(デュークス、怖かったよ)
エミリッタはレンガで作られた壁の部屋に閉じ込められていた。周りには燭台が並べられ、全てに火がともされている。
彼女を動けなくさせているのは、揺らめく火だけではない。ベッドと呼ぶのもおこがましいような堅い台に繋げられた、銀色の鎖。
手首と足首に鎖を着けられたエミリッタは、ベッドの上に寝かされ拘束されている。
「やはり普通の人間の女と変わらないようだな」
隊長と呼ばれていた男は、エミリッタが寝ているベッドの真横に立ち。手袋をした左手でエミリッタの顎を押さえつけ、右手をエミリッタの口の中に入れ。
指で彼女の歯をなぞり、彼女の舌を撫でた。
両手が離されえたエミリッタは、口の中にあった唾液を全てベッドの横に吐き出す。ただでさえ何年も変えてなさそうなシーツが、唾液で汚れる。
潤むエミリッタの瞳に、にやりと笑う隊長の顔が映る。
「お前の事は調べ上げたら殺す予定でいる。服の上から分かる事は全て調べ上げた。残るは……中の方だな」
隊長はそう言ってエミリッタの上に馬乗りになると、手袋を外して床上に落とした。ガサガサに荒れた手で彼女の服を無理やり脱がしていく。
青い顔になったエミリッタは抵抗するも、繋がれた鎖のせいでうまく動けない。下着を見られた時には、思わず涙が出た。
怖い。嫌だ。助けて。
何度も口を動かしたが、誰にもその叫びは届かない。
そんなエミリッタの表情を見て、隊長は汚い笑みを浮かべる。
「やはり人間の女と同じだ。大抵の女はこうすれば泣くんだ」
他の女性にも同じような扱いをしたかのような口ぶりに、エミリッタは心が痛んだ。
「もう少し胸もデカけりゃ色々出来ただろうに。色形は悪くないがな」
バカにされただけでなく、辱めまで受けたエミリッタは、体のあちこちを触られ、見られ。思い描いているような動きがうまく出来ずに。抵抗すれば殴られ、髪を引っ張られた。
せめて純潔だけは守ろうと、必死になって太ももに力を入れる。
男も彼女の両ひざを掴み、外側へ開こうとしている。
「悪くないな、声が出せないってのは。おら、諦めて足開け!」
エミリッタも諦める事なく戦う。
だが男女の力の差か。むなしくも彼女の両足を広げられた、その時だ。
壁を破壊したのは、緑色の竜の頭。
デュークスの目に映るのは、泣いているエミリッタの姿だった。
緑竜はエミリッタが寝ている台のく下に頭突きする。その強い衝撃で台は崩れ、エミリッタを拘束していた鎖も外れた。
狭い空間の中、竜の体ではめいっぱい動けないと思ったデュークスはすぐさま人型に戻り。
「汚ぇ手でえっちゃんに触ってんじゃねぇ!」
隊長の顔面を、力強く殴る。簡単に吹き飛んだ隊長の体は、崩れた壁と台の中に埋もれ動かなくなった。
「えっちゃん!」
デュークスは、すぐさまエミリッタに近づく。
恐怖と安心感で涙を流したエミリッタは、デュークスに抱きついた。今の自分の姿など気にする余裕もない。
助けに来てくれて本当に嬉しい。それなのに。
良かったも怖かったも、ありがとうすら言えない。
お礼を言えない事が、彼の名前を呼べない事が、とてつもなく苦しくて。
伝えられない想いを涙として流す事しか出来ない自分が、すごく嫌になった。
デュークスもそんな彼女の想いを肌で感じとってくれたのか、力いっぱいエミリッタを抱きしめた。
エミリッタも幼馴染とはいえ、真正面から抱きしめられるのは初めてなような気がした。彼から与えられた温もりに、酷く安心して。
同情でも何でもいい。とにかく今だけは、そのまま抱き締めていて欲しかった。
***
「……えっちゃん、そろそろ離れませんかね」
エミリッタは首を左右に振る。
