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喋れない幼馴染とイチャイチャしながら、花探しの旅に出ます ー龍竜深紅ー  作者: 二木弓いうる
旅立ちと海賊編

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〈回想〉決意と傷跡

「何でだよ、俺達が何したって言うんだよ」

「何もしてない。ただ生きてただけだ」


 祖母はデュークスから手を離すと、そっと背を向けた。


 デュークスは怒りのあまり歯を食いしばる。両手を強く握りしめ、目尻を吊り上げた。


「そうだよな。なのにアイツら、アイツらっ……」

「怒ったって仕方がない。今は生きてる者を探す方が先だ。デュークス、エミリッタ達の事はお前に任せたよ」

「任せるって、ばーちゃんは」

「嫌な気配がするんだ」


 老婆はデュークスに背を向けたままそう言った。周囲に見える者はいない。だがデュークスも、人の視線を感じ取った。


「奴らか?」

「そうだろうね。お前の石を諦めて帰ったんじゃない、きっと仲間を連れに戻っただけだ。ワシはコイツらを叩きのめす」


 奴らの事は、絶対に皆殺しにする。

 言葉にこそされなかったが、彼女がそう考えているのが肌で感じ取れた。


「……分かった」


 デュークスは迷わなかった。自分だって敵に対する怒りはある。家族や友達を殺した奴らを、許せない気持ちが強かった。


 だが怪我をしている今、怒り任せに攻撃をしたところで勝てる自信もなかった。


 ここは無傷な彼女に任せ、自分は味方を探し出す方が今後の為だと判断したのだ。だがやはり悔しさは消えない。自分にもっと力があれば、という後悔が彼の頭の中を渦巻いている。


 デュークスは再び、首に石を下げる。少し紐が湿っぽかったが、不快に思う暇もなかった。


 エミリッタの祖母はデュークスに背中を向けたまま、自身の胸元にある青色の石を握った。


「エンブ山の洞窟で落ち合おう。何かあったら変身してすぐ逃げるんだよ」


 その言葉を聞いたデュークスは、怪訝な表情になって首を左右に振る。


「それは無理だよ、俺変身出来ないんだって」

「大丈夫だ。お前が変身出来なかった時、雪が降ってたんじゃないかい?」

「あ、あぁ。降ってたよ、すぐ止んだけど」

「きっとその雪も奴らが降らせたものだろう。石があるにも関わらず我らに変身出来なくなった理由があるとすれば、それとしか考えられない。きっともう変身出来るはずだ」


 デュークスも自身の胸元で揺れる三つの石を、まとめて握りしめる。


「分かった。絶対来てよ。俺を一人にすんなよな!」


 悔しさは胸に仕舞い込んで、デュークスは反対方向に走り出した。


 デュークスは走る。時に足先に石があたり、時に溶けかかった雪があたる。だが今は痛がってる時間も寒がっている時間もない。息を切らしながら、ガレキだらけの道を走り続けた。


 十五分程真っ直ぐに走ったその先で、デュークスは足を止めた。今まで見て来た景色とほぼ変わらない、黒く焼け焦げた建物の前。そこは幼馴染が住んでいた家だった。白い壁に青い屋根だったはずだが、その痕跡はどこにもない。


「えっちゃん、えっちゃーーん!」


 可能な限り大きな声を出して、幼馴染の事を呼ぶ。敵に見つかるかもしれないとは考えられなかった。幼馴染にこの声が届くように。ただそれだけを考えて、彼女の事を呼び続ける。


 叫んで叫んで、喉に痛みを感じても呼び続けた。だが返事はなかった。

 黒く染まった板を手でどかして、死体を見るまでは信じない、と動き続けた。


 カタンっ……。


 だがとうとう彼の手が止まる。木と木の間に、人の形をした炭を二つ見つけた。一つが一つに覆いかぶさるように重なっている。


「あぁ……あぁっ……!」


 大人の大きさあるそれは、きっと幼馴染の両親だろう。すぐにそう気づいたデュークスは、思わず大粒の涙を炭の上にこぼす。自分の父親の姿を見た時でさえギリギリ耐えていたのだ。こんなにも不幸が続いてしまっては、キャパオーバーだった。


 自分の面倒を見てくれた事もあった者達の笑顔が、彼の脳裏に鮮明に描かれた。その笑顔も、もう目の前で見る事は出来ない。デュークスは簡単に止める事の出来ない涙を両手で拭う。頬の傷に涙が染みた。それでも心の痛みの方が強かった。


 その拭った涙が、炭と炭の間に零れた。

 もぞっ、と目の前の炭が動く。その拍子に、炭と炭の下から顔を覗かせる白髪が見えた。


「……えっちゃん!?」


 幼馴染と同じ髪色だ。デュークスが涙を止め、彼女を呼ぶのは当たり前だった。

 上下に動きはするが顔を出さない所を見ると、うまく動けないのだろう。


「おじさん、おばさん……っごめん!」


 デュークスは少し躊躇いながらも人型の炭をどけて、彼女を両腕を掴み引っ張り上げた。


 灰で少し黒ずんだ白髪が、日の光に当たる。


「えっちゃん、その傷!」


 彼の目に真っ先に飛び込んで来たのは、彼女の首に斜めに入った赤い線。まるで少女の首を切ろうとしたかのようなその線は、痛々しい程皮膚が削れていた。パイプに水が詰まったような音を口から出す彼女は、涙を流しながら喉元を押さえている。


