相談してくるよ、えっちゃん
アンナはエミリッタに自慢の部屋を見せるよう、扉を開いた。
「ほら、お部屋は狭いけどベッドは大きいでしょ?」
エミリッタの目の前にあるのは、少女一人で寝るには広々としたダブルベッドだった。
アンナの部屋は、そのベッドだけでほとんど埋まっていた。歩くスペースなんてほとんどなく、ベッドの上に座ってしまえば靴なんて必要なくなるくらい狭かった。
そんな狭い部屋の中でも、ぬいぐるみやアクセサリーなど、アンナの好きなものがギュッと詰め込まれている。しかも窓からは魚の泳ぐ姿が見えて、まるで隠れ家のようだった。
「なぁアンナ」
ドアの前に立つデュークスが、そっと部屋の中を覗く。それに気づいたアンナが子犬のように吠えた。
「ちょっと! 乙女の部屋を覗くんじゃないわよ、諦めなさい!」
「分かってる。覗くつもりはなかったし、えっちゃんと一緒に寝るのも諦めるって。そうじゃなくて、ちょっとアンナ来てくれ。話がある」
アンナを呼び出したデュークスに、エミリッタもついて行こうとした。
だがデュークスは悲しそうな顔をして、エミリッタに断りを入れる。
「ごめん、えっちゃんには内緒の話」
アンナは嫌そうな顔をデュークスに向けた。彼がエミリッタについて来るなと言うとは思わなかったようだ。
「何? 告白ならお断りよ」
「それは絶対ないから安心していい。向こうにハンスも団長もいるし」
「なら良かった。じゃあえっちゃん、ちょっと待っててね」
デュークスは、アンナだけを連れて、皆が食事を取った部屋の方へと向かった。信じた者達に、相談をするためにだ。
エミリッタは下がり眉になって、アンナの枕を抱きしめた。部屋の中は静寂に包まれている。そのせいもあって、彼女はモヤモヤした気持ちでいっぱいになった。
自分にだけ内緒の話だなんて、なんだか仲間外れにされたみたいだ。一人になるのも寂しいし、怖い。このまま一人でいたら、なんだか先ほどの嫌な出来事をじっくり思い出してしまう。せっかく綺麗に落とした涙の跡がまたついてしまうのも嫌だ。
このままでは、どんどんネガティブの世界へ迷い込んでしまう。そう思ったエミリッタは誰にも気づかれないように、こっそりと部屋を出た。壁一枚を挟んででも良いから、今は幼馴染や友達と少しでも近くに居たかった。周囲を見渡しながら、揺れる廊下を歩く。
***
「何だいデュークス、改まって話って」
食事を取った部屋の中。椅子に座ったデュークスの真正面には、アリシアとアンナが座っている。
アンナの後ろの壁には、アリシアの攻撃から少し回復したハンスが背を持たれかけさせて立っていた。
デュークスは俯きながら言った。
「えっちゃんの事なんだけど」
エミリッタの話だと分かったアンナは、ニコニコしながら答えた。
「えっちゃん良い子よ」
「それは知ってる。そうじゃなくてさ、その……えっちゃんにさ、俺の子産んでもらうにはどうしたらいいと思う?」
予想もしていなかった質問に、一瞬、部屋の中が静まり返った。
アンナが真顔になって、ハンスに命令を下す。
「ハンス、コイツのこめかみに銃口」
「うぃっす」
ハンスに銃口を向けられたデュークスは、両手を上にあげる。
「待ってくれ、俺だってふざけてる訳じゃない。本気で言ってるんだ」
「だったら尚更、タチが悪い! アンタがえっちゃんの事を好きなのはなんとなく分かってたけど、恋人すっ飛ばして結婚だなんて! しかもアンタ今ドラゴン助けなきゃなんでしょ、そんな事を言ってる場合!?」
エミリッタを好きだとバレてた事に恥じつつ。デュークスは話を続ける。
「まぁ、それはそうなんだけど、グラスを助ける事が、えっちゃんを助ける事になるし。グラスの事はどうにかして助けるから。それはそれとして、えっちゃんとの今後の事も考えなきゃなって。色々相談したいと思った中で、一番優先順位高かったのがえっちゃんの事だったから」
「何をモダモダと! えっちゃんはアンナと仲良くするので忙しいのよ! デュークスと仲良くしてる暇なんてないのよ、一生!」
「そ、それはそれで困るんだけど!」
アリシアはフフッと笑って、ハンスの銃口を降ろさせた。
「待ちな二人とも。多分だけど……もう龍竜族の生き残りが少ないって話じゃないのか?」
デュークスは頷いて、その理由を口にする。
「うん。えっちゃんのばーちゃんに、えっちゃんとつがいになれって言われて……子供も二十人くらい産ませろって……」
アンナも一応知識はあるようで、顔を赤くさせて怒った。
「子供産むって、何するか分かって言ってるの!? 分かってるならセクハラよ! アンタえっちゃんにそんな、そんな!」
「落ち着きなアンナ。確かに早い話な気はするが、子供を産むのは悪い事じゃない」
「それはそうかもしれないけど!」
アリシアは娘を宥めながら、デュークスの目を見つめる。
「その祖母もなかなかストレートな物言いだが、特殊な力を持つ一族だからな。絶たれちゃ困るという考えも、まぁ理解出来なくはない。そもそもなんだが……どうして龍竜族はそんなに減ってしまったんだ?」
「それは……」
「ある国の奴らが全滅させたってウワサを聞いた時から、気になってはいたんだ。竜に変身できるような奴らが、どうして人間に倒されたのか。デュークスの顔の傷も、エミリッタの声が出ない事も。仲間同士で戦った訳じゃあないだろう。お前らに一体、何があった?」
デュークスにとって、その記憶はあまり思い出したくないものだった。
でも、相談する上では知っておいてもらった方が良いだろう。そう思って。
「……里がね、襲われたんだ」
デュークスはそう言いながら、里が襲われた時の事を思い出した。