時間経過と共に怒りも落ち着いてきたデュークスは、現状にとても困っていた。
「あの、えっちゃん。せめて服直してくれると助かるっていうか。俺としてはすごく光栄な事だし、えっちゃんが嫌じゃなければこのままでも構わないんですけど。あ、な、何なら目ぇ閉じてるし!」
デュークスは両目をギュッと閉じた。いつもの彼なら生着替えを拝みたいと考え、薄く目を開けていたかもしれない。だが今は彼女を余計に傷つけさせてはいけないと、紳士の気持ちを心掛ける。
涙目になったエミリッタは、仕方なくデュークスから離れる。エミリッタも先ほどよりか気持ちが落ち着いてきていて、恥じらいの気持ちも戻っていたようだった。
それでもまだ、離れたくない気持ちもあって。
服を正しく着用し、再びデュークスに抱きつく。
「えっちゃん!?」
エミリッタから抱きしめられ、デュークスは思わず目を開ける。
彼女は抱きしめる事で、感謝の気持ちを伝えているつもりだった。
デュークスの心拍がどんどん早くなっていく。心の中で「俺は紳士だ、紳士になれ」と呟いた。だが彼女の体を抱きしめ返しはする。
他に気がまぎれるような事はないか、デュークスは顔を赤くさせたまま目を動かす。そこでようやく、あるものが無くなっている事に気づいた。
「えっちゃん! アイツいない!」
デュークスの目の先にあったレンガの山。そこに伸びていたはずの隊長がいなくなっている。気づかぬうちに、音もなく逃げたらしい。
エミリッタは先ほどの事を思い出してしまったようで、体を震わせていた。
彼女から伝わって来た悲しみに、デュークスの怒りが再熱する。彼女を抱きしめる力を強め、決意を決めた。
「次会ったらギタギタにしてやる!」
エミリッタは心配していた。その気持ちは嬉しいけれど、それでデュークスが傷ついたら嫌だ、と。
そこへ、アンナとハンスが合流する。
「えっちゃん無事!?」
エミリッタはアンナに顔を向け頷いたが、デュークスと抱き合ったままだ。
「無事ならアンナとギュってして!」
無事だと伝えるためにはアンナにハグしなければならない。エミリッタは静かにデュークスから離れ、アンナに抱きつく。
いつもなら奪い返そうとするデュークスだが、傷ついたエミリッタに負担を与えたくなくて、今は仕方なくアンナに譲る。
アンナはエミリッタの頭を撫でながら質問した。
「酷い事されてない? もしかして無理やり乱暴されたとか!」
エミリッタは首を横に振った。半分は正解だが、純潔は未だ守られたままだ。そこまでは言えないけれど。
アンナにはエミリッタが苦しんでいるように見えた。
「無事なら良かった。全く、乙女の体を軽率に扱う奴らって最低よね!」
エミリッタから離れたアンナは、ハンスを睨みながら言った。
「はいお嬢。オレの場合は同意の上だと思うんです」
「うるさいわね! 言っておくけど、これっきりなんだから!」
「そう言われても、オレだって海賊だしな。本当に欲しくなったら奪いに行く気でいるんですけどねぇ」
アンナの顎をクイっと上げたハンスは、柔らかく笑う。
顔を背けたアンナは、彼の指から離れ。
「う、奪わせないから!」
これ以上触られないように、エミリッタの胸の中に顔を埋める。耳まで真っ赤になるくらいには、アンナも心身共にまだまだ未熟な乙女。
ハンスはクスクスと笑うと、アンナを指さしてデュークスに顔を向けた。
「聞いたか尻派。オレ一言もお嬢の事だって言ってないのに、勝手に奪わせないとか言ってる。ウケる」
「人の顎触っておいてアンナじゃないってどういう事よーーっ!」
騒がしくするアンナ達を見たエミリッタの顔に、ほんの少しだけ笑みが戻った。
デュークスにはそれも少し悔しくて、だからといって何も出来なかった。




