赤竜だよ、えっちゃん
朝食を終えたデュークス達は、アリシアが貸してくれた国の地図を机の上に広げる。ちなみに今日も少女二人は仲良く一緒にご飯を食べた。その間に野郎が入る隙は無い。
デュークスは改めて決意を口にする。悲しみは怒りに変えるらしい。
「さて、今日こそはグラスを解放しに行こう。そして昨日えっちゃんを酷い目に合わせたクソ野郎を見つけたら……ボコボコのぐちょべちょにしてやる……!」
エミリッタに抱きつくアンナが、大きく頷いた。
「そうね、穴だらけの体にしてサメの餌にでもしてやるわ!」
アンナの誓いを、アリシア微笑みながら聞いていた。普通の母親なら怒ってもおかしくないが、海賊的には嬉しいのかもしれない。
その時、船員の一人が慌てた様子でやって来る。
「団長! 大変だ!」
「何だよ」
「兵の隊長がデュークス達連れて出て来いって、ドラゴン人質にして来てる!」
ドラゴンと聞き、デュークス達は急いで甲板の上に向かい。鼻から上を船の外へ出す。
港には偉そうに仁王立ちしている隊長がいた。その後ろには、大きな板の上に乗せられたドラゴンの姿があった。ドラゴンはぶ厚い鎖で手足と翼をグルグル巻きにされ、板に固定されている。
「グラス!?」
デュークスは思わず、ドラゴンの名を叫んだ。
船を睨みつける隊長が、大声で叫んだ。
「龍竜族を匿っている事は分かっている。出てこい、さもなくばこのドラゴンを殺す。貴様らのせいで仲間が殺される事になるぞ!」
予想外の方法でグラスを外に出せたが、危機的状況である事に変わりはない。
身勝手な隊長の話を聞いたアリシアは、ため息を吐いた。
「卑怯な奴らだね。エミリッタもデュークスも出て行くこたぁないよ」
「でもグラスを見放すなんて!」
「だからって出て行ったら、殺られるのはアンタ達だよ。あの花、探せば他の場所にもあるかもしれないんだろ? だったらそっちを探す方が安全かもしれないじゃないか。今アイツらの前に出て行って、またエミリッタが危険な目に遭ったらどうするんだ」
「それは……」
「ま、アタシに決める権利はないけどな」
アリシアは立ち上がると、船の淵に座って隊長に顔を向けた。隊長もアリシアに気づき、冷たい表情で言った。
「匿っているなら出した方が身のためだぞ」
「匿ってはないさ、娘の友達が遊びに来てるけどな。まだ遊ばせておくから、邪魔しないでくれないか」
「そうか、それが答えか」
「そうだよ。そのドラゴンをどうされようと、アタシには関係ないね」
アリシアはグラスより、デュークス達を助けた。
デュークスが躊躇っている内に、隊長が大きく手を上げる。
「やれ!」
掛け声と同時に、兵士達は一斉にグラスへ襲い掛かる。グラスの肌を槍で刺し、剣で肉をそぎ落とし、血で辺りを汚す。
グラスは歯を食いしばって、痛みに耐えているように見えた。
「グラスっ……!」
このままではグラスの命が危ない。そうデュークスが判断した、次の瞬間。
スパっ、と。
兵が振るった剣によって、グラスの背に生えた花が散った。
ゥガァアアアアアアアアア!
