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旅立とうか、えっちゃん

 夕食を済ませた後、デュークスはすぐに旅支度を始めた。

 着られそうな服や、旅に使えそうな道具。それから、洞窟で拾って来たキラキラと光り輝く石の塊を集めて、リュックの中に詰めていく。


「えっちゃんと二人旅か……」


 作業が進むにつれ、旅がどんどん現実的になっていく。

 今までもアクセサリーを売るため、短い期間で旅をした事はあった。だが今回は何日、何年かかるかも分からない旅だ。

 ケノアの花が見つかるのが先か、自分とエミリッタの仲が深くなるのが先か。それとも、見知らぬ誰かに命を狙われるのが先か。


「……今度は守んないとな」


 デュークスは悲し気な顔をしたまま、胸元の石を握り締めた。

 


 翌朝。デュークスとエミリッタは、大きなリュックサックを背負って洞窟の外に出た。

 彼らの前に立った祖母は、東の方を指さす。


「まずはマリノスって国に行きな。だが一族の話はあまりべらべら喋るんじゃないよ。また命を狙われたら困るからね」

「分かってるよ。ばーちゃんも気をつけてな」

「誰に言ってんだい」

「はは、だよね……いってきます」

「いってらっしゃい」


 声の出せないエミリッタは、挨拶の代わりに祖母に抱きついた。これが最後にならない事を願って、目元を潤ませながらも笑顔で離れる。


「エミリッタも、いってらっしゃい」


 祖母もまた泣きそうな声で、彼女に別れを告げた。


「えっちゃん……行こっか」


 二人は祖母に見送られながら、ゆっくりと歩き始めた。



 里を離れ、鬱蒼とした森の中へ入っていく。

 エミリッタの眉は下がっていた。どうやら祖母と離れた事が寂しいらしい。とはいえ、自分の声を取り戻すための旅だという事も分かっているようで。歩く足は止まらない。


「えっちゃん。怖くない? その、ほら。ここ暗いしさ」


 彼女が寂しがっている事に気づいたデュークスは、寂しさを紛らわせてあげようと話しかけた。それどころか、あわよくば手でも繋げないかなと考えている。

 エミリッタはきょとんとしていた。

 確かに薄暗くはあるが、何度も来た事のある森だった。なんなら昨日、旅人にアクセサリーを売ろうとした場所でもある。知っている場所でもあるし、まだ怖くはない。

 もしかしたらデュークスの方が怖いと思っているのかな? なんて考えて。


 ぎゅっ、と。


 デュークスの手を握った。


「ヴぁっ!? え、えっちゃん。やっぱり怖い感じ? しょうがないなー」


 望み通り手を繋げたデュークスだったが、いざ握ってみると非常にドキドキしてしまって。彼女の顔を見れずに、思わず反対方向に顔を向ける。


 エミリッタは首を傾げた。もしかして、旅に出て不安なのかも。そう思って、デュークスの腕に抱き着いた。私も頑張るから一緒に頑張ろう、そう伝えたかった。


 だがデュークスはそこまで考えられなかった。彼は『えっちゃんかわいー!』としか思ってない。

 その気持ちをそのまま伝える勇気も出ず、かといって冷静でもいられなかった。


「んんんんんん、えっちゃん、そんな、暗いとはいえまだ朝だしさぁ!」


 朝だと何がダメなのか。分からなかったエミリッタだが、嫌がられているような気がしたのでそっと彼から離れた。

 離れられたら離れられたで悲しくなったデュークス。

 抱き着かれるのは緊張するが、やはり手くらいは繋ぎたい。


 思い切って、彼は彼女の手を握った。


 伝わって来た、手と手のぬくもり。むしろ心拍数まで伝わってしまわないか、それとも伝わった方が良いのか。デュークスにはそんな不安もあった。

 彼の気持ちはよく分かっていないエミリッタだったが、手を繋がれて嫌がってもいなかった。


「とりあえずだ。早く歩いて早く森を出よう。ここは危険だ。行こう、えっちゃん!」


 デュークスは嫌がられていない事に内心喜びつつも、急ぎ足で先へ進んだ。一番の危険要素が自分だと分かっていたからだ。




 マノリスと呼ばれた国は、デュークス達が住む里と比べ何もかもが発展していた。レンガで作られた壁は高く厚く、怪しい者は絶対に入国させないといった思いが感じられる。国境を分けるように立つ巨大な壁の真ん中に、唯一の出入り口である扉の前に立っていた一人の門番。


