誘われちゃったよ、えっちゃん
シャード兄ちゃんというのは18人いるデュークスの兄弟の内、8番目の兄だった。
幼馴染のエミリッタも、遊んでもらった事がある。
「もしかしたら、他の皆の石もアイツが持ってる可能性もある。それこそ……えっちゃんの石も」
龍竜族の石は、里を教われた時にほとんどが奪われてしまった。
里を襲った奴らこそエミリッタの祖母が倒してくれたものの、石は行方知れずになっていた。
既に売られた後だったのか、どこかに捨てられてしまったのか。そのどちらかだろうと思っていたデュークス達。
その一つをマフィアが持っていた、という事になる。
「これから先、命を狙われるだろうからね。俺はえっちゃんの事、ずっと守る気でいるけど。えっちゃんが自分で身を守れるすべがあるなら、それに越した事はない。だから……もしアイツが、えっちゃんの石を持っていたら取り返そう」
エミリッタは眉を八の字に曲げて、デュークスを見つめていた。
「ん? どうかした?」
何か言いたげなエミリッタだったが、すぐに首を左右に振る。
「うーん、伝えられそうだったら伝えてくれていいんだよ? 難しいかもしれないけど」
エミリッタは少し考えて、デュークスの顔の傷を撫でた。
もしかして俺を心配してくれているのか!?
そう思ったデュークスは、喜びながら彼女を抱きしめた。
「大丈夫! えっちゃんを危険な目には合わせない!」
エミリッタはへにゃりと笑う。どうやら、正解だったらしい。
「そうと決まれば、早速アイツらを探さないと。俺らを狙ってるのは変わらないだろうから、そう遠くには行ってないはずだけどね」
名残惜しく思いつつも、デュークスは彼女から離れた。
エミリッタはリュックの中から、あるものを取り出した。
「どうしたの、えっちゃん……地図?」
彼女が広げたのは、街周辺の事が書かれた地図。アリシアが別れる前に貸してくれたものだった。
エミリッタは城の絵が描かれた場所を指さしている。
文字は読めないデュークスだが、その絵が何を意味するかは理解出来た。
「この城に行きたいの? まぁ、元々その予定だったけど」
竜の暮らす城の伝説を聞いて、この街を行先に選んだ二人。彼らの目的はあくまで、ケノアの花を探す事だ。
エミリッタは首を傾げる。他に伝えたい事があるらしい。
右手の人差し指を伸ばした彼女は、空中に星形を描いた。
「星……シャード兄ちゃんの石の事? もしかして、マフィアがここにいるって?」
デュークスの問いを聞いて、エミリッタは嬉しそうに頷く。どうやら正解だったようだ。
「どうしてここにいるって……あぁ、そうか。マフィアが俺らの行先を予想してるかもしれないのか。待ち伏せしてる可能性もあるよね」
デュークス達がこの街にいる事を突き止めた奴らだ。彼らの行先もある程度候補を上げているかもしれない。それに彼らも竜の伝説について知ってるかもしれないし、今は知られていなくても今後バレる可能性は十分ある。
「どちらにせよ、目的地は同じだし。まずは城の方に行こう」
***
二人は城の前に到着した。
壁には蔦が絡まっている。その姿はまるで、緑色の上り竜のようにも見えた。
「まさか竜が住む伝説って、あれの事じゃないだろうな」
エミリッタは首を傾げた。否定も出来ないらしい。
城の警備をしている者がいてもおかしくないと思っていたデュークスだったが、周囲には誰もいない。
それでもマフィアだけは近くにいる可能性も考えて、デュークスは大声を出した。
「ロン! いるなら出てこい!」
ヒュンっ!
城前にある木の影から、ナイフが飛んでくる。
デュークスは慌てて避けた。ナイフは彼の足元スレスレに刺さっている。
「誰もナイフを出せなんて言ってないだろ!」
「そんな事を言われてもぉ。そっちから呼んでくれるなんて思ってなかったから、警戒しちゃってー」
木から飛び降りたマフィア二人が、デュークス達の前に立つ。
デュークスはエミリッタを背中に隠し、マフィア達に怒りをぶつけた。
「何で俺らがマフィアに警戒されなきゃならないんだよ」
「竜相手に警戒して何が悪いのさ。それより、どうして呼んだの? 殺してほしいから、って訳じゃないよね?」
「当たり前だろ。石返せ。他の石も持ってるんじゃないだろうな?」
デュークスの質問に、ロンは鼻で笑った。
「じゃあさ、取引しようよ。君に石をあげる代わりに、その女の子頂戴。それなら、君の事は殺さないであげる。今はね」
今はという事は、後々は殺すかもしれないという事だ。デュークスは舌を出して断る。
「どっちも嫌だ」
「それじゃあ取引にならないからね?」
「取引をするつもりなんてない。俺はただ、家族のものを取り返したいだけだ」
「家族、ね」
ロンは何故か悲しい顔をし始めた。
「おれも家族の命令でやってるんだよ」
「は?」
「可哀そうだと思わない?」
「可哀そうだと思われて嬉しいか?」
間髪入れずに返ってきた答えに、ロンはサングラスの向こうで目を丸くしてから笑った。
「ははは、いいね。大抵の奴は可哀そうって思ってくれるんだけど。その答えは悪くない。面白いから、ひとまず殺すのは保留にしておいてあげんね」
「一生殺さないで欲しいんだけど。いいから石返せ」
「じゃあさ、一緒にマフィアやらない?」
思ってもいなかった提案に、今度はデュークスの方が目を丸くする。
「は? 俺が、か?」
「うん」
ウミも初耳だったようで、仲間の提案を止めに入る。
「ロン、流石にそれは!」
「いーじゃん。それはそれで面白いかもよ」
「でも」
「いやいやウミちゃん。君、おれっちに命令できる立場じゃないよね?」
「っ……!」
ロンに冷たい目で見られ、ウミは黙ってしまった。仲間なんだよな? とデュークスは疑問を抱きつつ、一番聞きたい事を問う。
「マフィアの仕事なんて、大体悪い事じゃないのか? 悪い事をするのも心苦しいし、えっちゃんを危険な目に合わせるのも嫌なんだけど」
ロンはデュークスの隣に立ち、彼の肩を掴んだ。
「いやいや、素質あるよ君。だって殺したんだろ? マリノスの隊長の事」
その言葉を聞いて、デュークスはロンから勢いよく離れた。
デュークスの反応を見たロンは、にんまり笑う。
「情報入ってるよぉ。竜龍族に食われたって。ぶっちゃけさぁ、それって殺しちゃったって事だよね? 他にも人間相手に攻撃した事もあるんじゃない? そうなったら人の事、言えなくない?」
確かにデュークスは、門番を踏みつけたり、隊長を飲み込んだ事もある。
全てはエミリッタを守るためとはいえ、人間の常識からは外れているだろう。
「あれは、アイツがえっちゃんを傷つけたから……俺は悪い奴しか倒さない」
「一緒にするなってか」
一緒にされたくはない。そう思いつつも、一緒にされても仕方がないとも分かっていて。デュークスは黙ってしまう。
デュークスの想いに気づいたのか、ロンはある提案をする。
「じゃあさ、まずはお試しって事で。一つ仕事を頼みたいんだ。なに、そこまで危険な事は頼まない。ただ、確認してほしいだけなんだよ」
「確認……?」
「最近、ある貴族の坊ちゃんが嫁を貰ったらしいんだよね。で、その嫁なんだけど……龍竜族かもしれないんだ。一緒に確認してくんない?」




