黒い星だ、えっちゃん
「その石、どこで手に入れた!?」
「教えないよぉ、来てくれるわけでもないのに。メリットないでしょ」
「ふざけんな!」
デュークスが手を伸ばし石を奪おうとするも、ロンはすぐさま手を引いて。胸ポケットの中へ石を戻す。
「ふざけてないよ。おれっち、いつでも本気だもん」
そう言いながら取り出したのは、三本のナイフ。小型とはいえ、刺される場所によっては死ぬ可能性だってある。
他の客や店員も異常事態に気づいたようで、机の下に隠れていた。
デュークスはエミリッタを横抱きにし、店の外へ連れて行こうとする。
ヒュンッ。
背後から何かが飛んでくる音が聞こえた。
デュークスはエミリッタを抱きかかえたまま、その場にしゃがみ込む。
頭上を飛んだナイフが、目の前の壁に刺さった。
「本気で投げて来るんだから、タチの悪い奴だ。ひとまず外に出るよ、えっちゃん」
エミリッタは頷いて、デュークスの肩に腕を回す。
立ち上がったデュークスは、店の扉を足で開けた。その瞬間、かすかに血の匂いがしたという。
店を出ようとしていたデュークスは、急いで体をそらせた。
それとほぼ同時に、扉の前で薙刀が振り下ろされた。あのまま店の外に出ていれば、デュークスの首が切られていただろう。間一髪、デュークスの前髪が少し切られた程度で済んだ。
「……仕留め損ねたか」
そう呟いたのは、薙刀を持ったポニーテールの少女だった。スタイルの良さが、丈の長いボディコンワンピースによって際立っている。
「あれま。ウミちゃんの薙刀をかわすなんて。やるじゃん」
背後から聞こえたロンの呟きで、デュークスは薙刀の少女もマフィアの仲間だと判断した。
ウミと呼ばれた少女はデュークスの後ろにいるロンに目を向けた。
「ロン、命令は?」
「殺すのは後からでも出来るからね。まずは生け捕りの方向でいこう。殺しちゃったら殺しちゃったでどうにかするから、気にしなくていいよ」
「御意」
ウミは薙刀を振り回し、デュークスの首を狙う。
デュークスは薙刀を避けながら、ウミの目を見つめた。ロンと同じく、冷たい目をしていた。
「お前もマフィアか。命令って事は、あのサングラスの部下か何か?」
「喋る暇があるのか、舐められたものだな」
「まぁ、ねっ!」
デュークスは薙刀を持つウミの手を蹴り上げた。薙刀が一瞬だけ、彼女の手から離れた。
直後、背後からロンの投げたナイフが飛んでくる。
デュークスもウミも避けたため、そのナイフはすぐに地面に落ちた。
ロンはデュークスを軽蔑の目で見ている。
「なんて野蛮な奴なんだ。女の子には優しくって教わってないのか」
「殺そうとしてきてる奴に男も女も関係あるもんか。それに俺は、えっちゃんが一番大事なんでね。えっちゃんを危険な目に遭わせようとしてる奴は、女の子だろうと優しくできない!」
「へぇ。バカは死ななきゃ治らないってやつだね。ウミちゃんの良さが分かるように、殺してあげようか」
「お断りだね、っと!」
デュークスの首めがけて、再びウミの薙刀が振り下ろされる。それを避けると、すぐさまロンのナイフが飛んできた。
薙刀とナイフの攻撃を、エミリッタを守りながら避け続けるのは流石に難しく。
デュークスは眉間にシワを寄せた。
「くそ、人の命を軽く見やがって。えっちゃん、手伝って」
頷いたエミリッタは、デュークスの胸元で揺れていた赤い石をつまむ。そしてそのまま、デュークスの口元へ近づけた。
デュークスは彼女の手ごと、甘噛みで石を噛む。
瞬時、デュークスは赤い竜になった。
竜体の方が腕が短いせいで、エミリッタは右腕にしがみつく形になっていた。
ロンは手に持っていたナイフを、すぐに仕舞った。
「あーあ。そっちになっちゃったか。それだと勝算低いんだよなぁ……よし、ここは逃げるが勝ちって事で! ばぁい!」
マフィア二人は、走ってその場を逃げだした。
「あっ、おい!」
デュークスはすぐさま人型に戻った。
赤い竜の姿は体が大きい分、走るには不向きだった。特に赤い竜体はマグマの胃液の分、デュークスが変身出来る中で一番重い姿だった。翼こそあるが、飛べてもニワトリ程度。飛ぶだけなら一番軽い、緑の竜の方が向いているのである。
だが今は、むやみやたらと目立つのも良くない。
そう考えて人型に戻り、再びエミリッタを抱きかかえる形になってマフィアを追いかけた。
正確にはマフィアを追いかけているのではない、マフィアが持っていた石を追いかけているのである。
しかしその願いはかなわず、街角を利用されて見失ってしまった。
「何だったんだ、アイツら……」
悔しそうにしているデュークスの顔を、エミリッタが心配そうに覗き込む。
「うん。大丈夫。ありがと、えっちゃん」
エミリッタのおかげで、彼のイライラが落ち着いた。恋人が心配してくれることが、非常に嬉しかったのである。
「ひとまずパンケーキのお金を払いに戻らないと。荷物も置いてきちゃったし」
店の中に戻ると、店員達が散らかった店内を片付けていた。
他の客はいなかった。既に帰って行ったのかもしれない。
店員はデュークスとエミリッタを、怯える目で見ている。マフィアに狙われた奴らとして認識しているのだろう。
デュークス達は荷物を回収し、店員にお金を払う。
「これパンケーキ代。俺達も襲われた側だから、店の修理費は勘弁してほしいんだけど」
「あっ、ありがとうございます……」
デュークスは決して謝る事なく店内を出て行った。
マフィアたちの方が悪いと思っているのが一番の理由ではあるが。
ここで謝ってしまえば、自分達が生きている事を否定しているみたいで嫌だった。
店を出たデュークスは自分の石を見つめた。
「俺達の命もだけど、石も狙われる可能性あるよな。前にハンスに切られた事あるし、紐じゃない方が良いかな。いっそ体の中にしまっておいた方がいいのかな」
エミリッタは首を左右に振った。それだとすぐ変身出来ないんじゃない? そう言いたいらしい。
「うーん。じゃあ、えっちゃんの作るネックレスみたいに、チェーンでつけてみる?」
エミリッタは頷いて、同意を示した。
二人は人目を避けて歩き、近くにあった森の中に移動する。エミリッタは地面の上に、アクセサリー作りのための道具を並べた。
「じゃあ、よろしく」
デュークスはエミリッタに三つの石を渡す。
他人が噛むのはキス以上の意味がある石に、彼女が手を入れていく。
他意はないとはいえ、デュークスは妙にソワソワした。
五分後、デュークスの石は太めのチェーンで繋がれた。
「ありがと。これで簡単に奪われる事はない……と、思いたいんだけどね」
わざわざマフィアを名乗って来たような奴らだ。油断はできない。二人はそう思っていた。
デュークスはロンが持っていた、黒い星形の石を思い出す。
「アイツが持ってたのは、シャード兄ちゃんの石だ。あの星形、間違いない」
デュークスは確信していた。あれは絶対に――死んだ兄の石だった、と。