュークスは、非常に上機嫌だった。
「さぁて、えっちゃん。今日も危険な目には遭わせないからね!」
エミリッタは嬉しそうに、デュークスの隣に立つ。その理由を察したデュークスは、すぐに彼女の手を握り締めた。
手を繋いだ二人は、ニコニコしながら歩いて行く。
城の前までやって来ると、既にロンとウミが到着していた。今日は一切隠れておらず、堂々と立っている。
「良かった、逃げずに来たね……その手は何なの?」
ロンは冷めた目をして、手を繋ぐデュークスとエミリッタを見つめた。
「愛!」
だがデュークスは嬉しそうに答えた。とてつもなく浮かれているらしい。
「ウミちゃん。あの手、薙刀でやっちゃって」
「ぎょ、御意……」
ロンの命令に、ウミは少しためらっているように見えた。
デュークスは泣く泣くエミリッタの手を離し、彼女を背後に隠す。
「女の子に攻撃させるなよな。ところで、貴族達は」
「……まだ来てないよ」
「というか今更だけど、朝から来てなくて良かったのか? バースデーなんだろ」
貴族の話題になり、ウミはホッとしているようだった。
その事が気に入らないのか、ロンは少し不機嫌そうに答える。
「前日の夜遅くまで、貴族同士でパーティーやるって情報入ってんの。その翌日、早朝からこんな所くる?」
「まぁ、それもそうか……」
「大体、貴族が朝から来る可能性があるなら、お前らにももっと早く来るよう言ってるでしょ」
マフィアからの正論。デュークスは悔しかった。
だがロンはデュークスの気持ちなど一切気にしていない。
「待ってる間、何してようか。ポーカー? 枕投げ? 恋バナ?」
「嫌だ。親しくなってお前がえっちゃんを好きになったら困る」
「オーケー。恋バナご所望ね。おれっち美人さんの方が好みだから、その女はタイプじゃない。安心しな」
「確かに、えっちゃんはかわいい系だけど。内面で好かれる可能性もある。安心できない」
「おっ。殺し合いでもする?」
「大人しく待ってる」
「なんだ、つまらない」
そう言いながら、ロンは昨日隠れていた木の上に登り始めた。ウミも続いて、同じ木に登る。
デュークスは二人が登った木を確かめる。太さもあり、腐食もしていなさそうだ。これなら自分達も登って大丈夫だろう、と。
「えっちゃん、一緒に登ろ」
エミリッタは頷くと、デュークスの背中に抱き着いた。
彼女をおんぶしたデュークスは、軽々しく木に登って行った。
その姿を見たロンは嬉しそうだった。子供が新しいおもちゃを見つけたような顔をしている。
「あはっ、よくマフィアの隣に来たね?」
「マフィアの下に居続けるのは、それはそれで危険な気がしたんでな」
「違いないね」
四人は同じ木の上で、貴族達を待ち続けた。
そしてあっという間に夕方になった。
「来ないじゃねーか!」
「誰も絶対来るとは言ってなぁい」
待ちくたびれたデュークスは、エミリッタをおぶったまま。飛ぶように降りた。
「流石にもう来ないだろ。せめてあの城、本当に竜が住んでないか調べて来る」
「行ってらっしゃーい」
ロンは木の上に座ったまま、デュークス達に手を振った。
「お前らは来ないのか」
「だって俺らの仕事の中に、その城の調査とかないし。だったら違う仕事しに行くし」
「違う仕事って?」
「そうだねぇ。本当はお前らを殺す事も入ってるんだけど」
「昨日握手したろ」
「そうなんだよ。だからそれ以外かな。西のスパイを殺しに行くか、東の小悪党から金回収しに行くか」
「せめて一か所にまとまっててくれよ。そこには近寄らないようにするから」
デュークスはエミリッタを地面に降ろしながら、木の上にいるロン達を見上げた。木の葉の隙間から、マフィアたちの顔が見える。
ウミは心配そうな顔をロンに向けていた。
「ロン……あまり内情を話すのは良くないと思うんだが」
「んー? ウミちゃん、まーだ自分の状況分かってないのかなー?」
「分かってる。私はお前の所有物だ。だからロンがドンに叱られないよう」
「はい、物の分際で歯向かう口は塞ぎまーす」