 デュークスは着ていたシャツを脱ぎ、彼女の喉に抑えつけた。デュークスのシャツは、みるみるうちに赤く染まる。


 このままでは彼女も死んでしまう。デュークスは彼女の左手を掴み、右手でシャツを持たせた。


「行こう。えっちゃんのばーちゃんが待ってる」 


 彼女は一瞬だけ人型の炭に目を向けて、泣いたまま頷いた。

 傷を広げないように、二人は周囲に気をつけながら歩き出した。


 デュークス達が洞窟の前へ到着した頃には、綺麗な夕焼け空が広がっていた。


「エミリッタ!」


 穴の中から飛び出してきた幼馴染の祖母の顔には、さっきまでなかった血の跡があった。傷つきながらも、ちゃんと仇は取ってくれたらしい。他に大きな怪我はしていなさそうで。デュークスはひどく安堵した。


 幼馴染のエミリッタも家族に会い安心したのか、泣きながら祖母に抱きつく。


「あぁ、怖かったね。痛かったね。もう大丈夫だ、悪い奴らは皆ばーちゃんが倒してきたからね」


 エミリッタは声を出さないまま泣き、頷く。祖母の服が濡れていくが、誰も怒りはしなかった。

 デュークスも泣きそうになったが、今はグッと堪えて。自分が見て来た里の状況を報告した。


「ばーちゃんの言った通り、降ってた雪が原因だったみたいだ。普通に変身出来たよ。それと……俺達以外全員やられちゃったみたいだ。探したけど、誰も見つからなかった」

「そうかい」


 しれっと言ったように見えるが、エミリッタの祖母は悲し気な表情をしていた。


「エミリッタ、お前も見たのかい? 一体何があったのか」


 首を左右に振る孫娘を見て、祖母は足元に置いていた茶色い鞄の口を開けた。中から液体の入った小瓶を取り出し、蓋を開けてエミリッタに手渡す。


「まずは怪我を治さないとね。飲みな。怪我に効く魔法薬だ、応急処置にしかならないレベルのものだけどね」


 エミリッタは言われた通り、手渡された液体を飲み干す。しっかりと彼女の体内に入っていく薬に、デュークスは安心していた。


 続けて傷口を消毒されたエミリッタは、首に包帯を巻かれた。


 必要のなくなったデュークスのシャツを、エミリッタは申し訳なさそうに広げる。デュークスは彼女の言いたい事を理解し、笑顔を作って汚れたシャツを受け取った。


「こんなの汚れた内に入らないから」


 そう言ってデュークスは血まみれのシャツを着る。本当は少し血の匂いが鼻を突いたが、これ以上幼馴染を傷つけないために嘘をつく。

祖母は彼にも目を向けた。


「デュークスも、その傷消毒しよう」

「ん、お願い」


 祖母は乾いた布に消毒液をかけ、デュークスの傷口に布を押し当てる。デュークスは痛みのあまり「うっ!」と小さな叫びを上げてしまった。


「我慢しな。ほら、薬も。即効性はあるやつだから、明日の朝には目も開くようになるよ」


 デュークスは赤紫色の塗り薬を塗られ、仰向けに寝かされる。当然だが布団はない。土の上に直接横になる。だが眠る事は出来ずに、ただ目を閉じていただけだった。その間も怒りや後悔が頭の中を離れない。


 たまに寂しさを思い出して「えっちゃん、いる?」「ばーちゃん、いる?」なんて確認を口にしては、祖母から「ワシもエミリッタもいるから、寝ろ」と怒られた。


 それから一週間の時が過ぎた。デュークスとエミリッタは治療に専念し、祖母が森に行って採ってきた果物や魚を食べ、ほぼ眠っているだけの日々を過ごしていた。

 デュークスは、両目が開くようになった。だが怪我の跡は大きく残り、誰がどう見ても目立つ。


「起きたかい」


 祖母は指の先でデュークスの目を広げ、調子を確認した。


「あぁ良かった、眼球は傷ついてないみたいだ」

「……うん、ちゃんと見える」


 視界も良好。眠れていなさそうな顔をした祖母とエミリッタが、目の前に座っている姿もよく見えている。

 傷の具合はエミリッタの方が重症だった。胡坐をかいた祖母は彼女の喉を見ると、悲しそうに新しい包帯で巻いてやった。


「やっぱり、声が出なくなっちまったようだね。無理に喋ろうとするんじゃないよ、余計悪くなる」

「そんな……!」


 デュークスは再び歯を食いしばる。彼女を傷つけた奴は、もう祖母が仇を取ってくれた。だからこそ、デュークスの怒りをぶつける相手はいない。


「やめな。怒った所でエミリッタは喜ばないよ」


 淡々と答えた祖母の言葉に、流石のデュークスも大人しくしていられなかったようだ。祖母を睨みつけて、声を荒げた。


「どうせえっちゃんが怒らないから怒ってるんだよ! ばーちゃん悔しくないのかよ、えっちゃんがこんな風になって!」

「……悔しくない訳ないだろうが。息子夫婦が殺されて、可愛い孫娘まで傷物にされて。友達も住む場所もなくなっちまった。本当は石だって取り戻したかったけど、奴らはもう持ってなかったんだ」


 祖母の発言も怒りを含んでいた。仇を討った彼女でも、怒りが消える事はないらしい。

 重々しい威圧感を広げた祖母に、デュークスは若干の恐怖を感じた。だがここで引き下がる訳にはいかない。


「だったら怒ればいいだろ! 怒るくらい……許してくれよ……」

「分かってるよ。でもワシらが怒った所で何も変わらない。変わらないんだよ……」


               ***


 三人は死んだ者達の埋葬を終え、花を添える。

 死体の中には人の原型をとどめていない者や、体の一部しか見つからなかった者もいた。


 デュークスは悔しかった。何もできなかった事が。

 だからこそ、次は守ろうと決めた。

 幼馴染を、好きな子を、大好きだった家族の分まで――。

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