グラスは国中に響くような叫びを喉の奥から出した。一瞬怯んだ様子を見せた兵達だったが、鎖で縛られたままである事を思い出し、攻撃を再開した。
バラバラになった花びらが血で汚れ、兵士達に踏まれていく。
デュークス達がグラスを助けようとしていたのは、グラスがケノアの花を持っていたからだ。
その花がなくなった。もう助ける理由はない。助けた所で自分達が酷い目にあう可能性だってある。
助ける必要はない、はずなのに。
「……団長の言う事も分かるよ。分かるけど、やっぱり俺は、このままじゃ済まさない!」
そう言ったデュークスは赤色の石を手に取った。だが眉間にシワを寄せると、緑に持ち変える。
緑の石を齧ろうと口を開けた、その時だ。
エミリッタがデュークスに、背後から抱きついた。
「えっちゃん……?」
首を左右に振ったエミリッタは、デュークスの正面に立つ。緑色の石を掴み、赤色の石を握らせた。デュークスは苦い顔をして、エミリッタを見つめる。
「でもこれじゃ」
エミリッタは首を振り続ける。この石でいい、この石じゃなきゃダメ。そう目で訴えているようだった。
目の前にいる彼女から背中を押されたような気がしたデュークスは、赤い石を掴んだ。
「……えっちゃんに辛い思いをさせちゃダメだって思ってたから耐えてたけど、えっちゃんがそう言うなら仕方ないーー行くぜ」
デュークスは赤い石を齧り、船を飛び降りた。
周りが真っ白になる程の、強い光。
ズシンっ、と地響きが鳴り。重々しい空気が周囲を圧迫させる。
現れたのは、赤い竜。
ゴツゴツした深紅色の皮膚に、がっしりした太もも。手と腕は短いが、その先端についた爪はかなりぶ厚く。緑の竜の時よりも、大きな翼を持っていた。
腰から伸びている尻尾が、まるで鞭のように地面を叩いた。その音に怯えた兵士達を、大きなツリ目で睨みつける。
赤い竜は一直線にグラスの元へ走ると、尻尾で兵達を蹴散らした。周囲に誰も居なくなった事を確認し、鋭い牙でグラスの鎖を引きちぎる。
「ひ、怯むな!」
指揮を取ろうとする隊長を前に、赤い竜は口を大きく開いた。
口の中で燃える炎が線状に吐き出される。燃え移った炎は、兵達を逃がさないと言わんばかりに、壁を作るようにして燃え上がる。
船の上で赤い竜を見つめていたアリシアは、確信するように告げた。
「やっぱり、アイツは赤い石を使ってる時が一番強いんだな」
母親の隣から顔を出したアンナが、大きく頷いた。
「確かに青い時も緑の時もおっかなかったけど、今が一番怖いかも。でもママ、やっぱりって……?」
「アイツ、人型の時の髪色が赤だろ? 龍竜族は石があれば、竜に姿を変えられる。でも相性の良し悪しもあるって話だ。龍竜族は生まれ持った毛の色と同じ系統の色の石を噛むのが、一番力を発揮出来るらしい。デュークスは赤い石を持ってたのにも関わらず、今まで赤い竜には変身して来なかった。海や空で青と緑に変身したのは適材適所だったのかもしれないけど、エミリッタを助けに行く時に緑である必要はないはずだ」
小難しい話は苦手なアンナだったが、大体は理解したようだ。
「た、確かに。急いでえっちゃんを助けたいなら一番強い奴で行った方が良いだろうし」
「エミリッタは火が怖いんだろ? だからアイツは、赤い石を使って来なかったんだ。自分の火でもって、エミリッタを怖がらせないために」
「何よアイツ……ちゃんとえっちゃんの事大切に思ってんのね」
アンナはほんのちょっぴりだけ、デュークスならエミリッタの相手でも悪くないと考え直していた。
赤竜は怯える兵達を見つめた。だがデュークスにとって、目の前にいる兵達に用はない。
「隊長がいない!」
一番倒したい奴がいない。赤竜は隊長を探し、辺りを睨みつける。
火で燃やした覚えはない。気づかない内に踏みつぶしてしまっただろうか、と足元に目を向けた時。
地面が大きく揺れ始める。
「地震……?」
足元の白っぽい土部分がひび割れ、中から銀色の床が現れる。
『龍竜族の子、逃げろ!』
弱り切ったグラスがそう告げたのも、一足遅く。
ドスンっ!
城のある方角から、俊敏な速さで。
赤竜の体と同じ位の大きさの槍が飛んできた。
槍はデュークスの、右肩に刺さる。




