ちょっと待っててね、えっちゃん
海賊団の船の上で変身を解いたデュークスは、船の中にいたアリシアの元へ行く。
「船に大砲とか積んでる?! 貸して欲しいんだけどっ」
「船と一体化してるから、取り外して貸すなんてのは無理だ。というか何だ、いきなり」
「えっちゃんが攫われた!」
切羽詰まったデュークスの元へ、アンナが飛んできた。
「何ですって!? 何だってそんな事になってるのよ!」
先ほどアンナ達に奢らされたデュークスだが、その件は水に流した。というより、それどころではない。
「えっちゃんが火を怖がってるって、門番が隊長に教えて……建物が邪魔だから大砲借りられるんなら打ちながら攻め込もうかと思ったんだけど、借りられないなら仕方ない。体当たりで建物壊してでも探して来る」
船室から出ようとしていたデュークスを、アンナが引き留める。
「待ちなさい、アンナも行くわ!」
「アンナ……」
アンナはアリシアに顔を向け、真剣な表情で頼み込む。
「いいでしょママ、親友がピンチなのよ」
「あぁ。そこで行かなきゃ女じゃないよ。とはいえ、丸腰で行っても足手まといになるだけだ。アンナ、アンタも武器を持って行きな」
アリシアは頭にかぶっていた帽子を、アンナにかぶせる。アンナはニッと笑って、武器を呼んだ。
「ハンス!」
武器はめちゃくちゃ嫌そうな顔をして、アンナの前に立った。
「呼ばれると思ったぁー……」
力ある者が味方になってくれる事に喜び、デュークスは口角を上げた。
「ありが……やっぱりいい、俺一人でどうにかする!」
唐突に思い出したのは、裏切りの記憶。デュークスは辛そうな顔をして断った。彼女達もまた、助けるふりをして捕まえようとしているのではないかと疑ったのだ。
思ってもいなかった拒否に驚いたアンナは、デュークスに詰め寄る。
「どうにかって、何よ急に。アンナだって、えっちゃんを助けたいの!」
「……何でだよ。親友親友言ってるけど、出会ってからまだ少ししか経ってないだろ。それなのに、どうして」
アンナは目を吊り上げ、デュークスの腹を殴ろうとした。アンナの拳はパシッと音を立てて、デュークスの手の内に収まる。防御された拳は握られたまま。
諦めていないアンナは、言葉という名の攻撃を入れる。
「どうしてもこうしてもないわよ、アンナはえっちゃんが傷つけられるのが嫌なだけ。えっちゃんだけじゃないわ。デュークスを、友達を助けるのなんて当たり前でしょ。一緒にいた時間の長さなんて関係ないわよ!」
アンナはエミリッタの事だけでなく、デュークスの事まで助けようとしていた。
仮にこの言葉が偽りだったとしても、今のデュークスには彼女を信じるしかなくて。
そんな中、ハンスが小さく手を挙げる。
「オレは団長とお嬢がやれって言うからやるだけだぞ?」
「余計な事言うんじゃないわよ、せっかく良い話っぽかったんだから!」
アンナに怒られるハンスの態度も、デュークスには嘘とは思えなかった。この先どんなに裏切られたとしても、今は自分一人の力ではどうにも出来ない。デュークスは今だけでもと、彼らを信じる事にする。
「……ごめん、ありがと!」
デュークスはアンナとハンスを連れて、甲板に出た。
「えっちゃんは隊長に連れて行かれた。まずはソイツを見つけないと」
「隊長なら本来は城が仕事場のはずだから、そこにいるんじゃないかしら。そこならアンナもハンスも場所知ってるわ。えっちゃんに何かある前に、急いで行くわよ!」
緑の石を噛んだデュークスは、緑の竜へと変身する。
「よっしゃ、じゃあ二人とも乗れ!」
青き竜の姿しか見た事の無かったアンナは、目を見開いて驚いた。
「そんな形状にもなれんの!?」
「まぁね。それより早く!」
緑竜はアンナとハンスを背中に乗せ、空へと飛び立とうとした。しかし。
「いたぞ、あそこだ!」
港に向かって走って来た兵士達が、緑竜に目を向けている。どうやら広場からデュークスを追いかけて来たようだ。
「くそっ、もう来たのか! でも相手してたらえっちゃんの所行くの遅くなるし。ここは無視して飛んで行く!」
デュークスが翼を広げ、飛び出そうとした時。ハンスが冷静に言った。
「待て。そのデカい図体で飛んでったらどこ行っても目立つだろうが。そんな的が飛んでったら今振り切っても他の奴に絶対撃たれるってんだよ。お前が落ちたらオレらも怪我するだろうが。そんな危ないもんには乗りたくはない。降ろせ」