ロンはウミの後頭部を掴み、そのまま彼女にキスをした。
驚いたのはウミだけでなく、デュークスとエミリッタもだった。
「えっ!? ろ、ロン!? お前何して」
ウミの感情をデュークスが代弁する。
彼女から唇を離したロンは、にっこりと答える。
「何って、ただのチューですが?」
「チューにただのも何もあるか!」
「だってうるさかったんだもん」
悪気のないロンに、照れている様子は一切ない。
ウミは両手で顔を塞いでいた。デュークス達に見られていた事が恥ずかしかったのだろう。
そして彼女以上に、デュークスとエミリッタの方が照れている。人のキスシーンを見たのは初めてだったのだろう。
「お前らって何なの。恋人……っぽくはないよな?」
「当然。ウミちゃんは借金の肩に売られてきたの。俺の所有物なの。物が恋人になれるわけないだろ。分かった?」
「何も分からん」
人を物扱いする気持ちも、彼女の気持ちをガン無視でいる気持ちも、デュークスには分からなかった。というより、分かりたくもなかった。
ロンは木から飛び降りて、目の前の城を見た。
「あ、よさげな場所あるじゃん。予定変更。この中で色々遊ぼっかぁ。ほらウミちゃん、降りてきなー」
「絶対イチャついて良い場所じゃないから! やめたげて!」
デュークスの言葉など聞かず、ロンは城の扉を開けようとする。
しかし、鍵がかかっていたようだ。ロンが扉を蹴とばすも、ビクともしていない。
「仕方ない。爆破させるかぁ」
「そこまでする事ないだろ!」
デュークスがロンを止めようとした、その時。
城の扉が、内側から開いた。
門が開いた先を見て、デュークスとエミリッタは戸惑った。
人間サイズの竜が、二本足で立っていたのである。
「何者!」
普通の人間の言葉で喋った竜は、橙色の肌をしていて。その上に、灰色の鎧を着ている。
槍を両手で構え、その先端を敵意と共にデュークス達へ向けていた。
「何だお前……!?」
「朧族、ハック・チェルシード。主の命令により、ここから先は通さない!」
「朧族……?」
デュークスは眉を潜めた。そんな民族は聞いたこともない。
エミリッタも首を傾げている。
ただ一人、ロンだけがピンときていた。
「あぁ、あれだよね。龍竜族ほどデカくはなれない、人型の竜の種族」
「そんな奴が何で貴族に協力してるんだよ」
「おれっちが知る訳ないだろ」
それもそうかと思いつつ、デュークスはある可能性を口にする。
「竜が暮らす伝説って、まさかコイツの事か……!?」
デュークスの呟きに、ハックと名乗る竜は一瞬だけ目線を上に向ける。
「それは違う。その証拠に……否。見せる必要はない!」
ハックは両手で握り締めた槍を振りかざし、デュークスを突こうとしていた。
「ウミちゃーん、とりあえず相手してあげてー」
「御意」
ウミはデュークスを庇い、薙刀で槍を振り払う。
デュークスは悔しそうな顔をしながら礼を言った。
「マフィアに礼を言うのは癪だけど、一応サンキュ」
「お礼は命でいいよぉ」
「絶対嫌だ」
「ワガママだなぁ。まぁいいや、上行ってきなよ」
ロンはそう言って、人差し指を立てる。
「上?」
「そ。さっきアイツ、その証拠にって言いながら上見てたから。一瞬だったけど」
「よく見てたな……けど、そこに何かあるって事か」
「多分ね。ここはウミちゃんに相手させるから、行ってきなよ」
「……分かった!」
ウミがハックの右肩を斬りつけた。
「ぐっ!」
その隙をついて、デュークスはエミリッタと共にハックの脇を通り抜けた。彼らはそのまま、城の中に突入する。
「ま、待て!」
「はいはい。お前の相手はウミちゃんだから。ありがたく思えよ?」
デュークス達の背後で、槍と薙刀の響き渡る音が続く。
マフィアに感謝しつつ、デュークスとエミリッタは城の上を目指した。
「えっちゃん、階段だ!」
城の中には他に誰もいなかったようで。二人はどんどん先に進む事が出来た。
階段を上った先、広い部屋の中には。
老いぼれた茶色の竜がいた。