「あ、あれを見せるんだよね。ばーちゃんから貰ったやつ。リュックから出さなきゃね」


 エミリッタは頷くと、自分のリュックを降ろすために手を離す。

 残念に思うデュークスだったが、いつかはまた自然に手を繋げるようになる事を願い。自分のリュックサックを降ろした。


 二人はリュックサックの中から手帳型のパスポートを取り出し、門番に手渡す。彼らはエミリッタの祖母が持たせてくれたパスポートに、何が書かれているのかは知らない。国境で出せと教えられたから出しただけだ。


 小太りの門番は二人分のパスポートに添付された似顔絵と、目の前にいる二人組の顔を見比べる。

 デュークスもエミリッタもまだ若いからか、門番はさほど警戒をしていなさそうな顔で質問をしてきた。


「入国理由は?」

「グラスっつードラゴンを探しに」


 新人のドラゴンスレイヤーか、デュークスの答えを聞いた門番は真っ先にそう思った。

 この国では退治以外の理由でドラゴンに近づこうとする奴はいなかったからだ。それと同時に、デュークスを心配した。


 夏にぴったりの軽々しい服装をしていたデュークス。大きなリュックサックを背負ってはいるが、目に見える場所に剣や銃などの武器は装備されておらず。あるとすれば首からぶら下げているネックレスだけだが、そんなものは何の武器にもならないだろう。


 腕にも脚にも引き締まった筋肉がついているとはいえ、全体的にドラゴンを探しに行くと言う者の恰好ではなかった。


「そんな装備で大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない。デュークス・リングライト、嘘つかない」

「ほう。それで、そっちの子は」


 門番はデュークスの隣にいたエミリッタに目を向けた。門番の質問に、デュークスが自慢げに答える。


「幼馴染のえっちゃんだ」

「えっちゃん……?」

「あだ名ね、あだ名。エミリッタ・レティウェルズ。この子は手先が器用でね。アクセサリーなんかを作っては売って旅費を稼いでもらうんだ。ほら、これとか」


 デュークスはエミリッタが背負っていたパンパンのリュックサックから、布に包まれた何かを手に取る。広げた布から取り出したのは、大ぶりの宝石がついたネックレス。門番は目を輝かせた。


「こりゃすごい。なぁ、おれにも売ってくれないか。家内が喜びそうだ。あぁでも、これだけ良いものならかなりの額か……」


 高くては買えない。そう物語っている門番の顔を伺ったデュークスは、エミリッタに顔を向ける。エミリッタはデュークスの顔を見ながら頷いている。販売許可を出すのは彼女のようだ。

 許可を得たデュークスは、営業用スマイルを見せつける。話せないエミリッタに代わって、交渉はデュークスの役目。


「んじゃ、この国で三日間過ごす二人分の宿代出してもらおうかな。一番安い場所でいいよ」

「宿代って……その程度でいいのか?」

「その程度ってこたぁないよ。俺らからしたら超大助かり。なぁえっちゃん」


 エミリッタは黙って頷いた。門番はズボンのポケットから紙幣を取り出し、デュークスに手渡す。


「はいよ、二部屋を三日分。この国なら一番高い宿でも十分足りるはずだ」


 そう言われたデュークスは、賭けに出た。


「あー、二部屋って俺ら別々の部屋って事? 同室でいいよ、ツインで。そのが安いでしょ。俺ら幼馴染、同じ部屋で寝る事なんざよくある事だったし。いいよな、えっちゃん」


 賭けというのは、エミリッタとの仲の方。報酬を削ってでも、彼女との仲が進展するならそれはそれでアリだと思ったのだ。

 彼女はコクリと頷いた。彼女はあまり高すぎても悪いとしか思っていない。

 それを見て調子に乗ったデュークスは、右手でピースサインを作って門番に見せた。


「なんならダブルベッドでもいい。引っ付いて寝るから。その場合幼馴染の境界線を越えるかもしれないけど」


 ピースではなくダブルを表していたようだ。

 少し照れた様子のエミリッタは、ぺちぺちとデュークスの背中を叩く。自分が彼の子を産むように言われたなど想像もしていない彼女は、ただ彼が冗談を言ったと思ったようだ。デュークスは「ごめんごめん」と調子の良さそうな謝罪を口にし、エミリッタは頬を膨らませて怒っていた。


 カップルのイチャつきを見せつけられたような気分になった門番だが、目の前の宝石が手に入ればどうでも良かった。


「これでも足りない位の価値があると思うぞ。何、余った金は好きに使え」

「そう? じゃあ遠慮なく」


 門番は金を手渡し、引き換えにネックレスを受け取る。

 初めての客だ。幸先のいいスタートに、デュークスもエミリッタも笑みを浮かべた。

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旅が始まってこれからが楽しみ!
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