「だってこの方が早いし……待てよ。お前も俺の背中から銃撃って攻撃すりゃ良いんじゃないか? そうすれば俺は飛ぶのに集中出来るし」
「そりゃ……えー……出来るけどぉ……」
面倒くさそうに言うハンスに、彼の所持者であるアンナが命令した。
「撃ちなさい、ハンス」
「そうは言ったって、それでオレとお嬢が傷ついたら嫌じゃん。お嬢からすりゃヒンさんは友達かもだけどさ? オレからすればヒンさんはただの知り合いだし。助けに行ったところでメリットがないんだよね」
「友達じゃないの。親友なの。それに、ハンスはアンナの武器なんだから。今はアンナが、ハンスの団長。黙って命令に従えばいいのよ。まぁそうね、ハンスにメリットがないって言うなら……仕方ない。えっちゃんを助け出したら、アンナが何でも言う事聞いてあげるわ」
「……何でも? それは例え、いかがわしい事でも?」
「うっ、ま、まぁ? えっちゃんを助けるためだもの。考えてやらなくもないわ!」
アンナの提案を聞いて、デュークスは不安になった。
いつもは半分しか開いていないハンスの目が、全開に開いた。
船から飛び立った緑竜は、背の上にハンスとアンナを乗せて飛んだ。二人は振り落とされないように、緑竜の胴体と自身の腰を荒縄で結びつけていた。
空飛ぶ緑竜に、兵達が鉄砲の先を向ける。
「龍竜族を撃ち落とせーーぐぁっ!」
右手に銃を持ったハンスが、デュークスの翼の隙間から敵を撃った。彼は右手で引き金を引くと同時に、左手では自身の腕の中にいるアンナの胸を揉みしだく。飛んでいる故に逃げる事の出来ないアンナは、ただただ顔を赤くさせて揉まれるしかなかった。
「デュークス、そこ右曲がれ!」
「っしゃ!」
緑竜はハンスの案内を元にエミリッタがいるかもしれない城を目指す。
右に大きく曲がったと同時に、ハンスはアンナの体を支えるようにして彼女の服の中に左手を突っ込んだ。
「ちょっ、直接なんて許可してなっ、あっ!?」
デュークスからは二人の姿こそ見えないが、アンナの甘い声は聞こえた。
「お二方!? 人の背中の上だって事忘れないでね!?」
デュークス達は誰も怪我する事なく城の中庭へ降り立った。逆に彼らが通って来た道中には血だらけの兵達が倒れている。
ハンスとアンナが地面に降りたと同時に、デュークスは人型へと戻った。
アンナは頬を膨らませて怒っている。
「いくら報酬って言ったって、限度ってもんがあるでしょ!?」
全開開眼中のハンスは、真剣な表情でアンナの顔をジッと見つめた。
「お嬢」
「な、何よ……」
いつもより大きく開けられた彼の瞳に、アンナの顔が映る。
これでハンスがふざけた顔でもしていれば、アンナも彼の事を躊躇なく殴ったのだが。こんな真剣な顔をされては、いくらハンスとはいえドキドキしてしまう。背景が城の中庭というのも、アンナにとっては中々ないシチュエーション。
ハンスはアンナに向けて、にっこり笑った。そして。
「ほんと、乳だけは良いよね」
それだけ言うと彼女から離れ、スタスタと城の中に向かって歩き始めた。もう彼の目はいつも通りの半目に戻っている。
真っ赤になってハンスに殴りかかろうとしているアンナを、デュークスは抑える。
「バカ! 変態! 最低!」
「落ち着けアンナ、今はあんなクズに構ってないで。急いでえっちゃんを探しに行こう!」
騒ぐアンナの声に釣られたのか、城の中から兵達が現れた。
「噂の龍竜族だ、不法侵入でもある。逃がすな!」
手に力を入れて、デュークスは相手を殴る構えを取る。
「奴らの仕事場だもんね、そりゃいるよね……!」
アンナは兵士達を指さし、ハンスに命令を下した。
「ハンス、撃てば多少の無礼は許してやるわ!」
「余分に撃てばもっと揉んでいいって意味?」
「冗談言ってる場合じゃないのよ、早くやりなさい!」
ハンスは「冗談じゃないんだけどなぁ」と言いながら、アンナの背後に立っていた男を撃った。
自分の後ろにいた男が倒れた事に気づいたアンナは「何する気だったのよ!」と男の顔面を踏みつけ。デュークスに顔を向け、城の奥を指さした。
「ここはハンスに任せて、アンタは先にえっちゃんを探しなさい!」
「……頼んだ!」
エミリッタの救出が最優先のデュークスが、ここで立ち止まる訳にはいかない。
胸元の石を握りしめて、城の奥へと走り出した。




