マフィアだってよ、えっちゃん
「ここでいいのか?」
「うん。大丈夫、ありがとね」
デュークス達がたどり着いたのは、トークスという海沿いにある街。
海賊船から降りた二人は、アリシアに頭を下げた。
アンナは一人、頬を膨らませる。
「ここでお別れなんて嫌! えっちゃんも海賊になればいいのよ!」
「アンナ、我儘言うんじゃないよ。あたしらは次のお宝を目指さなきゃいけない。エミリッタは花を見つけなきゃいけない。今までは道が同じだったとしても、目的地が違うんだよ」
アリシアに叱られ、アンナはエミリッタに涙目を見せる。
「えっちゃん! 次会った時は、もっと色々な事して遊ぼうね。絶対、絶対よ!」
まだ納得していなさそうなアンナは、アリシアに首根っこを掴まれて。船はそのまま出向した。
アンナの「えっちゃぁああああああああああああああん!」という悲しい叫びが、どんどん小さくなっていく。
「さて、えっちゃん……それじゃあ行こっかぁ」
デュークスはエミリッタの手を握る。思い伝わった恋仲なので、手を繋ぐのも怖くない。
エミリッタは少し恥ずかしそうにしながらも、その手を握り返した。
にっこにこのデュークスは、この街に来た目的を話す。
「この街には竜の暮らす城があるって伝説があるらしい。嘘か本当か分からないけど、見る価値はあるよね」
エミリッタはこくりと頷く。デュークスほど浮かれてはいないが、彼女もまた恋人との旅を楽しく考えていた。
海沿いにある建物では、浜辺で食べられそうな肉の串焼きや甘いジュースなどが売られていた。
店の前では若者たちが楽器を演奏し、子供でもすぐ覚えられそうな簡単な歌をうたっていた。楽しいリズムに、人々は自然と体を揺らす。
エミリッタも例外ではなく、彼女は思わず口を開いた。だが何も発する事はない。
歌えないんだった、そう思い出して悲しくなっているのが表情で分かった。
デュークスは周囲を見渡す。少し離れた場所に、甘い香りを漂わせる店を見つけた。
「えっちゃん、あれうまそうだぜ!」
これ以上彼女が傷つかないように。
意地汚いふりをしたデュークスは無理やり彼女を引っ張って、その場から離れさせようとした。
しかし。
エミリッタはその場にしゃがみ込んで動かない。
歌えないのは悲しいが、聞きたい気持ちもあるのだろう。
えっちゃんがそうしたいなら、無理やり離れさせる訳にもいかないし。そう思ったデュークスは、隣に座って。彼女と共に、演奏を聴く。とはいえ、これだけじゃ物足りないのも事実だろう。
「歌えるようになったら、また来ようね」
デュークスの呟きに、エミリッタは静かに頷いた。
***
「お待たせしました、パンケーキです」
歌を聞き終えた後、デュークス達は甘い香りがしていた店に入った。
目の前に運ばれて来た料理は、見るからに柔らかそうだった。
薄い茶色をした生地の上に、とろけたバターがのっている。
「甘くてうまいけど、すぐなくなった」
柔らかいパンケーキは、たいして噛まずに飲み込む事が出来て。デュークスは五秒で食べ終えた。
一方エミリッタは、フォークとナイフを起用に使い、一口サイズに切り分けてちまちまと食べ進める。
「えっちゃん、おいし?」
エミリッタはパンケーキを見つめながら頷いた。
それでもデュークスは気にする事なく、むしろにっこにこだった。
おいしそうに食べる彼女の姿は、見ているだけで幸せだった。
そう、彼女、えっちゃんが彼女!
その事実だけでお腹も心も満たされていた。
バンっ。
勢いよく扉の開く音がする。
「どーもぉ! デリバリーマフィアでぇーす!」
そう言いながら店に入って来た男が、デュークスに向かってナイフを投げた。
デュークスは音だけで何かが飛んできたと判断し、机の上に置いてあったお盆を持って跳ね返す。
相手の顔は一切見ていない。見ているのは、ふわふわぱんけぇきを食べるエミリッタの顔だけ。もはや彼の世界は彼女が中心だった。
回転したナイフは床に当たり、壁に当たり、天井に当たり、エミリッタのパンケーキにぶっ刺さった。
パンケーキがダメになり、悲しそうな顔をするエミリッタ。
デュークスは振り返って、男を睨みつけた。
「えっちゃん泣かせやがったな……?」
「どう考えてもお前のせいじゃねー?!」
「そんな事はない。っていうか誰だお前」
席を立ったデュークスはようやく、ナイフを投げて来た男に目を向けた。
サングラスをかけた茶髪の男は、夏だというのに黒いロングコートを着ていた。それでも一切暑そうにはしておらず、ニヤニヤとデュークスを見つめている。
「デリバリーマフィア、ロン・バジリスタ。どうぞよろしく、死ぬまでね」
「マフィア……!?」
デュークスもエミリッタも、目を丸くした。
二人の中でマフィアというのは、非道な行いをする組織、というイメージだった。実際ナイフを投げつけられたし、どこか血の匂いもする。
しかし目の前にいるマフィアは、デュークス達と同じくらいの年齢に見えた。こんなにも若い彼が、非道な行いをしているようにはどうも思えなかったのである。
「うーん。やっぱり、殺さない方が良いのかなぁ」
「何言ってんだよ、何なんだお前」
「言ったでしょ。デリバリーマフィアです。ただね、ちょっと困ってるのよ」
「何をどう困れば攻撃してくるんだよ」
「いやね、困ってるというよりは迷ってる、かな。殺せって言ってる連中に死体を引き渡すのと、生け捕りにして奴隷にしたいって奴らに引き渡すの。どっちがいいかなーって」
サングラス越しに向けられた冷たい視線に、デュークスは思わず寒気を感じた。
本当にマフィアなのだろうか。視線だけで、そう思ってしまった。
「やっぱ片方ずつが一番穏便かな。ここはレディファーストといこうか。女の方、身売りに出されるのと殺されるの、どっちがいい?」
「どっちもダメに決まってるだろ」
デュークスはパンケーキに刺さったナイフを、マフィアのロンに投げ返した。
ロンは飛んできたナイフを一切恐れていない。パシッと、持ち手の部分を掴んだ。
デュークスはエミリッタを庇うようにして立つ。せっかく恋仲になれたというのに、引き離される訳にはいかない。
エミリッタも心配そうに、デュークスの背中に隠れた。
ロンはため息を吐いて、近くにあった椅子に座る。そしてそのまま、先ほど掴んだナイフを舐めた。
「そっかー。あ、これおいしいねー」
パンケーキの味がついていたらしいが、見た目は十分トリッキーだ。
デュークスは警戒を解かなかった。
「俺達を殺したがってる奴らがいるのは知ってる。けど、お前はそうじゃないんだろ? 売るのはともかく、何の恨みがあって殺そうとしてるんだよ」
「別に恨みはない。脅威を全て排除しないと気が済まない人間が、排除したいだけらしい。おれらは命令だから動いてるだけ。お前らだって、友達、恋人、家族から頼まれごとをしたら引き受けるもんだろ? それと一緒だよ」
ロンはそう言いながら、コートの胸ポケットを探る。
「これなーんだ」
見せられたのは、黒い星型の石だった。
デュークスもエミリッタも目を丸くする。
その石はただの石ではなく――龍竜族が変身するための石だった。




