俺もだよ、えっちゃん
鎮火した地面が黒く焦げた。
船を降りたエミリッタはその上を走り、デュークスの前に立つ。
デュークスは何事もなかったかのように、彼女に微笑んだ。
「えっちゃんをいじめた奴はもういないから、安心して」
エミリッタはコクリと頷くも。隊長がいなくなった嬉しさと、デュークスに手をかけさせてしまった罪悪感が混ざって、下がり眉になっていた。
デュークスは彼女の表情に気づいていないのか、傷だらけのグラスに目を向ける。
『すまない。約束は守れなかった』
傷だらけのグラスは弱弱しい声を出した。
大きいはずの体が、デュークス達にはとても小さく見える。
「この状況じゃあ仕方ないって。悪いのはグラスじゃないよ。俺らは他の花を探しに行く。グラスはさ、この後どこか行くアテあるの? 特にないなら、えっちゃんのばーちゃんの所に行ってくれるとありがたいんだけど」
グラスは起き上がると、大きな翼を広げた。ボロボロの体ではあるが、動かす事は出来るようだ。
『そうだな。あまり遠くに行く程の体力はない、しばらくは彼女の所で厄介になるかな』
「多分その方がばーちゃんも喜ぶ」
エミリッタも頷いた。
グラスは優しい目でエミリッタの顔を見つめる。
『エミリッタ、これでよければ受け取ってくれ』
グラスが右腕を少しだけ動かすと、その下から現れたのは白い花びらだった。
花びらを見たデュークスは目を見開く。
「えっちゃん、これケノアの花のじゃない!?」
『足元で包んでおいた。落ちたものに変わりはないが、踏まれてはいない。それに花びら一枚だ、完治させる事は難しいだろう。それでも一言くらいなら話せるかもしれない』
エミリッタは優しく微笑み「ありがとう」とパクパク口を動かす。
グラスも返事をするように優しく微笑むと、翼を大きく羽ばたかせて里のある方角へと飛んで行った。
デュークスはエミリッタの手に乗る花びらを見つめた。
「良かったね、えっちゃん。まずは第一歩だ」
エミリッタはドキドキしていた。それが声を出せる期待から来るものなのか、目の前で笑っている幼馴染のせいなのかはエミリッタ自身にも分からない。
それでも、今自分がやらなければならない事は分かる。
彼の期待に応えるべく、花びらを口に入れ。噛まずに飲み込む。スーッと喉の奥に爽快感が広がった。
「どう? 何か変わった? 何か喋って……っていうのも、悩んじゃうかな。えっちゃん歌うまいし、試しに歌ってみれば? うまくすればワンフレーズくらいは歌えるんじゃない?」
エミリッタの瞳に映るのは、デュークスの期待に満ちた顔。歌ってあげれば、きっとまた笑顔を見せてくれるだろう。
だがエミリッタに歌う気はなかった。
歌で気持ちを伝える事も出来るだろうが、全てを伝えるにはあまりにも時間が限られていた。
それに歌で想いを伝えたところで、デュークスは「えっちゃん歌えたねぇ!」と言いそうだ。歌詞の意味など考える事無く、笑顔で歌を褒める幼馴染の姿が容易に想像できた。
勿論歌う事は嫌いではない。むしろ大好きだった。
それでも今は、歌よりも優先して伝えなければならない言葉を声に出したかった。
今を逃せば、次はいつ言えるか分からないから。
エミリッタはデュークスに抱きつく。
「え、えっちゃん?」
顔を上げたエミリッタは少し照れながらも、デュークスに顔を向けて。
限られた時間の中で、ずっと言いたかった事を告げた。
「ありがとデュークス、大好き」
脳がとろけるような甘い声は、デュークスの胸に刺さり。
デュークスはカーッと、顔全体を赤く染める。
「あっ、えっ、うん、お、お、れもっ!」
その返事を聞いて、エミリッタは嬉しそうに抱きついた。
デュークスもぎこちない手で彼女を抱きしめ返す。
相思相愛になれた事を、心の中で盛大に喜んでいた。
周りが見えていない二人は、海賊達が生暖かい目で見守っていた事に気づいていない。
唯一アンナだけが悔しそうな顔をしている。そんな彼女を、ハンスが引きずるようにして船の奥へ連れて帰った。
「ほらお嬢、邪魔すると竜に蹴られて死ぬよー」
「邪魔なんてしないわよ、ただえっちゃんの親友はアンナだって言いたいのっ。離しなさい!」
***
海の上に沈みかけた太陽が映る。海賊の船はデュークスとエミリッタを乗せたまま、次の国へと向かっていた。
「それで、結局一言喋って終わりって訳?」
「あぁ。えっちゃんは歌より俺を選んでくれたってわけだ」
「どうかしてるわ」
アンナはため息を吐いた。デュークスの事は少しは認めたとはいえ、納得した訳ではないようだ。
デュークスはエミリッタに顔を向ける。
「でもえっちゃん、喋れなくて良い訳じゃないんだろ?」
エミリッタは頷く。もっとデュークスと話したいし、歌は歌で好きであるため、諦めなくて良いのであればそのまま旅を続けたいと思っていた。
世界地図を借りたデュークスは、顔の前で広げた。書かれた文字は読めないが、なんとなく地形は理解出来るらしい。
「でもこれからが大変だ。今度は目撃情報とか一切ないからね。とりあえず次の国まで乗せて。槍で出来た痣が痛くて飛べない」
アンナは不貞腐れた顔をしながらも答えた。
「乗せるのはママも構わないって言ってたし別に良いけど、何であんな槍を食らっといて痣で済むのかしら」
「何でって言われても、そういう体の構造だからとしか」
「分かんないわぁ」
アンナは眉間にシワを寄せて、腕を組んだ。
デュークスはエミリッタの手を握って、照れた顔をして言った。
「とにかく、絶対にえっちゃんの声を取り戻そう。それと、えっちゃんがいいなら、その、子を、いや、恋人同士でする事全部やろう!」
流石に俺の子を産んでくれとはまだ言えなかった。
「そうだよヒンさん。いかがわしい事をした時、声を聞ける方が楽しいよ」
ハンスはカップルの甘い雰囲気を壊す事も得意だった。
彼女へのセクハラに、デュークスが怒る。
「やめろ、清純派なえっちゃんにそんな事言うな!」
「聞けなくて良いのか?」
「それは……」
怒っていたデュークスだが、一転照れた様子を見せる。
エミリッタも照れているが、これはスーパーえっちゃんタイムを思い出して、清純派の行動でもないなと自分の行動を恥じているだけだ。
「ちょっとハンス! えっちゃんに変な事教えないで!」
デュークスはアンナとハンスの暴動に巻き込まれないよう、エミリッタの肩を掴み。そっと船の淵へ逃げる。
「とにかく、まだまだ旅は続けないと。探して探して、見つけるんだ。花を、えっちゃんの声を。きっとみんなも、それを望んでくれるから」
エミリッタはにっこり笑って、大きく頷いた。波に乗った船は、次の国を目指して進み続ける。




